173 魔法青年が見た世界
よろしくお願いいたします。
ここで怒りを爆発させても、何も解決しない。
コーディは、彼らを貫く剣を抜き、それぞれに布を巻いてからアイテムボックスに収納した。
感情に合わせてぐるぐると渦巻く魔力を感じて、深呼吸を繰り返す。
自分の魔力の器は、完全に人ではない大きさになっている。
もしもこれを解き放てば、もう一度この地がえぐられるような事態になるだろう。
ただの八つ当たりになってしまう。
仙術で基礎として行った、気を巡らせるように。
この世界で魔力の器を感じるために行った、瞑想のように。
暴れ出しそうな魔力をいなし、流すように動かし、そしてゆっくりと纏わせる。
なんとか暴発を防いだコーディが目を開けると、世界が違って見えた。
「……なんじゃ、これは」
精神的に成長してどうこうというような話ではない。
目の前に見えるものが、まったく違ったのだ。
今、コーディはミニブラックホール生成によってできた大きな半球状のクレーターの中心地に立っている。
目の前にあるのは、抉られた土の層だ。
少し上を見れば、クレーターの縁があり、そこからは草や木、空が見える。
それらは、先ほどと変わらない。
ただ、その風景に重なって、何かの流れが見えるのだ。
雲のような、靄のようなモノは、はっきり見えるにもかかわらず風景に重なっており、しかも視界を邪魔することはない。
きょろきょろと見回すと、その靄は全方向に存在した。
確かめてみようか、と魔力を集めて飛ぼうとした瞬間。
「っ!!これは、魔力か」
コーディの身体が、まぶしいほどの靄に包まれていた。
飛び上がると、クレーターを中心として、魔力が広がっているのが見える。
先ほどのペルフェクトスが爆散した影響だろう。
多分、そのうち馴染んでいくと思われる。
しかし、その靄は見えていながらもいつもの視界はそのままきちんと見えている。
そもそも、魔力というモノは三次元には存在しないものだったはずだ。
「……なるほど、ずれた次元が見えておるのか」
コーディの中の何かが作り変わったのか、それとも一定量以上の魔力の器――魂の大きさになったからか、原因ははっきりとしない。
色々と検証したいのはやまやまだが、まずは魔塔に戻らなくてはならない。
コーディは、ついっと方向を変えて魔塔に向かって飛んだ。
「戻りました」
魔塔に戻って、まずは中央の指令室に向かった。
「おぉ、戻ったか。怪我はどうだ?」
「表面的には治っています。これ以上は、まだ樹海の魔獣を討伐しに行くために魔力を温存しておこうかと」
実際にはほとんど治っているが、そこまで治してしまうのも色々と問題がある。
だから、コーディは適当に誤魔化した。
「とりあえず、身体を休めてくれ。樹海の周りの国には以前から危険があることを伝えていたし、向こうに魔獣が到達するまでにも時間がある。先ほど通信の魔道具で伝えたから、問題はないはずだ。そういったときに国がきちんと機能することが重要だからな。魔塔が何もかもしてしまうのは良くない」
レルカンは、何かの手紙を書きながらそう言った。
どこかの国への書状かもしれない。
指令室にはレルカンのほかにも何人かの中央所属の研究者がいて、やはり何らかの手紙を書いている。
「ディケンズ先生は?」
「あぁ、さっき北側の塀のところにファイヤビーの群れが来てな。ディケンズと何人かが対応に向かった」
ファイヤビーは、一匹なら討伐して終わりだが、群れの場合は注意が必要だ。
万が一そこに巣を作られると、数千匹という群れの全部を討伐することになってしまう。
その前に、確実に遠くへ追いやろうということだろう。
「わかりました。えっと、ペルフェクトスについての報告をしたいのですが」
「わかった。あっちで聞こう」
あの遺体を見せるのは、ちょっと考えものだ。
あれだけでも倫理に反しているし、誰かが合成についての研究に興味を持っても困る。
言い淀んだコーディの意を酌んだレルカンは、別の会議室へとコーディを連れていった。
「それで、どうだった?」
「その、表に出すのはどうかと思う状態でして」
「どういうことだ?」
今、ディケンズの研究室には誰もいない。
鍵はコーディとディケンズしか持っていないので、先にそちらにあの遺体を運び込んでおいた。
アイテムボックスについて秘匿するために、ひと仕事したのである。
コーディは、レルカンを連れてディケンズの研究室へ行った。
遺体は、使っていない仮眠室のベッドをどけて床に並べてあった。
「うっ……。これは」
「彼らを、この剣で貫いていました」
「剣?魔法陣が描いてあるな」
レルカンは眉を寄せた。
「はい。ちゃんと読みこまないとわかりませんが、彼らを合成して一つの魔獣にするための魔法陣のようです。いくつも連ねているので、確実なことはまだわかりません」
「ろくでもないな。……解析もしたくないぞ、こんな非道なもの」
遺体そのものの痛ましさもあるだろうが、やはりどう考えても残虐としか言いようがない。
「僕は、どうしても彼らを研究する気にならなくて」
「うむ。六魔駕獣についての隠蔽を図っている論文にも矛盾してしまう。こんなものが横行すれば、そのうち人間を使った実験が始まるぞ」
チッ、とレルカンは舌打ちをした。
「ディケンズを待つ必要はない。ほかの誰にも見られていないな?」
「はい。運び込むときにも気をつけました」
正確には、アイテムボックスに入れて運んだので見つかるはずもなかった。
「よし。すぐに焼却処分だ。とりあえずその剣はすぐにでも溶かしてしまえ。この遺体は、一つずつ運び出して焼却するしかないな。頼めるか?」
「大丈夫です」
「ほかの奴らには国々への対応や樹海での討伐に参加させているから、ほとんど誰もいないはずだ。できれば今日中に片づけてくれ」
「問題ありません」
レルカンは、深くうなずいた。
「この先、少しくらい見ておけばよかったと後悔することもありそうだがな。こんなもの、無かったことになるのが一番だ」
そう言って、コーディの肩を叩いたレルカンは部屋を去った。
彼の危機意識は確かである。
魔塔の中だけであれば、魔獣を使った実験に収まるかもしれない。
それでも命を弄ぶ実験なので、褒められたものとは言えないだろう。
合成の実験内容が、各国に伝わったらどうなるか。
レルカンが言ったとおり、そう時間を置かず犯罪者など国が口を封じたい人間を使った実験になるはずだ。
もしかしたら、超古代魔法王国ではそういった実験がなされていたかもしれない。
実験のために、力の弱い国から人を攫っていたかもしれない。
そんな地獄を、未来にしてはいけない。
コーディは、まずは目の前にある剣をドロリと溶かした。
レルカンも同意したので、コーディは遺体をもう一度アイテムボックスに収納した。
こっそり焼却処分するということなので、この後の動きは分かりにくい方が良いはずだ。
北側ではファイヤビーの対処をしていることだろう。
なんとなく、封印されていた場所も違う気がして、コーディは南の門から樹海へ出た。
相変わらず、視界には魔力が見えている。
その魔力を見るだけで、魔獣がいるかどうかがすぐにわかる。
人の魔法も独特の流れを起こすのでわかりやすい。
コーディは、なるべく魔力の動きの少ない方へと移動していった。
読了ありがとうございました。
続きます。