165 魔法青年は違和を感じる
よろしくお願いいたします。
魔塔からホリー村へ向かい、やっと戻った自室は、全体的にうっすらと埃が溜まっていた。
当然だろう、長期間空けていたのだから。
コーディは壁に貼り付けてあった魔法陣に触れた。
ぶわり、と部屋中から埃が集まり、固まってから床に転がった。
埃の塊をゴミ箱に放り込めば、掃除終了である。
「……こういう、生きるための魔法だけを追求していればよかったものを」
ふと零れた言葉は、誰にも拾われなかった。
やるせない気持ちがぬぐえないコーディは、夕食をとってから早めに布団に入り、休んだ。
次の日から、コーディは色々と動き出した。
まずは、ペルフェクトスの封印を再確認するグループについて行って一緒に確認した。
驚くほどに細やかな調整をしたようで、魔力の乱れがかなり抑えられていた。
どうやら、ギユメットをはじめとした魔法陣を研究していた者たちが封印の魔法陣を読み込んだらしい。
そして、元の魔法陣では抜け道になっている部分を埋めるように描き加えたのだ。
二重にしたというよりは、改良したような感じだろう。
ディケンズの言った通り、これなら当面は抑えられるだろう。
しかし、ペルフェクトスは封じられたままなので、ただの先送りである。
今後ペルフェクトスがこの魔法陣を解読して破壊しないとも言い切れないし、石が風化すれば結局復活してしまう。
楽観的な人もいたが、魔塔として今後ペルフェクトスが復活した場合の対策を考えることになった。
もしもこの封印の修正によってペルフェクトスが消耗し、消滅するならそれはそれでいい。
復活したときに何もできずに蹂躙されるのが最悪のパターンだ。
すべての属性の魔法を霧散して魔力に還元する魔法陣の開発、遠隔で魔法を放つための魔法陣、複数の属性を使って相乗効果で威力を上げた攻撃の魔法陣など、色々なものを提案しては開発することになった。
なお、ここで開発したもののうち、攻撃に関する魔法陣については公開しないことになっている。
特に遠隔攻撃や威力を上げたものなどは、戦争に使われれば被害が甚大になる。
今のところは六魔駕獣による被害があったり魔獣が暴走していたりしているので、どの国も他国への攻撃を行う気配はないが、今後はわからない。
とりあえず、当面はペルフェクトスに関する研究に従事することと、実際にペルフェクトスに対峙したときに使う魔法を考える以外、コーディにできることはなさそうだ。
ペルフェクトスの封印の状態の確認と、研究だけを繰り返して数日。
その日は夜明けごろに、ふと目が覚めた。
鎧戸を開けると、空はうっすらと青みが出てきたところだ。
雲が多く、太陽は見えそうにない。
青黒い世界が徐々に青になっていくのを見ていると、ふと空気に違和感を覚えた。
眉を寄せたコーディは、朝食のパンを口に突っ込みながら着替え、ローブを羽織ってすぐに外に出た。
もう夜が明け切ったのだろう、雲が白く見えている。
相変わらず気持ち悪さのようなものが付きまとう。
歩いていたが走りだし、コーディは門を飛び越えて村の外に出た。
「……魔力の乱れが、ない」
昨日までは抑えられていたとはいえずっとあった魔力の乱れが、一切無くなっていた。
違和感があったのは、村を覆っていた魔力のフィルターが動いていなかったからだろう。
あの魔法陣は、魔力の乱れを感知したら、という条件がついていた。
「まずは報告が必要か。最悪の場合は、すぐに出られるようにせねば」
コーディは、ペルフェクトスが封印された場所の方向をちらりと見た。
コーディの報告を受けて、空を飛ぶ風魔法を使える人たちが、村から四方八方に飛んで魔力がどうなっているかを調べに行ったのだ。
コーディも調査のために樹海の上空を飛んだ。
『なるほど、では迷いの樹海にあった魔力の乱れは、封印の赤い岩も含めてすべて消え去ったということだな』
『はい』
通話の魔道具から聞こえた声は、レルカンと、調査に向かった研究者だ。
いままでは一対一でしか会話できなかったが、必要があったのでグループで通話できるものを作った。
とはいえ、任意に通話する人を選ぶのは仕組みや機密性が不安定だ。
今使っている複数人で声を届け合う魔道具は、今設定した魔道具同士でしか使えない。
このグループ専用の魔道具といえる。
『こちらも、一切乱れはありません』
『南西側も乱れがありません。そのせいか、魔獣が結構うろついていますね』
「北も同じく、乱れはありませんが魔獣が複数見受けられます」
魔塔から真っすぐ北へ向かって飛びながら調べていたコーディも報告した。
魔獣は、魔力の乱れが無くなったため、隠れていた場所から出てきたのだろう。
現状の調査をするのが先なので、いつもよりも多くいるように見える魔獣は放置だ。
空を飛んでいるからできることである。
『20分飛んできたので、そろそろ折り返し予定地点です!』
『よし!全員帰還してくれ。これ以上は調査しても変わらないだろう』
『はい』
『わかりました!』
「では、戻ります」
コーディも同じように返事をして、少し上空へ舞い上がってから方向転換した。
「考えられる可能性はいくつかある。一つ目は、ペルフェクトスが魔力を使い果たして眠った。二つ目は、ペルフェクトスが魔力を補給できずに死んだ。三つめは、こちらの意図を把握して、魔力の消費を抑えるために周りにまき散らす魔力を止めた。四つ目は、一旦魔力を溜め込んで一気に反撃しようとしている」
「二つ目は楽観的過ぎるだろう」
「別の場所に移動したという可能性もないとはいえないぞ」
「それこそありえない。移動するなら魔法陣を破壊しないと無理だ」
「我々が追加した文言は、五属性の魔法それぞれを感知したら、霧散させて魔力として放出するものだ。攻撃魔法だけではなく、すべての魔法だぞ。少なくとも、魔法でどうにかするしかない状況で、移動したとは思えない」
「それなら、眠っているか、待っているかだろう。今の状態で反撃しようとしても、結局すべて霧散してしまうんだからな」
「眠っている場合は、今後何年もかけて魔力を溜めるのかもしれない。現状では、ほとんど魔力を吸収できないはずだからな」
「しかし、あの文献ではペルフェクトスは特に執拗に人間を蹂躙していたとあったんだ。どうにか反撃の機会を探っているんじゃないか?」
「だから、反撃するための魔法が発現できないはずだろう」
集まった研究者たちは、喧々囂々と意見を言い合っていた。
いずれも、あり得る話だ。
ディケンズは黙って聞いており、レルカンは腕を組んで眉を寄せていた。
「中央としては、どういう話になっていますか?」
1人の研究者がそう言った。
迷いの樹海を調査している間、中央の研究者たちは方向性を話し合っていたはずなのだ。
その場にいた研究者たちの視線が集まったレルカンは、神妙にうなずいてから口を開いた。
「どれも可能性として考えている。現状できることは、作りかけの全部の魔法を霧散する魔法陣を完成させることと、遠隔で魔法を展開する魔法陣を完成させて樹海に設置することだ。それから、実は冒険者ギルドの方から話があって、プラーテンス王国の冒険者たちの一部が樹海に入ると聞いている。万が一の場合には、彼らにも助力を願うことになるだろう」
それを聞いた研究者たちは、一斉にコーディの方を見た。
視線が集まって驚いた。
「えっと、僕は何も聞いていません。多分、樹海に来る人達は冒険者の中でも精鋭です。樹海の魔獣くらいなら安心して任せていいでしょう」
研究者たちとレルカン、そしてディケンズは一様にうなずいた。
コーディが『精鋭』と言うなら、修羅の中の修羅だろうと納得された。
「頼もしいことだな。あとで使者を立てて、通話の魔道具を渡しに行こう」
結局、その使者にはコーディが選ばれたのだった。
読了ありがとうございました。
続きます。