167 魔法青年と合成魔獣
よろしくお願いいたします。
トリリアントの三人と、撲切の四人に魔道具などを渡してから、五日ほどは特に何も動きがなかった。
魔塔ではコーディとディケンズで研究冊子を今一度確認し、レルカンも含めた三人が見守る前で灰になるまで燃やしつくした。
故人の隠すべき本音まで書かれたものだったのだ、秘匿して見なかったことにしてやるのが人道というものだろう。
レルカンとディケンズは、六魔駕獣の起源についての研究(という名の捏造)を粛々と行っていた。
二人とも魔塔でも権威といえるほどの立場にあるので、彼らが提唱すればそうそう誰も覆そうとはしないはずだ。
むしろ、ちょこちょこと細かいところでミスリードを誘い、詰めを甘くした部分を作って疑問を散らす方向で理論を組み上げているようだった。
楽しそうで何よりだ。
一方、全属性の魔法を霧散する魔法陣は、結局二日で仕上がった。
関わった研究者たちが「でき上がったから取りに来てほしい」と言うので受け取りに行った人によると、その研究室は死屍累々という状況だったという。
何日も徹夜したのだろう、がっつりクマを作った研究者たちが、ソファに、机に、床にも転がっていたそうだ。
とりあえず、臭いが気になったので空気だけ入れ替えておいたらしい。
その成果は、15センチ大の魔法陣。
かなり簡略化して、組み合わせも調整を重ねたようだ。
魔力の無駄がほとんどなく、属性に関わらず持ち主に向けられた攻撃魔法を魔力に戻すように組み上げられていた。
素晴らしい成果である。
これは、うまく使えば魔法の訓練場が壊れなくなるかもしれない。
逆に、対魔法使いの防御として使えば魔法攻撃が無力化されるだろう。
対人として使う場合には色々と問題があるかもしれない。
しかし、対ペルフェクトス、ひいては対魔獣という目的であれば非常に有用なものだ。
全属性の魔法を霧散する魔法陣は、複製されて魔塔の全員と、迷いの樹海に入ったプラーテンスの冒険者たちに渡された。
トリリアントと撲切の二パーティと会ってから遅れること数日、ある程度レイシア商民国やズマッリ王国で魔獣討伐してきたパーティがいくつか樹海にやって来たのだ。
後から来たパーティにも魔道具や魔法陣を渡したところ、喜んで受け取って樹海に踏み込んでいった。
ほとんどのパーティが、どうせなら、と言ってほかの人たちがいない方へと進んでいったのはさすがだ。
プラーテンス王国では見かけない魔獣に大興奮していた。
彼らの戦闘は、とても安定していた。
一度、食料品を追加で渡しに行くことになり、量が量なのでギユメットとともに向かった。
冒険者たちの戦いぶりを垣間見たギユメットは、眉を寄せて言った。
「あれが標準だというなら、絶対にプラーテンス王国を敵に回してはいけない」
コーディは、魔塔の研究者たちの方が魔力も多いし負けることはないと思ったのだが、
「こと実戦という意味で、彼らはプロだ。連携も熟達しているし、攻撃に無駄がない。この状況で彼らが樹海に来てくれたことは僥倖だ」
ということらしい。
確かに、単なる魔法での力押しなら魔塔の研究者が負けることはないだろうが、戦闘になると違うかもしれない。
冒険者たちは相手の攻撃を読むことに長けているし、自分たちが攻撃するときにも隙がない。
ギユメットの言うことはもっともだと思えた。
冒険者たちはというと、少し違う意見だった。
「俺らの中にも訓練して飛行できる奴はいるが、あんなに余裕で飛ぶ奴はいない」
「魔法の使い方がものすごい洗練されてるな。コーディもすげぇが、実のところあんまり参考にならなかった。あっちの研究者は、見ればすごさがわかる」
「ああいう魔法使い、パーティに来てくれないかな」
「無理くない?あたしたちの方が見合わないと思うよ」
「研究者の攻撃力頼み、みたいなことになりそう」
若干コーディに対して失礼な意見もあったが、とにかく冒険者たちも刺激を受けたらしい。
会話したのはほんの短い時間だったにもかかわらず、ギユメットに魔法のコツを聞いていたくらいだ。
聞かれたギユメットも、嫌な顔もせずに答えていた。
「さすが修羅の国の冒険者だ。もうすでにペルフェクトスとやり合うことを念頭に置いている」
「冒険者は命をやり取りする職業なので、いつでも最悪のパターンまで考えて動きますからね」
「こちらも、改めて気を引き締めておかないと」
相変わらず魔力の乱れはピタリと鎮まったままである。
魔塔では消滅説と睡眠説、攻撃準備説に分かれていたが、魔力の鎮まり方があまりにも不自然だ、と攻撃準備説が増えつつある。
ほかの六魔駕獣のことを鑑みても、封印の魔法陣に魔塔が追加したもの程度で魔力を使い果たすとは思えないのだ。
しかも、ペルフェクトスは特に人間への攻撃意思が強かったという。
当時、超古代魔法王国では文字通りの蹂躙が行われていたという記録もある。
そう簡単にあきらめることはないだろう。
人間は睡眠などで身体を休めると魔力が戻ってくる。
六魔駕獣も同じなら、魔法を使わず身の内に魔力を留めることで、魔力を蓄えているとも考えられるのだ。
常に封印の魔法陣でペルフェクトスの魔力を使っているとはいえ、すべてを吸収できているわけではない。
だから、最悪の状況を想定して準備するくらいでちょうどいい。
◆◇◆◇◆◇
それは、自らをバケモノだと認識していた。
意識を持ったときにそばにいた人間にバケモノと呼ばれていたし、ほかの者たちと比べて自分があまりにも違う存在だから、そう理解した。
しばらくは、毒にも薬にもならない人間のことはどうでもよかった。
生きる手段を与えてくれたために、むしろほかの者たちの会話から漏れ聞いた『親』のように思っていたかもしれない。
あまりにも自分が特殊で、色々なことを学習するごとにバケモノである自分を嫌悪するようになった。
そんな自分が、人間に受け入れられていると感じていたので。
自分よりも明らかに小さい人間が、「俺様が作った醜悪で最強の魔法生物だ!いくらでも作れるんだからな!」という言葉を聞くまでは。
ほかにも、自分と似たような魔法生物はいくつかいた。
でもそいつらの核になった生物は一種類だけで、バケモノではなかった。
自分には、色々なものが混ざっていた。
バケモノを作った人間は『4種類混ざっている』と豪語していたが、実はもっと多いと自分はわかっていた。
オオトカゲ、ワシ、虎、ネズミ。
外見的な特徴として表れていたのはこの4つだった。
しかし、オオトカゲは魚を食べていたし、虎の胃の中には人間の欠片が残っていた。
ワシの腹の中には兎の骨があり、ネズミには虫がついていた。
自分で自分を憎悪した。
しかし、バケモノを制御する魔法はかなり頑丈で、暴れることなどできなかった。
ただただ人間の言う通り魔獣を討伐しては魔力を含む魔獣を喰うだけの日々。
自分への憎悪は膨れ上がり、自分を作った人間だけではなく、人間の仲間もすべて憎くなった。
こんな世界は無くなってしまえばいい。
そんな想いがバケモノを支配したのは、かなり早い時期のことだった。
バケモノに面倒なことのすべてを押し付け、自分だけが楽をしようとする怠惰な者たち。
自分たちで作りだしておきながら馬鹿にし、その魔法生物で実験を繰り返す人間は、とても醜悪なものに見えた。
だから、制御の魔法が綻んだ瞬間に外に飛び出してやった。
絶対に捕まりたくなかった。
もう、バケモノはバケモノのものだ。
立ち向かってくる人間はすべて蹂躙する。
人間はすべて同じだ。
制御から逃れて対峙してみれば、人間は弱かった。
バケモノが絶対に追い詰めて踏みつぶしてやろうと思っていた、自分を作ったという人間は、よく分からない魔法で自ら死んでいった。
手を下せなくてイライラしたので、ちょっと魔法を使ってそのへんを攻撃してみれば、人間が大量に死んでいく。
バケモノの相手ではない。
そう思っていたし、事実そうだったからこそ油断してしまった。
複雑な魔法で、暗いところに閉じ込められてしまったのだ。
読了ありがとうございました。
続きます。