176 魔法青年は後始末に動く
よろしくお願いいたします。
9月になったので週二回更新に戻るつもりです。
派遣部隊は、アルピナ皇国の北付近にある辺境伯領の領都に来た。
一応、ここが魔獣からの防衛に関する指令拠点になっているそうだ。
「今回の要請では、特に北からのアルピナ皇国への魔獣の流入が問題となっていると聞いている。そのため、我々はアルピナ皇国国内にて、北側の国境付近で魔獣を討伐する。相違ないな?」
会議室にある一番上等な椅子に座り、契約書を手に持ってそう宣言したのは、今回の派遣部隊のリーダーを任されているギユメットだ。
ロスシルディアナ帝国の侯爵位を持っているし、そろそろ魔塔の研究室を持つことになるようだし、風魔法による飛行も使える。
なにより、レルカンの弟子なので指名しやすい。
今回も、ギユメットは魔塔の代表として表に立つことになったのだ。
ほかに一緒に来ているのは各研究室の弟子たちで、飛行の魔法が使える者ばかりだ。
戦力的には、精鋭といえる若い研究者である。
実際の戦力で言えば、やはりディケンズが突出しているし、ほかの研究室の師たちだってかなりのものである。
迷いの樹海における魔獣の暴走には、師匠たちも順番に対処に出てかなり活躍していた。
というか、今も樹海の中での討伐は師匠たちが対応している。
しかし、今回の依頼に関しては遠慮する研究者が続出した。
こちらにぶら下がる気満々の国に行くという状況がわかっていれば、そりゃあ行きたくないだろう。
とんでもない要求まで追加されるのが目に見えている。
魔塔としては無視しても良かったのだが、今回の六魔駕獣の問題に関しては魔塔が要所を握って情報を操作したいという思惑があったために、引きこもりをやめて出ることになったのだ。
それがわかっているから、各研究室では生贄探しが始まり、結局は戦力と飛行魔法の両方が一定以上に達している弟子たちが指名された。
コーディに関しては、ディケンズが諸々の画策の関係で魔塔に残る予定だったため、選択肢すらなく直接指示が下ったのである。
そして今回の招集メンバーの中で、身分が一番高いギユメットがリーダーとなった。
こういったときの堂々とした態度は、自然と相手を従わせるので適材適所だと思う。
「ええ、さようです。迷いの樹海を中心として暴走しているためか、北側の国が抑えきれない魔獣の流入が多くて対処しきれません。どうかお願いいたします」
ほんのりと責任を北の二国――ヴォルガルズ皇国とアルピヌム公国に押し付けながら、アルピナ皇国の貴族がそう言った。
金銀の刺繍が煌びやかな礼服を着た貴族からは、緊張感が全く感じられない。
「わかった。国境付近のうち、特に戦況が厳しいという場所に我々が向かう。事前に聞いていたのは2か所だが、間違いないか?」
ちらりとその貴族に目をやったギユメットは、しかし鷹揚にうなずいた。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。場所については、お伝えした場所の二都市が特にひどい状況でして。もしも可能であれば、もう一つ小さな村が谷の途中になっておりまして、あそこも酷いと聞いております」
「なるほど、それは地図のどこだ?」
「このあたりです。二都市の間くらいになりますね。ただまぁ、冒険者が多い村なのでそこまで心配はしておりません。もしも皆様方の手が回るようであれば、気にかけていただく程度で十分かと」
にっこり、とほほ笑みの形に表情を変えた貴族だったが、そこからは誠意よりも小狡さがにじみ出ている。
「ふむ、距離はこのくらいか……。タルコット、単独で向かうなら何分かかる?」
「はい、これくらいなら20分で飛べますね」
「じゃあ、こっちの村はタルコットに頼む。様子を見て問題ないようなら、すぐこっち側の都市に戻ってくれ。連絡は都度手紙でいいだろう」
「わかりました」
コーディが了承してうなずくと、貴族はわざとらしく驚いてみせた。
「まさか、馬車で二日以上かかる距離ですが」
「飛べば早い」
「さすが魔塔の方は違いますな。いやはや、気にかけてくださるだけで十分とは言ったものの、本当のところは足を運んでいただきたかったのです。本当にありがとうございます」
二都市の間で、ちょうど通る場所の近くにある村なのだ。
こちらがごねたら、すぐ近くだからとか何とか言って押し付けるつもりだったのだろう。
そう感じられるような、満足そうな笑顔であった。
「ところで、その金糸は――」
ギユメットが、貴族の衣装をちらりと見て言った。
「あぁ、こちらですな。新しく仕入れた糸を使いましてね。なかなか軽くて良いのですよ」
貴族は、褒められたと思ったのか嬉しそうに胸を張った。
「それは、最近ロスシルディアナ帝国の庶民が流行らせている“紛い金糸”だな。確かに、金を使っていないから軽いし、糸も安価なものだから全体的なコストも半分以下になるだろう。さすがだな、今は民に負担がかかっているときだ。貴族も節制せねばならんが、瀟洒であることを忘れてもいかんし、率先して経済を回す必要もある。良い選択肢だ」
ギユメットは、それはもう純粋に褒めた。
安物をうまく使っているのは選択としてアリだ、と腹黒さゼロの真っ白な心で称賛した。
貴族は、“紛い金糸”とは知らなかったのか、顔を引きつらせながらも何とか微笑みの形を維持しようとした。
「“紛い金糸”、と呼ばれているとは知りませんでした。少し変わった金糸だとは思っていましたが……。お褒めいただき、感謝いたします」
「いやいや、感謝するようなことでは。ちょうどいいから、それを貴族で流行らせるといい。そういう意匠で使うのも斬新だし、本物の金糸なら硬くて重くなるという欠点が補われる」
もう一度繰り返すが、ギユメットは良いと思って褒めていた。
たとえ、コーディには『お前らには見ただけでわかる安物が相応だ』と変換できたとしても、貴族がそう受け取ったらしいと見受けられても、実際にはギユメットに裏はない。
彼は、善意のつもりでものの見事に貴族の傷を作りだしたうえに抉ってみせた。
それに気づいたらしい、同行しているほかの研究者数人が、吹き出しそうになって変な咳で誤魔化した。
アルピナ皇国から指定された二都市は、今いる辺境伯領の領都からは少し西の方、どちらかというとヴォルガルズ皇国との国境付近にあった。
どちらも割と大きめの都市で、地形的に魔獣が流入しやすいらしく、被害が大きくなったのだろう。
今回やってきた魔塔の派遣部隊は全部で八人。
本当は四人ずつに分ける予定だったが、コーディが一人で中間にある村へ向かうので、三人と四人に分かれる。
とはいえ、そもそもその都市にも防衛に携わっている兵士や冒険者がいるので、研究者レベルの魔法使いが二人も参加すればそれだけで戦況はひっくり返せるはずである。
そこそこに豪華な馬車を用意していた貴族たちにお礼だけ言い、コーディたち魔塔の研究者はすぐに空へと飛び立った。
読了ありがとうございました。
続きます。




