164 魔法青年は報告する
よろしくお願いいたします。
「ハマメリス王国の図書館から本をお借りしてきました。それから、これが例の研究冊子なんですが」
ひょい、と鞄から取り出す形で冊子を手に持つコーディを見て、ディケンズが苦笑してからゆっくりとうなずいた。
「レルカンに報告じゃな。とりあえず、戻ったばかりなのだから少し休憩せい。ほれ、シャワーでも浴びて何か食え」
そう言われて、コーディは自分の身体を見下ろした。
確かに、埃っぽいうえに葉っぱや汚れがあちこちについたままだ。
「わかりました。すみません、では少し休憩してきます」
「ろくに休んでおらんのではないか?食料は、あっちに置いてあるから好きにするといい。あ、その冊子はとりあえずどこかに隠しておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
コーディは冊子を鞄に入れるそぶりでアイテムボックスに放り込み、くたびれたローブを洗濯用の籠に入れ、使い慣れたシャワー室へ向かった。
さっぱりして研究室に戻ったコーディは、休憩室で食材を取り出して適当にサンドイッチを作った。
多めに作ったので、後でディケンズも食べられるだろう。
お茶を淹れて食べながら待つことにしたが、さすがに疲れている。
うつらうつらと意識が沈んでいった。
ふと目が覚めると、身体が軽くなっていた。
時計を見る限りは一時間も寝ていないらしい。
ぐぅっと腕を伸ばして背を反らしたところで、ディケンズが扉を開けた。
「そろそろ時間だ、あちらに行こうか」
「わかりました」
足もとに置いてあった鞄を持ち、コーディはソファから立ち上がった。
レルカンの研究室ではなく、魔塔の長の執務室へ向かった。
執務室には、内密の会議ができる部屋があるらしい。
勝手に加速する不思議な階段を上がって、43階へとたどり着いた。
ここは図書室と同じように、ワンフロアをすべて執務室として使っているらしい。
とはいえフロアは区切られて、資料室のほか、長としての執務を行うスペース、会議室スペース、休憩スペースがそれぞれ独立しているらしい。
階段室からフロアに入ったところで、レルカンが待っていた。
「タルコット、よく戻ったな。急がせてすまんが、こっちを使うから来てくれ。ディケンズもな」
「はい」
「わしら以外にはおらんのか?」
会議室の扉を開けながら、レルカンは中を示した。
「概要は聞いたが、具体的な内容は知らないからな。誰に知らせるかはある程度絞ったが、実際に伝えるかどうかは話を聞いてから決めた方がいいと思う」
「確かにのぅ。場合によると、もう誰にも知らせずに破棄する方がいいかもしれんしな」
「だろう?」
レルカンとディケンズの間には、これまでにはない近さというか、仲間感があった。
魔塔の長についたとこで、レルカンに余裕が出たのかもしれない。
会議室には、防音の魔法陣が設置されていた。
扉の鍵を閉め、それぞれ席に着いてから、研究の冊子を取り出して机に置いた。
「これが、見つけた研究の本です」
そしてコーディは、内容を説明した。
研究の解説を進めていくと、ディケンズは腕を組んで目をつむり、レルカンは眉を寄せてこめかみにこぶしを当てた。
動物の合成実験や人体実験のメモに至っては、二人そろって首を横に振っていた。
そして二人が出した結論は。
「灰も残さず焼却処分だ」
「このまま破棄じゃな」
だよな、とコーディは首を縦に振った。
「しかし、六魔駕獣を討伐したら周辺に魔力が散っていくのが気になるな」
レルカンは大陸の概略地図を見ていた。
六魔駕獣たちが封印されていた場所が記されている。
「一時的に魔力の乱れで体調を崩すものも多かったようじゃな。それ以降、近辺の住民からの健康被害はなかったようだが」
ディケンズの言葉に、レルカンはうなずいた。
「意見が色々ある。ある程度六魔駕獣の影響が落ち着いても、魔獣の攻撃性が高いままらしい。それから、魔力の器に魔力が溜まるのが早くなったと。魔法の威力が上がったという話も聞いている。人も魔獣も、魔法を使いやすくなっているということのようだ」
ディケンズはそれを聞いて、首を傾げた。
「それは、別にいいんじゃないかのぅ?より魔法を使えるということだろう?」
「魔法使いの視点ではそうだ。しかし、それ以外の者にとっては、魔獣の脅威が増えるということだぞ」
貴族としての意識も強いレルカンは、普通の村人たちの生活まで考えていたようだ。
「確かに、都市から都市への移動にも危険が増えますね」
「だろう?必ずしも良いとは言い切れない」
「しかし影響範囲が広すぎるぞ。それなら、プラーテンス式の魔法の鍛え方と魔塔で作った魔法の霧散の魔法陣でも配布して、各国で兵士や冒険者を鍛えた方が早い」
レルカンの懸念もわかるし、ディケンズの解決法も理解できる。
散ってしまった魔力を集める手段は今のところないので、ディケンズの言う通り人を鍛えて防衛力を上げるのが現実的だろう。
二人も色々と懸念点や改善案を話していたが、結局は自分たちで対策するほかない、という結論に達していた。
「なぜ危険が増えるのかを説明したうえで、防衛手段を増やすよう通達するほかないか」
「こちらから国に対してはそうじゃのぉ。その先、危険の概要を全員に伝えるかどうか、防衛手段をどのように増やすかは国ごとに選択することになるな。そこまで口を出す権利はわしらにはないじゃろう」
ディケンズがそう言うと、レルカンは渋々といった風にうなずいた。
「助言はできるが、それ以上は無理だろうな」
いくら魔塔の影響力が大きいとはいえ、国の在り方を強要することはできない。
越権行為になってしまう。
なにより、魔塔はあくまで魔法研究の権威であって、世界の導き手ではないのだ。
「実現可能な方法をいくつかまとめておくほかないだろう。人の言葉を聞くつもりのある国なら、色々と検討するはずじゃ」
「そうだな。では、その方向で中央で意見をまとめておく。あとは、六魔駕獣の発生理由についてだが、まさか作られたものと言うわけにはいくまい。古代生物とでもしておくか?」
「古代の魔獣という扱いですか。確かにそれなら、ほかにいないかという調査こそすれ、どうやって生まれたかは探りませんね」
地球でも、恐竜の仲間の化石を探すのは盛んだったが、どうやって恐竜が生まれたかなど調査できないので推測しかしていなかった。
過去の魔獣であり、現代には生まれないという扱いが定着すれば、まさか六魔駕獣を作るという発想にはなりにくいだろう。
「当時の魔力環境によって生まれたとか、古代の生き残りだとか、そのあたりはどうとでもでっちあげられるだろう。せっかくだ、私が基礎理論を適当に考えておく」
「面白そうじゃのぅ。わしにも詰めさせてくれ」
「そうだな……共同の方が、信頼性が高くなりそうだ。よし、うまく丸め込めそうな奴らも巻き込もう」
「レルカンが概要を作って、わしが細かいところを詰めて、それから巻き込むか」
「うむ、そうしよう」
レルカンとディケンズは、ニヤリと笑い合った。
悪だくみをする二人が楽しそうなので、コーディは黙ってうなずくにとどめた。
読了ありがとうございました。
続きます。