183 魔法青年は貴族のパーティーに出る
よろしくお願いいたします。
ヘルツシュプルング公爵は、アルピナ皇国からの正式な書面をギユメットに手渡した。
どうやら急いで整えたらしい。
皇王のものらしいサインも書かれた豪華な装飾の入ったものだ。
受け取ったギユメットは内容を確認してうなずき、ラカンにも確認させてから封筒にしまった。
そして、その場で魔道具を使って魔塔に送った。
あまりに普通に、何の感動もなく対応するギユメットたちを見て、一瞬公爵が「おや?」という表情になった。
国のトップからの書類なら、普通は多少なりとも恐縮するだろう。
しかし、六魔駕獣の対処に追われていたこのところの魔塔では、各国のトップと当たり前に連絡するようになった状態だった。
ギユメットたちも駆り出されて、あちこちの国とやり取りしていたのだ。
今さら国王やら皇王やらの書状を受け取ったところで、特に構えることもない。
「一瞬ですな。それが、手紙を転送する魔道具ですか」
「ああ、そうだ。近いうちに、複数の場所へ大きなものを送れるように改良する予定もあるから、もっと一般的になるだろう」
「なんと。そのような情報を、我々に伝えても大丈夫なのですか?」
逆に、ギユメットから機密情報とも取れるような話を聞き、公爵が驚いていた。
一方的なマウント合戦は、無自覚のままのギユメットの勝利に終わった。
「それくらい、何の問題もない。魔塔としては各国に販売するつもりだからな。国同士の取引も盛んになるだろうし、色々なものを早くいきわたらせることができるはずだ。国が預かって低価格で動かすなり、民間に競わせるなり、やり方は色々あるだろうが、きっと多くの国が発展するきっかけになる」
「さようですか。いやはや、素晴らしいですな」
ギユメットはそう言ったが、国主導で動かしてぼろ儲けしようとする国も出てくるだろう。
どことは言わないが。
そういう国は、以前のプラーテンスのように鎖国でもしない限り、他国の民間業者に入られて一瞬で市場を持っていかれる気がする。
そこまで考えているのかどうかはわからないが、公爵はギユメットの演説を感心したように聞いていた。
「準備はすでに終えておりますので、どうかご出席ください」
「そうか。こちらは儀礼服もない状態だが、それで礼を失しないだろうか?」
公爵は、ギユメットの話を聞きながら流れるように夜のパーティへの招待を告げた。
「もちろんですとも。正式な夜会というよりは、今回の危機を乗り越えたことを国として表明する意味が強いものです。招待するのも、すぐにこちらに来られる貴族しかいない、こぢんまりしたものになります。我が公爵領以外にも、あちこちで開催する予定です。私どもとしては、功労者たる研究者の皆様にご出席いただけるだけで十分です」
「なるほどな。なら、民にも振る舞いを出すのか?」
「え、ええ。そうですね。そうです、領民にも無理を強いてきたので、ぜひ紹介させていただきたく」
絶対に貴族だけのパーティをするつもりだったのだろうな、と思ったコーディは、思わず隣に目を向けた。
目が合ったラカンは、眉を上げて肩をすくめた。
「我々が、復興の旗印になるということだな。そういうことなら、このままの格好ではあるが出席させてもらおう」
「ありがとうございます!今夜開催いたしますので、それまでは客間でお休みください。皆様に個室をご用意するくらいの余裕はございますゆえに」
「そうか。それは助かる」
良くも悪くも、ギユメットは性善説の人なのだ。
基本的には魔塔から出ることがほとんどないので、ぜひそのままでいてほしい。
今回のパーティを受けてしまったこともまぁ、仕方のないことだろう。
貴族として、他国とはいえ民のためにと言われれば断るのは難しい。
それも、労力を提供するのではなく、パーティに出席するだけなのだ。
なんとなく、めんどくさいことになる気がするなと思いつつ、コーディは客室に案内されて歩いた。
パーティには、思ったよりも多くの貴族が参加した。
ヘルツシュプルング公爵一家のほか、公爵家に仕えている子爵家一家と男爵家一家、近隣の領地の貴族たち。それからあわててこちらへやってきたベールマー子爵と、その隣の領地のドレーゼ伯爵も家族を連れてきていた。
総勢で言えば、30人を超えているだろう。
それぞれ、略式を装っているとはいえきちんとした夜会服だ。
事前に話が通っていたとしか思えない。
コーディたち研究者は、今回の主役という扱いだった。
開始前には公爵邸の前の広場に向かい、平民たちの立食パーティで軽く挨拶もした。
ものすごく感謝されたが、それははたして魔獣討伐のことだけだったのだろうか。
そして始まったパーティは、何となく思っていた通り、各貴族が自分の娘や親族の娘を研究者に紹介する場になっていた。
「いえ、私には婚約者がおりますので」
「それは、家での取り決めでは?」
「いいえ。帝国での任務のときに出会いまして。いわゆる恋愛結婚に分類されるでしょうね」
ギユメットは、婚約者がいるからとバッサリ断っていた。
恋愛結婚、と自分で言いながら照れていた。
それを見た貴族は、強く出ることもできずに苦笑いをしていたが、その後ろで控えていた娘と思しき女性は少しほっとしていた。
普通に考えて、勝手に結婚相手を決められるのも不安だろうが、それが国外で、しかも魔塔の研究者ともなると憂慮に堪えないだろう。
魔塔のあるホリー村へ行くということにでもなれば、迷いの樹海を超えなくてはいけない。
それは、顔色も悪くなるというものだ。
コーディは気配を消して立食スペースで様子を見ていたが、どうやら今回ここに来た研究者のうち、三人はすでに結婚していて、二人は婚約済みだった。
その五人は、早々にご紹介攻撃からは逃れていた。
残りの三人のうち、一人はコーディで食事中。
食事中に話しかけるのがマナー違反なのは、どの国でも共通らしい。
しかし、食べ終わったら攻撃が来るだろう。
もう一人は相槌のうまい貴族を相手に魔法陣に関する理論を展開している。
最後の一人はジルヒャーで、「迷いの樹海にいる魔獣は、今回討伐したものよりよほど力があるんですよ。あそこを越えられるんでしょうか」とずばり質問しては撃退していた。
少々意地の悪い質問だが、隣国で育って、この国に良い印象を持っていないようなので仕方ないかもしれない。
それでもなおつながりを持とうと、食い下がる貴族は少なくなかった。
「ベールマー子爵。そういえば、私の婚約者にとがめられたんだ。“紛い金糸”は蔑称になりかねないとな。私としてはただの名詞だと思うんだが……。広めるなら、“彩糸”や“装糸”のような、別の名称にした方がいいと。彼女の友人に、紛い金糸を量産している領地の娘がいるらしいから、今後は貴族向けにそう言った名称で輸出されると思う。名称は変わるが、紛い金糸を子爵が最も使いこなしているのは確かだから、自信を持つと良い」
今日も紛い金糸で装飾を施したジャケットを着ていたベールマー子爵を、善意しかないギユメットが煽りながら抉っていた。
周りにいたほかの貴族のうち数名が、金銀の刺繍をそっと隠していたので、きっと同じ紛い金糸……今後は別の名前で呼ばれる装飾を使っているのだろう。
ぼんやりとその場を眺めながらそこそこの食事を咀嚼しているときに、コーディはとある女性に目をとめた。
―― これはまた、見事な魔力制御じゃ。魔法というより、道士の気の使い方に似ておるのぅ。
彼女は仙人の見習いである道士と見まがうような、面白い魔力の纏い方をしていた。
読了ありがとうございました。
続きます。