161 魔法青年は昔を探る
よろしくお願いいたします。
飛行してほぼ通過するだけのつもりだったレイシア商民国は、思ったよりもずっと疲弊していた。
小さな村はかなりの確率で打ち捨てられていたし、防御壁のある町もあちこちぼろぼろで、通りすがりの冒険者であるコーディを邪険にこそしなかったが、売れる食べ物すらない、というところが多かった。
こちらの冒険者や各都市の兵士たちが頑張っているようだが、暴走した魔獣による被害は甚大なものになっているようだ。
コーディは目に入った魔獣をぱぱっと討伐するのが精いっぱいだったが、それでもかなり感謝された。
もう少し残ってほしい、と言われることもあったが、冒険者ギルドに依頼するよう伝えるにとどめて立ち去った。
現状でも何とか耐えられているので、あと少しの辛抱だろう。少し間が空くだろうが、プラーテンス王国の冒険者が入ってくる予定なのだ。
きっと彼らが大活躍するはずである。
レイシア商民国内をちょこちょこと魔獣を討伐しながら移動し、二日ほどでハマメリス王国に着いた。
ハマメリス王国もやはり魔獣の暴走の影響があるらしく、王都はどこかヒリヒリとした空気が漂っていた。
前回はアレオン総合書店に世話になったが、今回は王立図書館である。
ディケンズから手紙で紹介状を受け取っていたので、すんなりと閉架図書に案内された。
「お探しの超古代魔法王国時代の書物は、このあたりにあると思われます。前回いらっしゃった研究者の方も、一通りはお調べになりましたが」
「ありがとうございます。実は、魔法的な隠蔽を施した本があるかもしれないという話になっていまして。そのため、もう一度探すことになったんです」
「まさか、そんな可能性が……。しかし、あり得る話ですね。なるほど、かしこまりました。本は、こちらで読む分には何も問題ありません。もしお持ちになりたいという場合は、一度ご相談ください。内容によって、可否がわかれますので」
案内役の司書は、そう言って閉架図書の入り口の方へと戻っていった。
この閉架図書は王立図書館の地下にあり、入り口は一つ。
火事や地震があったらどうするのかと思ったが、あちこちに保護するような魔法陣が描かれていた。
きっと、古いものを保護しているのだろう。
たとえば、超古代魔法王国時代の建造物の痕跡とか。
「……探し甲斐があるのぉ」
コーディは、ゆっくりと魔力を探りながら不思議と埃っぽくない本棚の間を歩いていった。
本棚の間を何度か往復し、かすかな反応を探った。
そしてほんの少しだけ強い部分を見つけた。
何度も素通りして、よく見ていなかった狭い隙間。
本棚の裏側と裏側に挟まれた通路とも言い難い空間は、人ひとり分の幅ながら、どういうわけか全く存在感がない。
「……魔法陣か」
細い通路には意識を逸らす魔法陣が、周りの本棚付近には注意を引き付けるような魔法陣が、よく見るとひっそりと描かれていた。
それらの魔法陣ですら、魔力を纏って抵抗していなければ見落としてしまいそうである。
一通り確認したコーディは、その隙間に入っていった。
進んでいくと、行き止まりの壁に当たった。壁の付近にも、ひそやかな魔法の気配がある。
細い糸を手繰るように、慎重に気配をたどっていく。
魔法は、目線より少し下の、出っ張った石の影にあった。
行き止まりの壁と、通路の壁となっている本棚に挟まれた場所なので、覗き込まないと見えない。
完全に、隠された魔法陣だ。
超古代魔法王国で使われていた文字で描かれた魔法陣は、古い石に刻まれていた。
もしかすると、当時の建造物なのかもしれない。
閉架図書の足もととは違う色味の石に刻まれたそれに、コーディは静かに魔力を注いだ。
音もなく、目の前に階段が現れた。
通路よりも少し広い幅だ。
閉架図書の本棚が置かれるよりも前に、この隠蔽された階段が作られていたのだろう。
そういえば、ここへ来る通路を隠蔽するような魔法陣は、この階段を隠している魔法陣よりも新しかった。
六魔駕獣を封印した人たちが、後からこの場所を隠したのかもしれない。
階段を下りると、不思議と乾いた空気の場所に出た。
埃も汚れも見当たらず、どこかに光源があるらしくそれなりの広さの室内全体を見渡すことができ、ひんやりとした場所だ。
閉架図書とはまた違う雰囲気だが、壁に沿って本が整然と並んでいた。
かなり古い体裁で、表紙が分厚く、金箔で装飾されたような本もあった。
それらはすべて超古代魔法王国の文字であった。
「なるほど……このあたりはすべて研究の論文や参考書の類か」
さっと見ただけでも、かなり濃い内容ばかりだ。
手前の本棚には、超古代魔法王国の真実の歴史、王族の記録、貴族の日記、庶民の暮らしぶりを広く集めたものなど、当時の暮らしや国の内情を明らかにするような本がぎっしりと並んでいる。
奥の方には、魔獣から魔力を取り出す魔法陣の研究、魔力の器に魔力を早く貯める方法、魔獣を動物にする研究など、かなり六魔駕獣の真相に迫ることができそうな本があった。
研究のすべてが成功したわけではないようで、途中までをまとめた文書も見られた。これだけでも、魔塔の研究者たちにとっては垂涎ものの本ばかりである。
「……ない、か?」
六魔駕獣に関係しそうな本は色々とあるが、その根本的な研究、動物を核として魔力で作った身体を持つ魔獣を作る方法に直接つながるようなものは見当たらない。
しかし、その研究に関わった高位貴族がいるらしいといった文書は閉架図書から出てきたということなので、手掛かりくらいはありそうなものだ。
魔獣や魔力に関する本が並ぶあたりをうろうろしたコーディは、立ち止まって一つ大きく息を吐いた。
こういうときには、焦っても無駄だ。
自分が見落としていることがほとんどなので、行動を思い出すのが良い。
持ち物をどこかに置いてしまったときと同じである。
鋼であったときには、かろうじて保有していた旧型のスマートフォンをどこに置いたかわからなくなったとき、連携していたパソコンから音を鳴らしたり、地図に場所を表示するという方法もあったが――。
「そうか。俯瞰して把握したうえで確認すればいい」
この世界に、GPSなどはない。
しかし、魔法がある。
森で魔獣がどこにいるかを探ったのと同じように、魔力を使えばいい。
コーディは、その隠された小部屋を中心に魔力を広げていった。
おおむね、保護と清浄のような魔法が影響しているだけで、特に何もない。
しかし、一ヶ所だけ魔力の引っかかる場所があった。
「……手の込んだことを」
それは、閉架図書から下りてくる階段の途中にあった。
まさか階段の途中に仕掛けがあるとは思いもしなかった。
しかも小部屋があるわけではないし、魔法での特別な保護もしていない。
ただ単純に、本が数冊入る程度の空間が壁の中にあり、石をはめ込んで閉じただけなのだ。
魔法を駆使して様々なものを隠した空間で、あえて物理的な隠蔽を図るのは確かに有効である。
それにしても、隠した人は随分と慎重だし性格もひね曲がっている。
コーディはゆっくりとナイフを石の間に差し込み、落とさないように慎重に引き抜いていった。
読了ありがとうございました。
続きます。