178 魔法青年と暴走魔獣
よろしくお願いいたします。
ソーンタイガーとは、グラスタイガーの上位種のようなものだ。
迷いの樹海にもいるらしいが、コーディはまだ見たことがなかった。
狼煙が上がっていた方向へと飛ぶと、すぐに人と魔獣が見えた。
森から少し離れた、開けた場所だ。
邪魔になるものがなく戦いやすいだろうが、魔獣からも人が見えやすい。
森から出てきたのであろう暴走する魔獣の数は、かなり多かった。
そして、森の中から大きな魔力を感じた。
「あれがソーンタイガーか。たしか、棘を纏うんだったな」
木々の間から見えた大きさは、よく知っているグラスタイガーの倍ほどだろう。
比べてはいけないのだろうが、ペルフェクトスたち六魔駕獣と比べるとものすごく小さい。
その魔獣に蹂躙されようとしている人たちは、いたって普通の人間だ。
「わしは、もはや上界真人の域に達したのだろうな」
仙人は、まだ少し人間からはみ出した程度の感覚だった。
今の自分は、明らかに逸脱した存在になっている。
こういう人外じみた存在は、下手に表に出ると騒動の元になる。
偉人か、救世主か、歴史的大罪人か。
いずれにしても、何らかの事象の原因として利用される可能性が高い。
コーディは、そんな風に歴史に関わるつもりは一切ない。
せっかく上界の域に達したのだから、真人だからこそできることをしていきたい。
仙人とは、そもそも自己中心的な者だ。
自分に向きあい、研鑽を積むことが生きる目的と言っても過言ではない。
人助けは自分が高めた能力を使うついでに役立てているだけ。
鋼として生きていたときにはあまり世間と関わらずにいたが、コーディとしては魔法を学ぶのが楽しくてかなり表に出ている。
論文も出しているし、今回の騒動では名前も知られるようになった。
一応、魔塔を隠れ蓑にしてはいるが、知っている人はコーディが何をしたのかをある程度知っている。
ほとんどが国のトップ層なので、無理に表ざたにするよりもコーディと上手くやっていく方がいい、と判断してくれている。
コーディとしては、ちょっと変わった魔塔の研究者として多少名前が知られている、くらいなら許容範囲なので、そういうスタンスでいるつもりだ。
万が一、何らかの形で担ぎ出されそうになったら、別の大陸を探して逃げ出すという手もある。
魔獣が多いため海運は発達していないが、この星で大陸がここだけ、というわけはないと思うのだ。
別の大陸へ行けば、また新しい魔法があるかもしれない。
ただ、プラーテンスの友人たちも、魔塔の師匠や研究者たちも、そんな変わった人物であるコーディをコーディとして受け入れてくれているので、すべてを手放すのは惜しい。
めんどくさそうな国があれば、適当な餌を投げつけて口出しさせないのが一番だろう。
コーディ自身は、自分がすべき、またはしたいと思って手出しをするのは構わないが、相手の都合で使われるのはまっぴらごめんなのだ。
もちろん、助けを求められれば今回のように応えることもある。
友人が助けてほしいといえば、すぐに飛んでいくだろう。
けれども、自分を優先して他人を利用する者のために動くつもりは一切ない。
今回については、無為に殺される民衆を少しでも減らすためだ。
その民を守るために必死に戦う人を助けるためだ。
紛い金糸の貴族たちのためではない。
やはり、あの程度の可愛い報復では少し足りなかったかもしれない。
かといって国を潰してこの国を抱え込むつもりもない。
この国をどうにかするのは、この国のまともな人(がどれだけいるのか知らないが)か、他国の権力者たちであるべきだ。
そんな風に思いながら、コーディは戦う人たちの前に飛び降りた。
「な、なんだ?!」
「人間か?」
戦う手を止めそうになりながら、冒険者らしい人たちは戸惑った。
「驚かせてすみません、村に派遣されてきた魔塔の研究者です。冒険者でもあります。ソーンタイガーを叩いてくるので、こちらをお任せしても大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。ソーンタイガーさえ来なければ、この数ならいつも通り対処できる」
「では、お願いします」
リーダーなのか、壮年の男性がうなずいたのを見てからコーディは森の方へ走った。
ソーンタイガーは、ペルフェクトスの魔力にあてられたのだろう、少し魔法を暴走させながら走ってきた。
ペルフェクトスの強大な存在感に恐れをなして逃げながら、その爆散した魔力を取り込んでしまって暴れているようだ。
エネルギーが有り余っているような状況らしい。
コーディがソーンタイガーの前に走り出ると、餌が現れたと思ったのか、走ってきた勢いのまま飛び掛かってきた。
「おっと。なるほど、これは多少骨が折れるだろうな」
空ぶったソーンタイガーの前足から大きな棘がいくつも飛び出し、コーディが立っていた地面に深々と突き刺さった。
ひょいと避けたコーディは、地面を蹴ってから低く飛んでソーンタイガーに迫り、複数の白い火の玉をぶつけた。
小さなゆらぎにしか見えない火の玉は、しかしいわゆる超高温の炎だ。
火の玉はソーンタイガーの棘をたやすく燃やし、ただの焦げたでかい虎にした。
『グォォオオオ!』
ソーンタイガーが大きく鳴いたと思ったら、再び全身に棘を生やした。
ペルフェクトスの魔力は大きく広がっているので、やはり魔獣にとっても魔法を使いやすい環境になっているようだ。
飛び掛かってくるソーンタイガーを躱して、コーディは地面を蹴る。
「いたずらに長引かせても気の毒だ」
ひとつうなずいたコーディは、上から大きな炎を降らせた。
ソーンタイガーがそれを避けるために飛びのいた先に、武器を構えたコーディがいた。
コーディが魔法で作った刀で首元を大きく切り裂くと、ソーンタイガーはふらりと数歩進んで倒れた。
軽く処理を施したソーンタイガーを紐でくくって風魔法で浮かせ、森の外に出る。
血抜きなどの処理に少し時間をかけてしまったからか、外に出たときにはもう冒険者たちの戦いは終盤になっていた。
「そっちに行ったぞ!」
「任せろ!構えろ!」
「一体倒した!」
先ほどは急いでいたのできちんと見ていなかったが、森の外に出てきている魔獣の多くはストームドッグだったらしい。
犬系の魔獣は徒党を組んでくるので厄介だ。
しかし、冒険者たちも慣れているのだろう、いくつかのパーティが連携を組みながら上手く散らして戦っていた。
そんな彼らだが、ソーンタイガーを空中で引くコーディを見てぎょっとした。
ストームドッグまでこちらを見たと思ったら一瞬固まった。
確かに、意味の分からない状況だろうが、戦っている最中に大きく気を逸らすのは良くない。
先に我に返ったのは冒険者たちだ。
出遅れたストームドッグに、チャンスとばかりに切り込んで倒していた。
きっと経験の差だろう。
「助かった。魔塔の研究者ってやつはすごいんだな」
「僕は特に戦闘に特化した方です。プラーテンス王国出身ですし」
恐る恐る礼を言われたが、コーディがプラーテンスから来たと知った途端に態度が軟化した。
「そうだったのか。プラーテンスなら、ソーンタイガーくらい一人で倒せるものなのか?」
「それは……うーん。一部の人は可能でしょうね。でも効率が悪いので、パーティを組んで倒すのが常道だと思います。あの棘はめんどくさいですから」
「めんどくさい」
きっと、ビルやカーティスのような、物理の強い冒険者なら時間をかければ討伐できるだろう。
ヘクターやスタンリーも、最近は木魔法も使えるようになってきたといっていたし、あの棘をうまくいなしてどうにか対処できる。
けれども、効率を考えるなら複数人で挑むべきだ。
あの攻撃は距離を取らされる。
正直にそう言うと、それを聞いた冒険者は乾いた笑いを漏らした。
「はは、そうか。やっぱりプラーテンス王国は段違いなんだな」
実際には、魔塔の研究者たちも対処できるだろうし、ゲビルゲのヴェヒターたちも鍛えているので迎え撃つことはできるだろう。
しかし、説明がめんどくさくなったコーディは「訓練すれば、パーティなら誰でも倒せるようになりますよ」と適当に流した。
読了ありがとうございました。
続きます。