181 魔法青年は個人任務を終える
よろしくお願いいたします。
コーディは、結局二日ほど延長してシュルフト村に滞在した。
何となく感じていた通り、アルピナ皇国では男女の役割を決めつけているようだった。
男尊女卑にも近いが、この村では少なくとも助け合いを大事にしているので、ぞんざいに扱われてはいない。
とはいえ、女性は後ろに一歩二歩引いていることを当然と受け取っている。
ちらりと聞いたところ、ほかの町でもそういう光景が普通らしい。
それで守れることもあるが、尊厳を踏みにじることにもつながる。
囲われて自由を失う女性も辛いが、守ることを強要される男性も辛い。
合う人がいれば合わない人もいる。
全員が同じ状況になる必要はないのだから、自分に合う立場を選べばいい。
決められる方がいい人は決めてもらえばいいし、決めたい人は決めればいい。
少なくとも、仙人として自由でありたいコーディはそう思う。
しかし庶民でこれなら、貴族は予想ができるというものだ。
街へと飛んで戻ったコーディは、ギユメットたちが滞在する貴族の持ち家に行く前に、冒険者ギルドに立ち寄った。
村の冒険者たちが自分たちでギルドに交渉すると言っていたので、先に一言伝えておこうと思ったのだ。
そしてそれは、どうやら正解だったらしい。
「魔塔の研究者様がそうおっしゃるのでしたら、こちらとしても否はありません。ギルドスタッフを村で用意すると言うなら、数日この街で運営方法を学んでもらうだけであの村を任せられますし。ええ、もちろん支店を出せるようにいたしますとも」
村の冒険者の数や、日常的に討伐している魔獣の数から考えて、支店を出しても大丈夫だという数字を伝えるつもりでいたのだが、その必要はなかった。
ただコーディが、他国とはいえ爵位持ちで、冒険者をしていて、かつ魔塔の研究者であると名乗るだけで要望が通った。
これなら、多分村の冒険者が来たときにはすぐに話が決まるだろう。
男尊女卑もほんのり感じていたが、権力者の力もこの国ではかなり強いようだ。
あんまり上から抑えつけすぎると、多勢である民衆からのクーデターという形で跳ね返ってきそうなものだが、大丈夫なのだろうか。
とはいえ、他国のことである。
コーディは、お礼を言ってギルドを去った。
「ありがとうございます。村の人たちとは、手紙でやり取りできる魔道具を渡しておいたので、もしよくわからなければ村の人たちに伝えてください。僕も力になりますから」
「そうなんですね。かしこまりました。私たちも協力いたしますので、ご安心ください」
何かあればもう一回出てくるぞ、と暗に伝えたところ、職員は正確に受け取ってくれた。
その扱いを見るに、どうやら貴族に慣れているらしい。
なんとなく、理不尽な貴族の相手は大変なんだろうなぁ、と他人事のように思った。
「戻りました」
「ああ、タルコットか。手紙で状況は知っているが、特に問題はなかったか?」
「はい。大物はソーンタイガーくらいでしたし、そもそも魔獣の暴走も収まりつつありましたからね」
夕方になって、ギユメットたちが討伐から戻ってきた。
コーディが改めて説明すると、疲れた表情のギユメットとルフェがうなずいた。
一緒に討伐に出ていたのは、どの派閥にも属していない研究室の弟子、イザーク・ジルヒャーだ。
ジルヒャーは、アルピヌム公国の出身だということで白羽の矢が立ったらしい。
「じゃあ村の方が当たりだったってことか。ずっと思ってたけど、やっぱこの国嫌い」
ジルヒャーが、ソファに体を投げ出しながらそう言った。
「隣国からの評判が良くないんですか」
「まぁ、うちは特に接してる国境が長いし、国としての付き合いも長いから余計なんだろうけど。何かと自分の手を汚さないで利を得ようとするんだよ、この国の貴族って」
それは何となくわかる。
「でもアルピナ皇国にはいくつか大きなダンジョンがあるし、鉱山もある。手を出すにはリスクがあるし、手を切るには惜しいからって、なるべくうすーく付き合いを続けてる感じなんだよ」
「そういえば、ダンジョンもあるんでしたね」
「ああ。ダンジョンの暴走がなかったのは本当に不幸中の幸いだったよ」
理屈はよくわからないが、六魔駕獣たちが抱え込んでいた魔力を放出してからこっち、地上の魔獣は暴走しているのにダンジョンは逆に縮小傾向にあるという。
ダンジョンにはまだまだ謎が多い。
少なくとも、ジルヒャーの言う通り、今回に限っては幸運だった。
「こちらの状況はまだ少し落ち着かない。村の方は暴走が収まってきて村での対処が可能になったようだが、こっちはまだ駄目だ」
ギユメットが軽く首を振った。
ルフェとジルヒャーもうなずく。
「だって、一番魔力を持っていそうな貴族が安全なとこでふんぞり返ってるだけなんだぞ。ありえねぇ。ちょっとは働けよってな」
「戦い慣れてない人も徴集されてるから、ケガ人も多いし。僕たちが来る前に、結構な数の人が亡くなったんだろ」
「私たちが来てからはケガ人だけになったがな。金がないにしても酷すぎる」
ギユメットのセリフに、ルフェとジルヒャーが生ぬるい視線を送りながらうなずいた。
良いトリオだ。
次の日から、コーディも討伐の前線に出た。
そして、ジルヒャーの愚痴に同意しかなくなった。
先日ギユメットたちを迎え入れた貴族、ベールマー子爵は、最後方に整えられた、待機のためだけの豪華なテントに入るだけで、外には出てこない。
自ら戦うわけもなく、戦う人たちを鼓舞するわけでもなく、ただのんびりとお茶をしているだけだ。
そのわりに、作戦が失敗したと報告してくる分団長がいるとグチグチと文句を言い続ける。
子爵の侍従たちはイエスマンだし、討伐隊の隊長は責任を分団長に擦り付けて子爵をヨイショし、分団長は自分が盾になる者と部下をいけにえに差し出す者がいる。
盾になる分団長はまだまともそうだったが、そういう人はどんどん役職を外されていくので、一時しのぎにしかなっていない。
そのトップに君臨するベールマー子爵は、ギユメットにはペコペコしている。
コーディたちにもかなり丁寧な態度だ。
多分、ほかの高位貴族などにも似たような態度なのだろう。
戦闘自体は、コーディも加わったことで、サクサクと討伐が進み、周辺にいたであろう暴走した魔獣は大半を撃破できた。
ジルヒャーは早々に屋敷に戻るし、ルフェはギユメットの後ろで控えている。
コーディも、現場で活躍こそしたものの、報告の場では一番後ろに並んでいた。
「これ以上は、我々の助けは不要だと判断する。暴走自体も落ち着いてきたのか、魔獣の攻撃力も少し落ちてきたようだからな。今後は、街の防衛のみで対処可能だろう」
上席に座ってそう言ったのは、いつもの通りギユメットだった。
ベールマー子爵は、向かい側の席についてうなずいていた。
「さすが魔塔の研究者様たちです。我々だけでは、もっと犠牲が出ていたでしょうし、場合によっては街にも被害が出ていたでしょう。心からお礼を申し上げます」
にこにこと笑みを作ったベールマー子爵には、ほんの少しの着崩れすらない。
ギユメットはうなずいて応えたが、さすがの彼でもベールマー子爵の在り方には納得がいかないらしかった。
屋敷に帰ってから、ギユメットは零した。
「いくら魔法が苦手だろうと、使えるようにするのが貴族の矜持なんじゃないのか?帝国にもあの手の輩はいたが、後継ぎにはそういう者が指名されることはなかった。この国は、金もないが人員も足りていないんだな」
そうではないが、彼は真理をついている。
アルピナ皇国には、まともな貴族が足りていない。
読了ありがとうございました。
続きます。