163 魔法青年は魔塔に向かう
よろしくお願いいたします。
「お待たせいたしました。こちらの本はお持ちいただいて問題ありません。無期限で貸し出します。なお、場合によっては改めて返却を依頼する可能性があります。また、この地図と設計図については、書き写していただいて構いませんので、その後なるべく早く原本をこちらに返却していただけますか?歴史的な大発見となりますし、ハマメリス王家としても正しく保管しておきたいとのことです」
持ち帰りの申請をしてから二日後、コーディは王立図書館の館長室で説明を受けていた。
「わかりました。僕が魔塔に戻ったらすぐ書き写して、それから手紙転送の魔道具で送ります。ハマメリス王国の王城へ送って構いませんか?それとも、図書館の方がいいでしょうか」
「できれば、図書館にお願いいたします。王城の方は、多くの方が目にするものですから」
「ではこちらに送ります」
もう既に存在しない王都と王城だが、やはり歴史上重要なものということで、王国で保管しておきたいらしい。
コーディは、なるべく早く返却すると約束して、図書館を出た。
ようやっと、魔塔への帰還である。
気づけば一ヶ月に及んであちこちの国へと足を運び、六魔駕獣を相手にしてきた。
それが短い期間なのか、長いのか、自分では判断できなかった。
空を飛べば、ハマメリス王国自慢の湖が森の中から現れる。
遠くから見るその景色からは、六魔駕獣の影響や魔獣の暴走など感じられない。
ときおり、町や村の近くに降りては魔獣を討伐しながら、コーディは迷いの樹海へと一直線に飛んだ。
一応、迷いの樹海の様子を知りたいと考えたコーディは、樹海の上空を途中まで飛んでから地面に降りた。
気配を探ると、どことなく浮ついたような、ざらりとしたような落ち着かない動きが感じ取れる。
ペルフェクトスが封印されている場所からはまだ十数キロ離れているはずだが、それでもうっすらと魔力の乱れがあることがわかった。
途中で襲い掛かってきた魔獣も、焦っているような、集中しきれないような動きをしていた。
おかげで討伐は楽だったが、普通の人なら魔力の乱れの影響を受けて、上手く対応できずにやられてしまうかもしれない。
魔塔の方へと向かって足を進めていくと、魔力の乱れは徐々に強くなっていく。
この様子では、ホリー村や魔塔でもかなりの乱れが起きたままではないだろうか。
研究者はともかく、村人には負担になっているに違いない。
ある程度森の様子を確認したコーディは、改めて空に舞い上がった。
遠く東の方向に、小さく魔塔が見えた。
村の関所となる門の前に立つと、思った通りかなりの魔力の乱れになっていた。
六魔駕獣の研究解読やペルフェクトスへの対策を考えるよりも先に、村の守りや村人の不調を何とかする方が重要かもしれない。
そう考えたコーディは、門を叩いた。
「はいよ。っと、お?久しぶりの顔だな。戻ってきたのか、コーディ」
それは、ホレス・ペインだった。
初めてこの村を訪れたときに、門番をしていたのも彼だ。
百人を超える程度の村なので、もはや全員が知り合いである。
ペインの顔色が悪くないことを見て取って、コーディはほっとした。
「お久しぶりです、ペインさん」
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
門の上から顔を覗かせていたペインが見えなくなり、すぐに門の横の扉を開けてくれた。
「ありがとうございます。っと……」
お礼を言って中に入ると、空気が変わった。
それはまるで、真夏のじりついた熱にさらされる外からクーラーの利いた室内へと入ったときのような。
轟音の響く室内から、静かな外へと出たときのような。
澄んだような落ち着いた空気に、コーディは驚いて声を上げてしまった。
「お疲れさん。外は大変だろう?研究所でな、魔力の乱れから村を守る結界を作ってくれたんだ。厳密には結界ではないとかいろいろ説明されたが、よくわからん。とにかく、村の中では魔力の流れは正常だ。驚いたか?」
「はい、びっくりしました。これなら、皆さんも体調不良にならずに済みますね」
なるほど、色々な開発の傍ら、魔力の乱れに反発するか、内部の魔力を整えるような魔法陣でも開発したらしい。
「それがな、魔力の乱れってやつは突然ドカンと来るわけじゃないだろう?少しずつ増えていく感じだった。だから、寝込む奴も少しずつ増えたんだ。気づいたときには、かなりヤバかった。村の機能が止まりかけていたからな。それで、魔塔の奴らが慌てて対策を考えてくれた。どうにか魔法陣をいくつも作って、今の状態にしたんだ。落ち着いたのは、ほんの三日ほど前だよ」
各種魔法属性の霧散の魔法陣を作ったり、治療の魔法陣を改良したりしながら、きっと魔力に関する研究を進めて開発したのだろう。
もちろんハイレベルな人材が揃っているからこそできることだが、それでもさすがである。
「もう少ししたら、個人で持ち歩けるサイズに調整できるらしいから、そうなったらやっと大規模な魔獣狩りに出られる予定だ」
「今は……あれですか。確かに、持ち歩くようなサイズではありませんね」
木材を突き立てて作った村の防御壁の内側には、2メートルサイズの紙が貼り付けられ、そこにすっぽりと収まる魔法陣が描かれていた。
普通の魔法陣に使う文字だけで描かれているので、読むのも簡単だ。
「これは、あぁ。ここでこう。こっちで抑えて、放出……なるほど、魔力の乱れを跳ね返すというよりは、一旦乱れを吸収してから落ち着かせたものを内側に放出している感じですね」
たとえるなら、魔力フィルターのようなものだろうか。
「はぁ。さすが研究者だな。私たちでは読んでもよくわからないからな」
サラッと読んで感心しているコーディを見て、ペインは苦笑した。
村には寄らず、そのまま直接魔塔へ向かった。
魔塔に向かう道が何となく整備されておらず、道の端には雑草が生え放題になっている。
今はそこまで手が回っていないのだろう。
魔塔に転移するための東屋に足を踏み入れて、コーディは久しぶりに研究室に戻った。
「ただいま戻りました、ディケンズ先生」
「……。うぅむ、もう少し調整せねば。ん?おぉ!コーディ。通話しておったからあまり久しぶりという感じもせんが、久しぶりじゃの」
なんと、ディケンズはコーディの声かけからすぐにこちらに気がついた。
そういえば、通話の魔道具で話しかけるときにも、事前に手紙で知らせて数十分以内に返事が来ることが多かった。
やはり、この事態なのでディケンズも気を張っているのだろう。
「お久しぶりです、先生」
それでも、やっと帰ってきたと実感したコーディは、全身に入っていた力が少し抜けるのを自覚した。
読了ありがとうございました。
続きます。