179 魔法青年は事情を聞く
よろしくお願いいたします。
村に戻る途中で、応援のために戦闘準備を整えた村の冒険者たちがやって来るところに行き会った。
「無事だったか!って、ぇえええ?!」
彼らは、コーディが風船のごとく引っ張るソーンタイガーを見て目をむいた。
コーディと一緒に歩いていた冒険者たちは、そうだよな、と言いたげにうなずいていた。
村に戻ってからも、ソーンタイガーを引くコーディは注目の的だった。
「え、浮いてる……?」
「魔塔の研究者って、あんな魔法が使えるのか」
「あのデカいソーンタイガーを、一人で倒して、ああやって持って帰ってきたと?」
「いや、プラーテンス王国では標準なのかもしれん」
ソーンタイガーを倒したこともだが、魔法そのものにも驚いていたようだった。
プラーテンスや魔塔では、理論を説明したらある程度納得されたものなので、何となく新鮮な反応だ。
ソーンタイガーは、質が気になったので爪だけ貰い、残りの素材は村に寄贈した。
このあたりの森の奥深くにいるということだったので、どうしても欲しくなったらここに来ればいいのだ。
一通り片付け終わり、次の隊が交代で森の方へ出た後で、改めて村の人たちから話を聞いた。
ペルフェクトスが魔力となって霧散した衝撃は、このあたりでもうっすらと感じられたようだ。
魔獣の暴走はその前から多少あったようだが、大きな波は魔力の衝撃を感じた後から始まったという。
「この村には、基本的には冒険者が留まっている。もちろん農業や商売をしている者もいるが、村の成り立ちもあって、冒険者の拠点の一つというイメージが強い」
村長が、村のことを説明してくれた。
地形的には、山に挟まれた谷の部分で、谷底に川があるおかげで水には困らないらしい。
領主がやってくることもない田舎であり、税金を支払う以外はほとんどほかの町や村とは関わっていないそうだ。
「最近は特に冒険者の流入が多かった」
「元々冷遇気味だったが、魔法陣を抱え込んでこっちに渡さなかったことで、色々あったからな」
「領地によっちゃあ、領主の采配で冒険者にもきちんと配られたらしいんだが」
「そんな領地、片手で数えられるくらいだろう。しかも、そっちに行けないようにあれこれ画策しやがって」
「余計な仕事だけは早いんだよな、あいつら」
最近この村にやってきたという冒険者たちも、口々に教えてくれた。
国際的に怒られたはずなのだが、表向きに謝っただけで、結局魔塔が配布した魔法陣は冒険者にはほとんど行きわたらなかったらしい。
「その割に、この村なんかは放置だろう?ここが陥落したら、あっちの町に魔獣がなだれ込むっていうのに、無責任なもんだ」
話を聞いている冒険者は、全員が男性だった。
たまたまかもしれないが、三割くらいは女性が混ざっているイメージだったので、若干めずらしい。
村長宅の広い部屋に集まっていたコーディたちに、村の女性が静かにお茶を配ってくれた。
「ありがとうございます」
コーディがお礼を言うと、女性は一瞬目を見開いたあとに微笑んで頭を下げた。
「とりあえず、僕が持っている魔法陣を提供します。魔法を霧散する魔法陣は、魔法を使う腕以外の場所のポケットなどに入れてください。使い方を間違えると、自分の魔法を霧散してしまうので」
霧散の魔法陣など見たこともない、という人が大半だったので、コーディは簡単な使い方をレクチャーした。
次に、治療の魔法陣についても教えた。
「こちらは、魔力を注ぐと周辺の人の治療を助ける魔法陣です。瞬時に治るというわけではないのですが、治りが早くなります。これは魔力を勝手に持っていくので、技術も知識もいりません。手の空いた人が都度魔力を補充すればいいでしょう。怪我だけではなく病気にも効くので、森の方へ出るときの仮拠点と、村の治療場の両方にあった方がいいと思います」
アイテムボックスに入れていた魔法陣を鞄から取り出した風に装い、コーディは机の上にバサリと紙の束を置いた。
「こんなに?この村で使っていいのか?」
「もちろんです。あと、こちらは複写の魔法陣なので、紙があれば増やせます。必要に応じて増やしてください」
コーディは、もう一枚魔法陣を取り出した。
「複写?うつす、ということか。なるほど……紙は、こういう質の悪いものでも大丈夫か?」
冒険者の一人が、何かのメモらしいものを取り出して聞いてきた。
確かにその紙は茶色く、ペンが引っ掛かりそうなくらいざらっとした風合いだ。
「特に問題はないと思います。魔法で描くので、紙の質は問いません。後で試してみてください」
「わかった。何から何まで、助かる」
「いえ、これくらいは想定の範囲内ですから。むしろ、自分たちで何とかしようとしている皆さんを助けるために来ていますので。ただ、失くしたら申し訳ないのですが、冒険者ギルドで販売しているはずですから」
「それは当然、購入させてもらう。むしろ、これはいくらなんだ?」
「いえ、今回は緊急で魔塔から配布されているものの一つですので」
コーディが言うと、冒険者も含め村の人たちからお礼の言葉をいくつももらった。
さらに聞いていると、今回はたまたまかなりの数の魔獣が一度に森からやってきたが、さすがに常時出てくるわけではないそうだ。
「三交代にしているが、夜に出てくるやつは少ない。昼間が多いな。体感だが、二日前が一番多かったように思う」
「たしかにな。一昨日は一時間ごとに何か出てきて、ろくに休憩もできなかった」
どうやら、一番大変な時期はすでに終わっていたらしい。
そのときにはケガ人も出たが、運のいいことに命を落とした者はいなかったそうだ。
「俺が逃げてきた町では、先月くらいに、ろくに支援もなく働かされた冒険者のうち数人が、大量の魔獣に襲われて死んだんだ。しかも、その補償も何もなかった。だから逃げてここまで来たんだ」
「オレも似たようなものだな。万が一オレが死んで嫁さんが遺された後どうなるかわからないから、冒険者が作った村があるって聞いて来た」
「女一人で生きていくのは難しいからな」
どうやら、魔塔が聞いているよりもアルピナ皇国での被害は大きかったのかもしれない。
今後はどうするか、という話になったので、コーディが説明した。
「今回の魔獣の暴走は、六魔駕獣という巨大な魔獣が暴れたことによります。六魔駕獣は討伐されましたが、その影響で魔獣たちが暴走しているんです。ほかの地域の暴走は、だいたい一週間ほどで収まったので、同じくらいの期間で落ち着いてくるはずだと思います」
「六魔駕獣って、絵本のやつか?」
「あれが、本当に存在したのか。討伐されたなら良かったが、こっちに来てたらきっと国ごと消えていたぞ」
「はい、魔塔と各国の協力で対応しました。さすがに、直接被害にあった国ではたくさんの犠牲者が出たんです」
あっちこっちで封印を解いて出てきたこともあり、コーディが助けられなかった人たちがいる。
あらためて、その被害者たちの魂も穏やかに還ってくれていることを願いたい。
「そうだったのか。こちらにはほとんど情報が来ていないから、知らなかった」
「あと一週間もしないで収まるなら、そんなに長期で助けてもらわなくても何とかなるんじゃないか?」
いろいろな意見が出て、結局明日と明後日の二日間は、コーディがサポートとして入り、ソーンタイガーのような凶悪な魔獣が出てきたら対処する、ということになった。
三日後に様子を見て、落ち着いてきて強い魔獣も出てこないようなら、もう村の冒険者だけで対応するのでコーディはお役御免となる予定だ。
こういう、自分たちでなんとかしようという気概のある人たちであれば、気持ちよく手助けできるというものである。
読了ありがとうございました。
続きます。