168 魔法青年と臨界点
よろしくお願いいたします。
限界近くまで警戒した状態が続くと、何も動いていなくても少しずつ疲弊していく。
何事もなく終わる日が続けば、『もう大丈夫なんじゃないか』という意見が増える。
それが自然災害なら、予防などできないので備えて待つだけである。
ある程度は予測できるだろうが、どういう被害が出るかまではわからないものだ。
しかし、ペルフェクトスは自然災害ではない。
あれは明確に、人類と敵対する存在だ。
『いつ』かは分からないものの、被害は想像できる。
最悪、大陸中の生き物が蹂躙されるだろう。
だから、魔塔の研究者たちは静かにピリピリしていたし、樹海への見回りを欠かさず、プラーテンスから来た冒険者たちとも連絡を続けていた。
一ヶ月も経てば村人たちはどこか気が緩んできていたし、周辺国の警戒度も下がっていた。
騎士や兵士たちを鍛え、冒険者たちが少しずつ実力をつけ、凶暴度の増した魔獣への対処が可能であるという目算が付いたことも大きいだろう。
とはいえ、それは仕方のないことだ。
何日も、何ヶ月もの間、いつでもすぐに対応できるよう準備して警戒し続けるのは難しい。
プラーテンスの冒険者たちも、ときどきホリー村にやってきては休み、また樹海へと繰り出していた。
つまり、どの国も、どの町も、当然魔塔も、警戒を怠っていたわけではない。
それでも、突然の魔力の揺れには、大陸中が震撼した。
魔力フィルターを稼働させたままだったホリー村を含む魔塔ですら、震度5を超える地震のような、空気が、地面が、すべてがガクガクと揺らされていると感じられるほど、魔力が大きくぶれたのである。
そのとき、コーディは魔塔で昼食のサンドイッチを作っていた。
揺れを感じた瞬間、思わずテーブルを掴んで踏ん張ったが、すぐに地面や塔が揺れたわけではないとわかった。
全身に鳥肌が立つ。
コーディは、すぐに研究室に駆け込んだ。
「ディケンズ先生!」
「ああ。出おったな」
魔力の揺れに耐えるためか頭に手を当てていたディケンズは、浅くうなずいた。
『俺たちは逃げているが、あの化け物は魔獣を片っ端から喰ってるぞ!』
「無理せず情報を届けてくれ」
『わかった!』
中央が使っていた会議室は、即席の指令室となっていた。
「すぐに魔塔からも人員を向かわせる。とにかく無理をせずに様子を伝えてくれ。ほかのメンバーが到着次第、作戦を開始する」
『なるべくうまく逃げるようにする!とりあえずは、魔力を抑えてみせる魔法陣は全員が使ってるからなんとかなりそうだ』
「頼んだ!このまま繋いでいてくれ」
『了解』
コーディがディケンズと一緒に部屋に顔を見せると、指示を出していたレルカンやアルシェがすぐに気がついた。
「ディケンズ、タルコット。ペルフェクトスが出てきた。今、冒険者たちは魔力偽装をして潜伏しながら報告してくれている。これから、討伐作戦を開始する」
はっきりと、強い意思を見せたのはレルカンだ。
顔色は悪いが、弱気を感じさせずに踏ん張っているのはさすがである。
「わかりました。僕も魔力を偽装してすぐに出ます」
魔力を偽装する魔法陣は、魔力の器が大きいコーディがやたらと六魔駕獣に狙われたことから考えられた対策だ。
コーディ自身は自分で対応できるので持っていないが、その魔法陣を使えばかなり魔力を小さく見せられる。
どうやら、それがうまく働いているようだ。
「頼む。ディケンズはこちらで――」
コーディは、その後の言葉は聞かずに窓から飛び出した。
数人はぎょっとしてコーディの背を見たが、レルカンたちはちらりと見ただけで話を続けていた。
魔力を隠蔽しつつ空を飛び、樹海がざわついている場所を目指した。
向こうの空には、飛行できる魔獣が逃げていくのが見える。
少し近づくだけで、木々の間からペルフェクトスの身体がちらりと見えた。
「あれか……。まさにキマイラだな」
樹海の木のすぐ上あたりを静かに飛び、ペルフェクトスに近づいた。
木々の間から、カーティスたち撲切の四人や、ビルたちが樹海の木に隠れながら様子を窺っているのがちらりと見えた。
コーディがたどり着いた場所で繰り広げられていたのは、ペルフェクトスが木々をなぎ倒しながら、逃げる魔獣をひたすら喰うという一方的な食事風景だった。
ペルフェクトスは、目測だが頭から尻尾の先までで五十メートルほどあるように見える。
頭は虎のような黒と黄色のネコ科の様相で、一番大きな牙は二メートルほどあるだろう。
前歯は肉食獣らしくなく、げっ歯類のように平らな歯が見えた。
足は爬虫類らしく、鱗が見える。
爪も頑丈そうで、小枝のように木を踏みつぶしていた。
尾は途中まで太く鱗があり、真ん中あたりから先は細くなり剥き出しだ。
背中には猛禽類と思しき羽がある。
今はたたまれているが、身体に対して小さめのようなので、飛ぶ場合は魔法を使うのだろう。
身体は、背中側には羽が生え、足に近いところや腹は鱗が覆い、頭から肩にかけては黒と黄色の毛が生え、ところどころに灰色の毛が固まっていた。
それ以外にもまだらに肌が見えたり毛が生えていたり、鱗があったりと、正直に言えばとても醜悪である。
その目は、憎悪に燃えていた。
魔獣をひたすら喰っているのは、魔力を補充するためだろう。
さきほどの大きな魔力の揺れは、力技で封印を破壊したかららしい。
ペルフェクトスの向こうにちらりと見えた、紅い岩の封印があった場所は、大きなクレーターと化していた。
こうなっては、もはや討伐する以外に方法はない。
コーディは、渡されていた通話の魔道具に声をかけた。
「ペルフェクトスは、封印を無理やり破壊するのに魔力をかなり使ったようです。封印されていた場所がえぐれています。魔獣をどんどん喰っているので、早めに対処すべきでしょう。魔塔からの人員配置は予定通りできそうですか?」
『やはりそうか。魔塔の討伐要員はもうすぐこちらを発つ。プラーテンスの冒険者たちも予定の配置についてくれ』
『了解!』
『わかった』
『バケモノを起点にするから、少し移動する』
「ペルフェクトスは魔獣を追って移動しています。今は封印していた場所から西寄りに南下。僕はこのまま監視を続けます」
『頼んだ』
何らかの魔法を使っているらしく、逃げようとする魔獣がペルフェクトスの視界に入ると固まってしまう。
それを上から一口で飲みこむので、蹂躙というよりはまさに食事であった。
監視を続けていると、突然上空から動きがあった。
ペルフェクトスも気づいたらしく、目の前の餌ではなく空を見上げた。
「っ!エアドラゴン……」
空からペルフェクトスへと急襲したのは、コーディも文献でしか見たことのないエアドラゴンであった。
『あれが、エアドラゴンか!』
『青いな。普通なら絶望するデカさなんだが』
『空の色に擬態してるんだろう』
『バケモノと比較したらなぁ』
魔獣としてはあり得ないほどのサイズである。
しかし、せいぜい十メートルほどの体長。
ペルフェクトスの四分の一以下だ。
「構えてください!」
『おうよ!』
『すげぇな、あいつらバケモノ相手にやる気か』
エアドラゴンは、ペルフェクトスを見定めて殺気を纏っていた。
「キュォオオオオオオ!!」
エアドラゴンが甲高い声で鳴いた。
すると、似たような声が上空からいくつも降ってきた。
「キュゥォォオオ」
「キュウゥゥウウウ」
そして、数体のエアドラゴンがものすごい速さで飛んできた。
「もっと下がった方がいいかもしれません」
『おいおい、仲間を呼んだのかよ』
『待ってくれ!私たちもエアドラゴンを見たい』
『もう少し下がるぞ!魔力霧散の魔法陣は持ってるな』
『ほかの魔獣があたしらに見向きもせずに逃げていくわ』
『もういっそ、相打ちしてくれないかな』
『急げ!エアドラゴンなんて二度と見られないかもしれないぞ』
数名から違う意見が聞こえたが、樹海にいる全員がスルーした。
読了ありがとうございました。
続きます。