182 魔法青年は公爵領に招待される
よろしくお願いいたします。
オノレ・ラカンが補助に入った街での討伐も一区切りとなり、魔塔の研究者たちはアルピナ皇国での役目を終えた。
ラカンからの手紙によると、あちらも似たようなものだったが、もう少し街の討伐隊にまとまりがあったらしい。
あまり現場に領地の貴族が来ないからじゃないか、とラカンは分析していた。
トップが来ない方が良い動きになるとは、あちらの領主の能力のほどが知れるというものである。
ちなみに、向こうの街はドレーゼ伯爵領である。
どうやら伯爵本人は城で財務関連の仕事をしているらしく、忙しくて領地は代理人任せになっているそうだ。
ギユメットたち一団への挨拶にも来ていなかったという。
「国からの謝礼となりますので、お手数なのですが皇都にお越しいただきたく……。我らが皇王からもお礼のお言葉を伝えたいと伺っております」
仕事を終えたので帰る、とギユメットがベールマー子爵に告げたところ、子爵は腰を低くして見せながら要求してきた。
アルピナ皇国の皇都は、この街からなら飛んで半日ほどだろう。
少し起伏があるので、馬車なら五日か、もっとかかるかもしれない。
「そのような時間はない。魔塔としての契約で、謝礼金に関しては私たちの立ち合いは不要なはずだ。それに、この状況で我々を招待するなど、負担にしかならないだろう?」
ギユメットは、貴族の矜持を理解はするが、金がないのに無理は良くない、と匂わせるようにそう言った。
ごく自然に相手を煽っている。
「いえいえ、我々としてもお礼を形にさせていただきたく!せめて、この隣のヘルツシュプルング公爵領においでになれませんか?公爵はアルピナ皇国でも随一を誇る歴史を持っておりまして、皇王の代理を務めることもある方です。皇都が無理という場合は、せめて公爵が直接面会の上でお礼を伝えたいと」
ベールマー子爵は食い下がってきた。
ギユメットが考えるように黙ると、さらに言いつのった。
「私としてもご無理を申し上げているのは承知の上です。皇都の方から要望があるもので、どうかお聞き届けいただけませんか?」
小悪党な雰囲気のある子爵だが、ほんのりと中間管理職の辛さのようなものが感じ取れた。
そして、ギユメットもそれを感じ取ったらしい。
「なるほどな。上から言われれば断りづらいのはよくわかる。本来なら、そこまで配慮して采配するものなのだが、そういった余裕もないのだろうな」
ここにきて、彼の兄貴肌が発揮されてしまった。
「わかった。皇都はさすがに遠いから、公爵領を訪ねることにしよう。さすがに明日というわけにもいくまい。明後日なら問題ないだろうか?」
「ありがとうございます!!公爵領で十分ですとも!ええ!皇王の代理としてヘルツシュプルング公爵がお礼を伝えるのであれば、何も問題はありませんから」
ベールマー子爵は、冷や汗を少しよれたハンカチで拭った。
ルフェとジルヒャーとコーディは、視線を交わして肩をすくめた。
多分、全員似たようなことを思ったのだろう。
一日は休みとして、その次の日に八人で集合して公爵領へ飛行魔法で向かった。
子爵は昨日の早朝に出て、ほぼ休憩なしで一日で駆けつける予定だそうだ。
公爵へは早馬を使い、半日ほどで知らせるという。
随分頑張るな、と言いながら、コーディたちはのんびりと過ごさせてもらった。
到着したヘルツシュプルング公爵領は、古いながらもしっかりとした高い壁に囲まれた城跡都市であった。
それもあって、公爵領においての人的被害は少なかったらしい。
人口は多くないらしいが、城壁の少し外側から立ち上がる山に金が出るのと、ここでしか採れない珍しい果物を栽培していることで、経済的にもかなり落ち着いているそうだ。
皇王から分家したのが始まりだというから、資源の豊富な土地を与えられたのだろう。
ヘルツシュプルング公爵の屋敷(というかもはや城)に着くと、豪華な控室に案内された。
公爵が来るまでの間、ということで、従僕が世話の采配を振りつつあれこれと教えてくれた。
しかし、研究者たちはブレなかった。
「この城壁は少なくとも三千年を超えているということか。それなら、きっとどこかに魔法陣を彫ってあるだろうな。でないと、ここまできれいに保っていられるはずがない」
「欠片も崩れていないのは、上空から見えていたからな。公爵が来るまでにまだ時間があるなら、ちょっと見てきてもいいだろうか」
「魔法陣はどこにあるんだろう。探したいな」
「歴史的発見になるかもしれないぞ。すぐに飛んでいけるし」
「お、お待ちください!もう少しでまいりますので!魔法陣については、わたくしからも公爵へ進言いたしますゆえ、どうか」
興味津々で城壁を見に行こうとした数人を、従僕が必死に止めていた。
できれば、コーディも見てみたい。
もしかすると、ここにたどり着いた超古代魔法王国の魔法使いが作ったものかもしれないのだ。
とても気になる。
それを収めたのは、ギユメットだった。
「まあ落ち着け。まずは所有者に挨拶をして、それから見に行く許可を得ればいいだろう。歴史的なものなら、改めて魔塔から調査に来てもいいんだしな」
「うーん、それもそうか」
「絶対、あとで許可を取ろう。公爵領に来てよかったなぁ」
ソファに逆戻りした研究者たちを見て、従僕は思わずだろう、ほっとした表情を見せた。
「お待たせして申し訳ない。こんなに早くいらっしゃるとは想像できず、私の準備に手間取ってしまいました。いえいえどうか、おくつろぎください」
部屋に入ってきた公爵らしい人物は、年のころ五十歳ほどだろうか。少し頭が寂しくなっていたが、元は美しかっただろう金髪に、まるで固定されているような笑みを浮かべた男性だった。
立って挨拶しようとしたギユメットを制し、コーディたちにも軽く頭を下げてくる。
一見するととても腰の低い物腰柔らかな人物だが、目の奥が冷たい。
こちらを注意深く観察しているような色味だ。
改めて全員に紅茶が配られてから、男性は改めて口を開いた。
「私が、ヘルツシュプルング公爵当主をしております。この度は、アルピナ皇国までおいでくださったうえに魔獣退治にご助力いただき、誠に感謝いたします」
ヘルツシュプルング公爵は、ギユメットだけではなく、研究者全員に対してそう言った。
「私たちだけでは到底守り切れなかったことでしょう。お恥ずかしい話ですが、お話を伺って想定していたよりも多数の魔獣が押し寄せ、我々だけでは対応しきれませんでした。魔塔の皆様のご助力があって、私たちは無事に過ごせております。ありがとうございます」
つらつらと口にしたのはお礼の言葉だ。
しかし、自分たちが足りなかったと言いつつも、言われた通りじゃなかったと他者に責任転嫁することも忘れていない。
この国では、自分に責任があると言い切ることが悪なのかもしれない。
「無事に済んでよかった。今後は、暴走も落ち着くので従来の防衛で問題はないだろう」
ギユメットがそう言うと、公爵は深くうなずいた。
「聞き及んでおります。さすが魔塔の研究者様です。素晴らしい活躍だったと伺いました。これからは問題ないといったお話を直接お聞きできて、本当に安心しました」
ギユメットが対応してくれているが、会話が上滑りしている。
コーディは、表情を悟られないように軽く目線を下げた。
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続きます。