162 魔法青年は記録の事実を知る
よろしくお願いいたします。
それは、本当に数冊の本を並べられる程度のミニ本棚のような小さな空間だった。
隠すために壁に積まれた石こそしっかりしていたが、その内部はあまり丁寧に処理されていない。
急いだのだろうか。
壁も床も天井も、すべて土を綺麗に押さえて整えただけだ。
中には、布にくるまれたものが置かれていた。
手に持つと、本であることがわかる。
数冊重ねられているらしいそれは、ずしりと重かった。
階段の壁をパズルのように元に戻し、コーディは本を持って隠し部屋へ戻った。
場合によっては完全に秘匿すべきものの可能性もあるので、まずはこちらで確認しようと考えたのだ。
隠し部屋には机こそなかったが、小さなベンチ代わりの石は置いてあった。
コーディはその石に腰かけて、膝に置いた布の塊をそっと開いた。
一番上にあったのは、処刑された王族一覧。
表紙をめくると、『歴史的には幽閉や蟄居を命じたのち数年で病死と記載する予定だが、実際にはすぐに処刑された者である』と書かれていた。
要するに、王族の重犯罪者一覧だ。
確かにこれは国にとっては特に秘匿したいものだろう。
しかし、今必要なものはこれではない。
その次にあったのは、折りたたまれた大きな紙。
一応確認のため、と広げてみると、当時の超古代魔法王国の王都の詳細な地図だった。
もはや大発見である。
しかしこれも、今は必要ではない。
次も似たような大きな紙で、これまた大発見であろう王城の設計図。
隠し部屋や隠し通路、魔法を封じる場所など様々な仕掛けがあったらしいが、これも横に置いた。
最後に、本というよりは紙の束のようなものが残った。
背表紙のあたりを紐でくくってあり、一応本らしい形にしてあるが、綴じられた紙の大きさは揃っておらず、表紙にも何も書かれていない。
コーディは紙をめくって中を斜め読みした。
「……当たりじゃな」
その冊子には、研究の一部始終が雑然と書かれていた。
丁寧で細かく書かれていると思ったら、次の一枚は書きなぐったようにあちこちに文字が散っている。
図のようなものと説明が書かれているページの次には、色々なところから写し取ったのであろう様々な理論の概要がメモされている。
一貫性のないそれは、完全に研究の記録であった。
後半には、虫を使った実験の失敗と成功、ほかの動物や化石を使ってみた結果、そして本人の目的が踊るような文字で書かれていた。
失敗と成功を繰り返しながら、徐々に進んでいるのがわかった。
おかげで、この魔法理論に関するおおよその内容は把握できた。
また、それらの紙の端に、裏に、チラチラと研究に直接関係ないことも書かれていた。
出資してくれた貴族の一覧。
止めようとする周りへの愚痴。
兄への恨み言。
『私では王にはなれない』
『兄は優秀だ、尊敬すべき人だ』
『誰にも認められない。絶対に認めさせてやる』
『政治の才はないが、私は魔法の天才だ』
『この魔法生物の成功により、必ず、全員、私にひれ伏すだろう』
『私が、陰で君臨するのだ』
私的なメモから察するに、どうやら中心人物は高位貴族ではなく、当時の第二王子だったらしい。
優秀な兄と、魔法に傾倒した弟。
大事に育てられた兄と、自由という名で放置された弟。
なまじ、その第二王子が本当に魔法の天才だったのが悲劇だったのだろう。
そして六魔駕獣は、当初は魔法生物と呼んでいたらしい。
生成に成功した巨大な人工魔獣を使って魔獣を襲わせた結果まであった。
彼は、自分にもその魔法陣を刻んで試そうとした。
自らが魔法生物になってしまおうとしたのだ。
その魔法陣すら、研究のまとめとして描いてあった。
ものすごく複雑で、安全管理もある程度施してはあるが、倫理観を足蹴にしているような類の物である。
それは、権力を手にした人間の多くが欲する夢だ。
『魔力の身体を得れば、不老不死となる。そうすれば、私だけが永遠に君臨する!永遠の王となるのだ!』
進むにつれて魔法陣の細かい調整が行われていったが、完成した魔法陣は載っていなかった。
ただ、別の紙に整然とした文字で記録が残されていた。
筆跡が全く違うので、事件ののち、第二王子とは別の人物が書き記したものだろう。
『第二王子、自ら作った魔獣の化け物を制御できなくなる。複数人の魔法使いにより一ヶ所に封じ込めていたが、対処が難しかった』
『実験の失敗により魔獣の化け物が逃走、各国に甚大な被害あり。範囲が広すぎて、補償は不可能』
『第二王子に討伐命令がくだるも、自らに用いた魔法により爆散死』
『研究所の地下にあった魔法陣は粉砕処理済み』
『研究所の人員とそのほかの魔法使いに命じて、討伐もしくは封印指示』
『封印処理完了、我が国はほぼ壊滅』
『本研究については破棄を推奨する』
この記録を書いた人は破棄を願っているようだったが、誰かが残したいと考えたのだろう。
それは、未来への警告か、国を思ったのか、研究を愛したのか。
いずれにしても、この記録は数千年を越え、コーディの下へ届いた。
「なるほどなぁ。魔法生物……地球でいうロボットのような、AI的なものを作ろうとしたら、自我が残って暴走したというところか」
もともとは、魔獣を自動的に討伐するものを作ろうとしたようだ。
結果として、ペルフェクトスが大きく暴れて超古代魔法王国が壊滅状態になったらしい。
イネルシャやティメンテスなど、これまでに倒した六魔駕獣の生成経過も書かれていたし、ペルフェクトスの詳細についても書かれていた。
ちらりとそのページを確認したコーディは、思わず溜息をついた。
「いくらなんでも、非道に過ぎる」
オオトカゲと、鷲のような猛禽類の鳥、そして虎、最後にネズミ型の魔獣。
何度も何度も、切って縫い合わせたり、別の生き物を喰わせた直後に使ったり、残虐としか表現しようのない生体実験が行われた結果、最後に生まれたのがペルフェクトスだったらしい。
「合成獣……キマイラというやつか。あまつさえ、人を使う計画まで立てておったとは」
この第二王子は、自分が魔法生物になることを想定して、奴隷などの人間を使って実験するつもりだったようだ。
その前に六魔駕獣が脱走して暴れ、試験をする時間もなく自分に使って自爆した。
もしもそのまま実験が続けられていたら、さらにおぞましい結果が量産されていたことだろう。
隠されていた本の中で一番上に置いてあった、王族の重犯罪者一覧。
その一番後ろのところに、当時の第二王子は処刑対象であったが自死した、と書かれていた。
国王と第一王子はことが収まってから他国により処刑、第二王子の研究所に所属していた貴族出身の魔法使いたちも連座だったようだ。
たった一人の狂った天才によって、超古代魔法王国の時代に人類絶滅の危機を迎えたのである。
「つくづく、魔法とは恐ろしい力だ」
重犯罪者一覧の本を閉じたコーディは、研究記録を見た。
「さて、これをどうやって持って帰るかのぅ」
そもそも、冊子の概要を知るだけでも危険になる可能性があるのだ。
しばらく考えた結果、コーディはディケンズに確認を取ることにした。
「先生、コーディです。今ハマメリス王国の図書館にいます」
『そうだったな。何か見つかったか?』
「はい、研究記録がありました。ただその、研究内容が具体的過ぎて、ハマメリス王国に伝えるべきか迷っています。大元の魔法陣は壊されたようですが、知識があれば再現できてしまうかもしれないので」
『六魔駕獣の生成方法か?!』
通信魔道具の向こうから、椅子がガタンとこける音が聞こえた。
「そうです」
『それは……うーむ。そういう記録があったことがわかるだけでも危険じゃの』
「ですよね。とはいえ、黙って持って帰っていいものかと。それから、この本があった場所は魔法で隠された部屋へ行く途中の通路に、物理的に隠されていました」
『なるほど。捨てられなかったが、見つけられたくもなかったということだな』
まさにその通りだろう。
しばらく沈黙したディケンズは、決心したように一つ息をついた。
『わかった。その研究が書かれた本は、隠して持ち帰ってこい。魔塔が責任を負う。そのほかには、参考になりそうな本はあったか?』
「はい。つながりがありそうな研究も含めて色々な本が」
『なら、そのあたりの本をまとめて持ち帰りたいと申請してくれ。謝礼は追って魔塔から支払う。こちらは、レルカンにだけ伝えて、あとは読み解く人員を厳選する』
「わかりました」
六魔駕獣の研究冊子だけ、アイテムボックスに放り込んだ。
そして王都の地図や王族の重犯罪者一覧とともに魔獣に関する本や魔力に関する研究記録を持ったコーディは、隠し部屋を後にした。
読了ありがとうございました。
続きます。