187 魔法青年は爆弾発言を繰り出す
よろしくお願いいたします。
カーヤは、ヘルツシュプルング公爵家の末娘として扱われている。
兄姉は全員義母の子どもで、母は公爵が外で手を付けた妾のような存在だった。
もっとも、母が父に家族があることを知ったのは、カーヤが腹に宿ってからだったという。
父が公爵だと聞かされた母は、慌てて逃げ出した。
逃げた母のことを、父は追わなかったらしい。
そしてカーヤが五歳のときに、母が亡くなった。
治療の難しい病気になり、一人でカーヤを育てていた母ではどうしようもなかったのだ。
当然、カーヤも何もできなかった。
近所の人は二人が訳ありだと知っていたので、深入りはしてこなかったが多少は母子に手を貸してくれていた。
母が亡くなったときも、教会から人を呼んで、色々な手続きをしてくれた。
そうして孤児院に行くはずだったのだが、公爵家から迎えが来た。
どうやら、父は定期的にカーヤたちのことを調べていたらしい。
父なりの愛情だったのかと思ったこともあるが、むしろ使える駒を確保していただけだろうと今は思う。
「公爵家の娘として役に立て」と言って生活環境だけ提供する父と、「売女の娘が!」と罵りながら厳しい教育を施す義母、カーヤの存在をいないものとして扱う義兄姉。
そんな中で、カーヤのことは義母に一任されていた。
はじめは放置されそうになっていたのだが、父が義母を「公爵家の嫁として、子どもの一人くらい役に立つように育て上げるのがお前の仕事だ!」と叱りつけたのだ。
そして暴言を吐かれようとも、食事を抜かれようとも、叩かれようとも、必要な教育さえ身につけていれば父は何も言わなかった。
幼いカーヤを庇ってくれた心優しいメイドは、すぐに辞めさせられた。
少しずつ、カーヤは義母を怒らせない方法を習得していった。
余計なことをしゃべらないように。
魔法に興味を持っていないかのように。
勉強はできすぎないように。
マナーはきちんと完璧に。
雑用は率先して引き受けるように。
誰かに褒められるほど目立たないように。
そうして、カーヤの感情は死んでいった。
しかし今、カーヤはよりによってパーティ会場で内心目を白黒させていた。
感情が死ぬどころか、大暴れである。
それは、父に紹介された八人目の研究者であるコーディのせいだ。
どういうわけか、魔法に興味があることに気づかれていた。
そして、彼がここから連れ出して学ばせてくれると言った。
あまりに優しく聞かれて、思わずカーヤは本心をこぼしてしまったが、コーディは受け止めてくれた。
そのうえで、連れ出す手段として結婚するとまで言い出した。
コーディに利がなさすぎると伝えたのだが、彼は自分の過去の境遇をカーヤに教えてくれたうえで、カーヤの希望に合わせると言ってくれた。
まるで、孫の希望を叶えようとしてくれる祖父のような温かさを感じた。
だからカーヤは、勇気を振り絞った。
その結果がこれである。
「ヘルツシュプルング公爵」
「おお、タルコット殿。どうですかな、我が娘ながら、なかなかに優秀に育っていると思いますよ」
「ええ、とても優秀なお嬢様ですね。つきましては、ぜひ僕の妻にいただきたいです」
「そうでしょうそう……。つ、ま?」
表情が転げ落ちた父など、初めて見た。
横に控えていた義母は、扇をポトリと取り落とした。淑女にあるまじきことである。
もっとも、カーヤもまさかこの場で言うとは思ってもおらず、思わずコーディを見上げてしまった。
周りにいた貴族たちも、それから魔塔の研究者の人たちも、全員が驚きに時を止める中、コーディだけがニコニコと笑顔だった。
正直に言えば、取り乱すこともできずに間抜けな顔で固まる父と義母を見て、ちょっと胸がすいた。
◆◇◆◇◆
スピードが肝心だ。
冷静に考える時間を与えてはいけない。
そう考えたコーディは、庭の散策から帰ってすぐ、公爵に伝えた。
「ぜひ僕の妻にいただきたいです」
と。
本当なら、内々に提示したうえで改めて家族だけの場を整え、様々な利点を並べたうえで結婚を許してほしいですといった意思表示をするのだろう。
今回は、公爵だけではなく公爵夫人も文句を言わない状況にさせなくてはいけない。
だからあえてパーティ会場で、自分本位な言い方をした。
公爵たちはもちろん、会場中の人が驚いた。
それくらいのインパクトが必要だったので、思い通りの展開だ。
知っているはずのカーヤも驚いていたが、なぜだろうか。
そこからは大騒ぎになった。
「ちょっと待て、タルコット。自分が何を言ったかわかっているのか」
慌ててこちらにやって来たのはギユメットだ。
「もちろんですよ。不躾でしたが、僕たちにはあまり時間がありませんし。そもそも、ご紹介くださったのは公爵ですから」
「だからといってだな。というか、結婚だぞ?一生の問題のはずだ。それをほんの十分ほどで」
「ギユメットさん、結婚は勢いですよ」
ちらりと見たカーヤは、どうにか持ち直してコーディのエスコートを受けたまま笑顔を貼り付けていた。
「ヘルツシュプルング公爵令嬢、貴女からも何か言ってください」
心配するような表情のギユメットが、カーヤにそう言った。
コーディがうなずくのを見たカーヤは、おっとりとほほ笑んだ。
「わたくしは、父の意向に従います」
アルピナ皇国の令嬢として百点の答えである。
「そう、では、なくてっ」
ギユメットは困ったように眉を寄せた。
困らせて申し訳ないが、こちらも引くわけにはいかない。
そのあたりで、ようやく公爵が取り繕って口を開いた。
「タ、タルコット殿!その、これ以上は。ここでする話ではありませんから、客室へまいりましょうぞ」
「そうですね、落ち着いて話せる方がいいです」
侍従に先導させる公爵の後ろを、カーヤを伴ってついていく。
「タルコット、私も同席するぞ」
コーディたちの横に、ギユメットが並んだ。
「助かります、ギユメットさん。僕では知らないことも多いと思うので」
「はぁ……」
溜息をついたギユメットに、研究者たちから同情の視線が集まった。
通された客間には、コーディとカーヤ、ギユメット、公爵夫妻のほか、飲み物や軽食を給仕するメイドたちがいた。
そのメイドたちも戸惑った表情である。
「それで、その、先ほどの話は」
まだ立て直せていないのだろう、公爵が詰まりながら言った。
「はい、ぜひお願いしたく」
「タルコット、なぜそんな急に決めたんだ」
並んで座ったギユメットから、いい感じのパスが来た。
カーヤは、ギユメットの逆隣りにそっと座っている。
「先ほど庭を散策しながら、ご令嬢に少し話を伺いました。静かで思慮深い方だと思います。それに、公爵がおっしゃったことも決め手ですね」
「私が?」
公爵は汗を拭きながら言い、公爵夫人は扇でゆるゆると自分を扇いでいた。
「アルピナ皇国では、嫁に行った先の意向に従うと。僕は魔塔の研究者を続ける予定ですが、割と遠征が多いんです。ろくに里帰りもさせてあげられないと思いますので、そういった不満を持たない人がいいんです」
「なるほど、他国の女性はもっと自己主張が激しいと聞きますからな」
公爵はわかった風に頷き、ギユメットは怪しげにコーディを見た。
「実は祖国から結婚を勧められて、少し困っていたんです。僕は准騎士爵を持ってはいますが一代限りですし、わずらわしいので陞爵するつもりもありません。妻には家事をしてもらうことになりますし、子どもは平民になる予定です。そのあたりも僕の意向をくんでくれる人を探していました。その点、ご令嬢なら僕の意思に従ってくれるでしょう」
「確かに、タルコットは爵位が邪魔そうだな」
貴族との付き合いを面倒そうにしているのを知っているギユメットは、少し納得したらしい。
「そうなんですよ」
それを聞いていた公爵夫人は、探るようにしていた目を愉悦に歪ませた。
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続きます。




