186 魔法青年は拾い上げたい
よろしくお願いいたします。
「僕としては、カーヤ様の才能は捨てがたい。魔力の器も大きいですが、何よりもその魔力制御です。日常的にはほぼ揺らぎもないほどの制御は、魔力を思い通りに扱う才能を秘めています」
コーディの言葉を、カーヤは息を呑んで聞いていた。
「魔塔の研究者になるには魔法を扱う才以外にも必要なものがありますが、少なくとも国でトップクラスの優秀な魔法使いになれるでしょう。魔法使いとして優秀であれば、他国でもどこでも十分にやっていけます。なんなら、冒険者としても身を立てられます。そのためには、まずはこの国を出なくては」
「……それで、その、わたくしが、あなた様と?」
軽く首をかしげたカーヤは、理解が難しいのか、うっすらと眉を寄せた。
「はい。十中八九、僕がカーヤ様の魔法の才能を伸ばした方がいいと言っても、まず学ぶことは許されないでしょう」
「そう、ですね」
あの、娘を家の道具としか見ていない公爵が、そんなことを許すとは思えない。それに、きっと公爵夫人も反対するだろう。魔法という力をつけたら、これまでの報復として何をされるかわからないのだ。
「なら、僕と結婚するのが早いです。この国では、結婚したら女性は婚家の意向に従う。それは、実家の意思よりも優先される。間違いありませんか?」
「はい、その通りです。もっとも、結婚は政略的に両家の繋がりを作るものですので、婚家と実家が対立することはあまりありませんが」
「つまり、嫁に出したら娘がどう扱われようが文句を言うことはない、ということですよね」
「……はい」
カーヤが、ふと目の色を暗く変えた。
きっと、これまで尊厳を踏みつぶされて傷ついてきたに違いない。
この国にいれば、結婚してもその状況が続く可能性は少なくないだろう。
コーディは、ゆっくりとうなずいた。
「それなら、家長になった僕がカーヤ様に魔法を仕込んでも、外国……たとえば僕の故郷のプラーテンス王国に連れて行って魔法使いとして働かせても、魔塔で助手をさせても、なにも文句は言えない」
ハッ、とカーヤはコーディを見上げた。
魔力の揺らぎは大きくなり、黄色い瞳にはほんのりとした希望が煌めいている。
コーディの言いたいことは正しく伝わったらしい。
「カーヤ様が結婚を手段として利用することを忌避されるなら、別の方法を考えます。ただ、ことアルピナ皇国においては結婚がかなり有効だと思いまして」
「確かに、父はわたくしが魔塔の研究者と結ばれることを喜ぶでしょうし、結婚後どう扱われようが気にもしません」
「そうなるでしょうね」
カーヤは、ふと気づいたように目線を下げた。
「ただ、アルピナ皇国では家同士の繋がりを重視しておりますので、何かと関わりをもつことを強要されるかと……」
「貴族同士の結婚はそういうものでしょう」
「ですがそれでは、タルコット様のお邪魔になります。何より、わたくしを助けたところであなた様の利がありません」
普通なら、この状況から助けてくれると聞けばやみくもにしがみつきそうなものだ。
けれどもカーヤは、コーディにとってのデメリットであろうことを指摘してくる。
頭の良い、そして思いやりのある子だ。
「関わりと言っても、公爵たちは迷いの樹海を超えられないでしょうから、物理的に断絶できます。とはいえ、憂いは断つべきですので、年に数回程度は最新の魔法陣や魔道具でも贈りますよ。その程度、特に負担にもなりませんし」
「ですが……」
反論しかけたカーヤは、そこで口をつぐんだ。
迷うように口を開けては閉めているので、コーディに向かってそれ以上忠告とも取れるような意見を言って良いのか迷っているのだろう。
とことん、抑圧されてきたと見える。
「それに、他人事とは思えないのですよ。僕は、今は祖国から准騎士爵をいただいた身ですが、生まれは男爵家です。ただし、僕の生みの家族にとって、コーディ・タルコットという存在は使えない奴隷でした」
「えっ」
カーヤは、思わずと言ったようにコーディを見上げた。
「最初の魔力鑑定のとき、ものすごく低いと評価されたんですよ。その魔道具が不具合を起こしたのかもしれませんが、とにかく貴族の子どもとしては使えないと判断されました」
「そんな……」
「ある程度動けるようになってからは、家事労働と、ストレス発散の的にされていました。教育も一切なく、学問は家にあった古い本を読んで習得しました」
それは元のコーディの環境だ。
あの記憶の中のコーディと、カーヤが重なる。
「それは、実の、ご家族が……?」
「ええ」
カーヤは黄色の目を揺らした。魔力も大きく動いて、驚いているようだ。
この様子だと、カーヤの父である公爵は、横暴ではあるが暴行や暴言などはないのだろう。
放置するのも立派な虐待だが、そこまで思い至っていない。
義母は、教育しつつもいき過ぎた躾があると想像できる。
「血がつながっているからこそ、振り切れるという人もいるのですよ」
「信じられませんが、本当にそういう方がいるのですね」
「はい。ただ、彼らは無自覚とはいえ不正に加担していたために、国に処罰されて鉱山や修道院に収容されて縁が切れました。僕は、国の調査により連座はまぬかれて平民になる予定でした。そのときに、ちょうど魔塔から入所許可が出たもので、個人として叙爵したんです」
「それで、国から逃れて?」
思わずといった風に、カーヤがつぶやいた。
コーディは軽く首を横に振り、ゆっくりと足を前に出す。
あまり立ち止まっていると怪しまれる。
つられて、カーヤも歩き出した。
「いえ、祖国とは割と良い関係なんですよ。まだ研究室の弟子としてあまり稼げない僕に貴族の年俸という形で資金援助してくれていますし、僕は開発した魔法陣や理論を少し安く提供しています。利害が一致した結果ですね」
ゆっくりと歩く庭の小道は、林になっている木に遮られてはいるものの、屋敷からでもチラチラと姿が見えるだろう。
向こう側から、使用人だろう男性が二人を見守っているのがわかる。
「勝手な推察で申し訳ありません」
「いいえ、情報が少ないのでそうお考えになるのも当然です。気になさらないでください」
「ありがとうございます……」
カーヤは、うつむいたままそう言った。
失言を恥じているようだが、あの程度は失言でもなんでもない。
あまりにも細い体といい、どこまで彼女は踏みにじられてきたのだろうか。
「カーヤ様の置かれている状況は、昔の僕とは違いますが、似ています。だから僕としては、カーヤ様がここから逃れたいなら手伝いたいのです。貴女が学びたいことを学んで身につけ、生きたいように生きる手助けをしたい」
「生きたい、ように……」
カーヤは、ぼんやりと前方を見ながら言った。
「残念ながら力が及びませんので、不幸な人を全員は助けられません。手の届く範囲だけです。少なくとも、カーヤ様なら今の僕の手は届く。ですから、まずは貴女の希望を聞かせてください」
カーヤの魔力がぶれて、ゆるゆると漏れ出した。
エスコートしている手が震えている。
ほろりと、カーヤの瞳から水滴が一つ零れた。
「魔法で、病気も治せるのでしょうか」
「そうですね、病気のことを知る必要はありますが、その方法を探せます」
「……わたくしの母は、治療の難しい病気で亡くなりました。それを治せる魔法を、知りたいです。学んで、身につけて、少しでも不幸な死を減らしたい……!」
コーディは、ポケットにあった布を取り出して渡した。
怪我をしたとき用の布なので清潔だが、ハンカチではない。
準備できなかったので、そこは許してもらいたい。
「ここから逃れて、学びますか?」
「学び、たい、です」
「では、手っ取り早く僕と結婚しますか?ほかの方法なら、少し調整が必要ですが、必ず助け出します」
涙をぬぐったカーヤは、覚悟を決めるように一つ深呼吸してからコーディを見上げた。
「結婚の方が、父も許可を出しやすいでしょう」
「でしたら、その方向で。結婚はカーヤ様を連れ出す手段ですから、僕のことは新しい父か兄とでも思ってください。ああ、魔法の先生にもなりますね」
「先生……」
「はい」
コーディが呼びかけに答えると、カーヤは初めて緩やかに目を細めた。
読了ありがとうございました。
続きます。




