172 魔法青年の魔法と科学知識
よろしくお願いいたします。
最後の方にちょっとグロ表現あり。(コーディの独り言の後)
苦手な方は読み飛ばしてください。
当然、地球にはそんなふうに鉄を凝縮する技術はまだ存在しなかった。
シュワルツシルト半径に関しても、理論上の数字であって、実際にそれを見た人はいない。
しかし、ここは魔法世界である。
前世の知識を信じ、そうなると理解していれば、そうできると認識していれば、超小型ブラックホールを作り上げることも可能。
原子どころか、原子核すら潰してしまえるのだ。
もちろん、コーディの魔力だけではなしえないので、ペルフェクトスの魔力をも利用する。
それができると知っているからこそ、ペルフェクトスの意思に関係なく、その身体を構成する魔力を奪い取って魔法に変換できるのだ。
イメージと認識を、少しもぶらせるな。
小さく息を吐いたコーディは、風魔法を使って鉄塊を氷のペルフェクトスの中へと撃ち込んだ。
ビキキキキ!
と鈍い音をさせた鉄塊は、おおよそペルフェクトスの腹のあたりまで入り込んだ。
一瞬の勝負である。
さすがに、氷を維持したまま、鉄塊を一気に凝縮するのは難しい。
魔法を解かれたペルフェクトスが、何の魔法を使うかまではわからない。
それでも、コーディは防御もほかの攻撃もすべて捨てて、鉄塊を凝縮させることにだけ集中する。
覚悟を決めたコーディは、ペルフェクトスを氷と化していた魔法を解いた。
水に戻ったペルフェクトスは、気づいた瞬間に元の身体に戻り、その強靭な足で地を蹴った。
最後に選んだのは、物理攻撃。
コーディを嚙み砕かんと、大きな牙を向けて突っ込んできた。
「ふんっ!」
対するコーディは、あえてペルフェクトスに向かった。
近い方が魔法の行使が楽な気がしたのだ。
がちん!と空を噛んだペルフェクトスの体表を駆け、コーディは走り抜けた。
「ガッ……?!」
「くっ」
勝負は、それで終わった。
ぎゅるり、と空間が歪む。
すべての音が消えた。
多分、ペルフェクトスにとっては一瞬のこと。
けれども、コーディにはただ時が止まっているように見えた。
ブラックホールが出現していた時間は、一瞬にすら満たない。
すぐに魔法を解除したからだ。
それでも、その場所には大きな半球状のクレーターができ上がっていた。
中央付近に感じられるペルフェクトスの魔力は、ブラックホールの名残か、数秒間はそのまま集まっていた。
その後、一気にはじけ飛んだ。
「っふ!」
防御の構えを取ったが、先ほどペルフェクトスの牙でかすった腕と、知らぬ間に足に負った傷が気を散らす。
衝撃こそないものの、こらえきれなかった分だけ気持ち悪さがコーディを襲う。
多分、これがほかの人たちが感じてきた魔力の乱れによる酔いだ。
「っぐ、はぁ、はぁ、……ふぅ」
思わず膝をついた。
しかし、通り過ぎていった膨大な魔力と、まだこのあたりに残っている魔力のおかげで、空に近いほど使い切ったはずの自身の魔力の器は満たされた。
しかも、明らかにペルフェクトスを倒す前と比べて数倍と言っていいほどの容量になった魔力の器が、ひたひたと満たされていた。
『……い、おい、大丈夫か?!』
『コーディ!聞こえるか?』
しばらくして、通信魔道具から声が聞こえてきた。
どうやら、膨大な魔力が爆散した影響か、正常に稼働していなかったらしい。
そこから知った声が聞こえてきて、コーディは思わず息をついた。
『こっちは、魔獣どもが大勢、外の方に向かって走っていっている!俺たちは奴らを追う!』
そう言ったのは、カーティスだ。
『俺たちも、別の方角へ行く!樹海の外の国がやばい』
『帝国は準備してるって聞いたけど、ズマッリとか無理だぞ!』
ビルたちの声も聞こえた。
『魔塔から、周辺国に急いで警告させる!』
『頼む!』
どうやら、あちらも混乱しているらしい。
巨大な魔力が衝突しあい、最後に膨大な魔力が襲い掛かってきたことで、魔獣たちが外へ逃げる様子を見せているのだろう。
迷いの樹海に住む魔獣は、外に住む魔獣とはレベルが違う。
奴らが樹海の外へと出てしまえば、六魔駕獣ほどではないにせよ被害が甚大になることが予想される。
『ヴォルガルズ王国方面はこのまま私たちが行く!アルピヌム公国は、当然準備しているはずだな?!』
『わからん!多少は兵士を用意しているはずだが』
混乱する中、通信の魔道具から声が聞こえてきた。
『コーディ!ペルフェクトスは?!』
レルカンだ。
「はい。ペルフェクトスは、魔力になって飛び散りました」
『やはり、さっきの魔力の波がそれか!わかった!移動できるか?』
「えー、怪我をしたので急がなければなんとか」
『怪我?!』
『えっ!嘘でしょ、コーディが怪我?』
『おい、大丈夫なのか?』
冒険者たちから、心配の声が聞こえてくる。
「骨は多分無事なので、とりあえず止血すれば動けるはずです。まずは中心地を確認して、一度魔塔に戻ります」
痛みはあるが、手は動く。
足も動くので大丈夫だろう。
『わかった!そうしてくれ』
『治療の魔法陣も、魔塔ならもう少し大掛かりなものがあるはずだ。無理せず先に治療しろよ!』
『魔塔で治療の準備をしておく。急がなくていいからちゃんと戻ってきてくれ』
「はい、ありがとうございます」
『あ!エアドラゴンはそのままにしておいてほしい!後で回収に行くから!!』
『そうだった!やる気がみなぎってきたぞ。急げ!』
研究者たちは、相変わらずであった。
魔法で皮膚の表面を修復し、念のため怪我の部分を布で巻いた。
内部もある程度治したつもりだが、見落としている所があるかもしれないためだ。
まだ戦闘の興奮が残っていて、冷静とは言い難い。
応急処置を終えたコーディは、ゆっくりとクレーターの中を下りていった。
半球状なので、気をつけないと滑り落ちてしまう。
近づいたそこには、目をそむけたくなるようなモノがあった。
「なんとむごいことを」
そこには、上半身だけの虎、下半身だけのオオトカゲ、首を切り落とされたワシの胴体、腹を切り開かれたネズミが折り重なり、鉄と思しき剣で貫かれていた。
剣の刀身には、小さな魔法陣がいくつも描かれている。
そのすぐそばには、コーディがブラックホールにしてすぐ元に戻した鉄の塊も転がっていた。
鉄を拾い上げるときに、見えてしまった。
虎の腹の内臓から、人と見られる手が。
オオトカゲの腹の中から落ちかけている魚の尾が。
ワシの首の中から覗く何かの毛が。
コーディは、眉を寄せて目を閉じた。
確かに、コーディは鋼として戦争を経験し、人が国の駒となって死んでいくのを見てきた。
時には戦争という異常事態の中で非人道的といえる現場にだって遭遇したし、それがまかり通っているのもわかっていた。
人を人と扱わないような状況があったことだって知っている。
けれども、あまりにも。
ペルフェクトスやそのほかの六魔駕獣を作り上げた奴らが、あまりにも命を命とも思わず、ただの材料として消費したのが透けて見えて。
憤りを抑えるために、握りしめた拳から血がポトリと落ちた。
読了ありがとうございました。
続きます。