174 魔法青年は弔う
よろしくお願いいたします。
たどり着いた先は、うっそうと葉が茂り、少し空が開けた場所だ。
魔力の動きが平坦で、人が通るような所ではなく、周辺に魔獣の気配もしない。
ゆっくりと弔うには良さそうな場所だ。
コーディは、まずはネズミの遺体を火葬することにした。
延焼しないよう、周辺の草を刈ってから地面を掘り、遺体をそっと置く。
超高温の炎をイメージして、火魔法を行使した。
この世界では、火葬は一般的な埋葬方法だ。
主要宗教であるナトゥーラ教でも、火によって世界に還る、といった考え方をしている。
「わし一人で見送りとなってしまうが、無念も燃やして戻ると良い」
コーディは、あの魂の世界を知っている。
思い起こせば、あそこには人以外の生き物もいた。
獣も、植物も、虫も、あらゆる生き物がいたのだ。
それなら、きっと実験材料にされた動物や魔獣たちも、魂になって新しい生を目指せるだろう。
一体ごとに火葬を繰り返し、無念だったろう彼らを灰にして、それぞれ地面の下に隠した。
さらに木魔法を使って周りと同じように木を成長させ、わからないように偽装した。
死んでまで、弄ばれるようなことがないように。
偽装を終えて、静かに黙とうしたコーディは、ふと意識が違う場所にひっかかった。
思わず周りを見たが、この近くではない。
それどころか、この空間には存在しない場所だ。
探すなら、自分の内側を通った向こう側。
見えている魔力ともまた違う次元。
あちら側に、何かがある。
しかも、コーディが知っている何かだ。
ひょい、と木の上に登って木魔法で安定した居場所を作り、コーディは自分の向こう側を探った。
表現が難しいが、とにかくここではない、魔力の器の向こう側、魂からつながる先としか言いようがない。
瞑想するように目を閉ざし、ゆっくりとした呼吸を繰り返しながらそこへ向かった。
すぅっと向かうと、身体は木の上にあるまま、自分の魂だけが移動していることがわかった。
身体から魂が出てしまう幽体離脱のようなモノとはまた違い、身体の中にある魂が向こう側に存在を広げているような感じだ。
魂とは、無形のものなのでそれが可能なのだろう。
そして、見つけた場所についても何となくわかった。
あれは魂が還る場所だ。
地球で寿命を迎えた鋼が、ボロボロに傷ついた元のコーディの魂と出会った所。
今のままあの場所へ行っても、コーディは生きたままなので魂が還ることはない。
ただ、様子を見ることだけはできそうだ。
不思議とそういったことを理解しながら移動していると、途中で妙なものを見つけた。
ちらちらと、ほかの魂が単体であの場所へ向かっていくのが視界の端に映る。
しかし、コーディが見つけたのはいくつかで集まっている傷ついている魂たちだった。
あのときの元のコーディは、傷ついていながらもゆっくりと魂が還る場所へと向かっていた。
一方ここにある魂たちは、動かないというよりは動けないでいるようだった。
ほかの魂が様々な色や雰囲気であるのに、その魂たちは一様に澱んだ色で、重そうに見える。
それらを知覚したコーディは、ふと気がついた。
これらは、六魔駕獣の核だった者たちだ。
ペルフェクトスにされた4体の動物や魔獣のほかに、彼らに摂取されていたがゆえにつながってしまった魂たち。
また、リーベルタスやマーニャなどの六魔駕獣にされた者たちも一緒にいた。
化石だったはずの者も混ざっていたので、六魔駕獣としてあの世界で存在させられたがために、魂が呼び戻されたのかもしれない。
何にしても、彼らをそのままにはしておけない。
コーディは、そっと彼らの傍へと近寄っていった。
コーディが近寄ると、彼ら魂はぎゅうっと身を寄せ合うようにして縮こまった。
魂の大きさがかなり違うので怖がっているのかと思ったが、単純にコーディが誰なのかわかっているようだった。
自分を倒した相手が魂になってまで追いかけてきたのだ、それは確かに恐ろしいだろう。
それに、コーディの大きさが百だとすると、一番大きな虎の魔獣らしい魂ですら五程度の大きさ。
彼らをまとめて、コーディの両手で掬えてしまうくらいだ。
―― 安心せい、これ以上誰にも傷つけられはせん。
口に出そうとした言葉は、しかし普通の空間ではないので声にはならなかった。
そもそも身体がない状態なので、音を出せるはずもない。
いわゆる三次元にいるかどうかも定かではないから、いずれにしても意思を伝えられるのかはよくわからない。
それでも、コーディは彼らの下へ添えるようにゆっくりと手を差し出すようにした。
実際に出たのは、魂から伸びた手のようなものだ。
―― ここにいても、何も変わらない。あちらへ連れていこう。魂が還る場所だ。
じっと待つと、小さな欠片のような魂がそっと出てきた。
その魂からは、動物とは違う意思を感じた。
無理やり引きちぎられた自分の一部の元へ還れるのか、と。
どうやら、不完全に見える魂は還って新しい生へと向かったはずの魂の一部らしい。
本当に、非道なことだ。
―― 必ずできるかわからんが、ワシが手助けしよう。ほんのうっすらとだが、向こうへの繋がりがあるように見える。お前さんと、そこの欠片四名ほどだな。
よく観察すると、欠片のように見える魂には違いがあった。
細く薄く、糸のようなものが魂の還る場所へとつながっている者が五つ。
それ以外が九つ。
かなり多い。
―― それにしても、その傷は痛むだろうに。
ふとコーディが彼ら魂の傷を気にして、治ればいい、と思った途端、元のコーディにしたように、自分の魂のエネルギーが彼らに向かったのが分かった。
ふわりと包み込まれた彼らのギザギザに傷ついたような箇所が、いくらか癒されたように見えた。
おずおずとした意思が伝わってくる。
困惑と、感謝と、それから迷子のような、向かう場所がわからないという思考。
個々に色々とあるが、大まかにはそういったことが伝わってきた。
ずたずたに傷つけられた彼らは、還る場所がわからなくなっていたようだ。
―― ここで休んでもいいが、還る場所へ向かってもいい。休むならまた適当に時間を置いて迎えにこよう。どうしたい?
差し出した手はそのままに、コーディは彼らに問いかけた。
すると、一番意思のはっきりした欠片がコーディの差し出した手に乗った。
何となくだが、手だけが見えていた人間ではないだろうか。
自分の本体は向こうにあるから、きっと不便をしている、還りたい。と伝わってきた。
それを見た彼らは、戸惑いながらもコーディの手に乗ってきた。
どこへ行けばいいかわからない、でもどこかへ行かなければならない。
連れていかれた先が思ったところと違うなら、そのときにまた考える。
お前のおかげで、痛みが取れたから信じる。
残っていても痛いだけだから、連れていって。
それぞれ、思うところはあるようだがとにかく全員コーディの手に乗った。
そっと動いたコーディは、彼らを落とさないように包み込んで抱え、魂の還る場所へと向かった。
向かった場所は、やはり覚えのある場所だった。
大小、色、形、一つとして同じもののない、剥き出しの魂がすべて同じ場所へと向かっている。
ゆっくりと向かうものもいれば、ひとっ飛びといった風に急ぐものもいる。
その場所を認識した魂たちは、それぞれに反応した。
顕著だったのは、うっすらと向こうにつながりのある魂たちだ。
彼らは、ひょいとコーディの手から飛び出した。
感謝の意思を伝えたのち、一緒にいた魂たちに別れを告げて還る場所へと向かっていく。
コーディは、きちんと彼らの片割れ――あるいは本体ときちんと出会って融合できるよう祈った。
そのとたんにコーディの魂のエネルギーが彼らにくっついたので、多分問題ないだろう。
彼らを見ていたほかの魂たちも、ぽつりぽつりとコーディの手から出ていった。
―― 願わくは、彼らの行く先に幸あらんことを。
コーディの祈りが彼らに届いたとき、彼らからは感謝するような、あるいは祈りに近いものが返ってきた。
コーディは、彼ら魂が還っていくのをしばし見守った。
読了ありがとうございました。
長かった第四章はこれで終わります。
そして新章に続きます。