160 魔法青年は故郷を発つ
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ヴィーロックスの討伐を終えた次の日、狼の遺体についての交渉が魔塔からあるだろうとルウェリン公爵に伝えた。
「六魔駕獣の謎を解明するため、そして再発を防ぐために、魔塔が研究を進めている」と説明してある。
もちろんそういった側面もあるが、六魔駕獣などという恐ろしいものを作る技術を抹消することの方が目的だ。
そちらに関する調査も秘密裏に進められていて、現状では再現不可能だろうという結論になりつつあるらしい。
『どうにも、あの細かい魔法陣を起動させるときに、ものすごい量の魔力を消費するらしくてな。当時も、上位の魔法使い十人が関わったと記録にあった。それから、あの小さな魔法陣は維持するためのもので、六魔駕獣へと身体を作り変える魔法陣は別にあったという見解じゃ』
一日はプラーテンス王国に留まって様子をみる必要があると言われ、魔獣の森の掃除を手伝った日の夜、コーディはテントに防音の魔法を張り巡らせてからディケンズと通話していた。
「確かに、いくら細かくても、どれもほぼ同じ魔法陣でしたからね。あれでどうやって変貌させたのかと思っていましたが……さすがに、大元の魔法陣は見つかりそうにありませんか?」
『それが、どうやら破棄したという記述を見つけたんじゃ。超古代魔法王国の書類の下書きのようなものでな。ないならないでいいのだが、もう少し調査が必要だ。万が一残っているなら、魔塔としては破壊一択と決めておる』
それはそうだろう。
以前潰した新興宗教、“異界への嚮導”のような連中がいたことを考えれば、六魔駕獣を復活させようとする人が出てこないとも限らない。
ずっと未来についてはわからないが、手掛かりを完全に潰しておくことは、そういった芽を摘むことになるはずだ。
「一体だれがそんなものを作ろうとしたんでしょうね」
『それも、はっきりと書かれた書物がまだ見つかっていない。ただ、扱いをみるにどうもかなり高位の貴族のような者が中心的になっていたと推測できる。超古代魔法王国側の書物には、そんなものを作らせたくないのに手を出せなかったというような文面がいくつかあったのでな』
高位の貴族か王族か、とにかく手出ししにくい地位にいた、倫理観のないおかしな研究者でもいたのだろう。
「僕も、これからは調査に加わります」
ヴィーロックス討伐後の処理に関しては、国と魔塔がやりとりして行うことになっている。
あちこちに出た六魔駕獣の魔力にあてられた魔獣の暴走はまだ収まりきっていないし、この大陸中の国が魔獣退治に追われることになるだろう。
『やっと戻れるな。とはいえ、研究はしばらくおあずけじゃろう』
「それどころじゃありませんね。そういえば、ペルフェクトスの封印はどうですか?」
『迷いの樹海の魔法陣は、魔塔としては二重掛けが成功したと見ている。漏れ出ていた魔力の乱れが少し落ち着いて、広がるのが止まったからな』
どうやら、封印の上乗せはうまくいったようだ。
「なるほど。そのまま抑え込めるでしょうか」
『……それは、無理じゃろうなぁ。ほかの研究者はこのまま止められるのではと言っておったが、ワシの見立てでは厳しい。ただ、現状維持しているだけだ。それでも、こちらの対策を改めて立てる時間をかせげるからな』
ディケンズは現場にも行っているようなので、その見立ては大きく間違ってもいないだろう。
攻撃魔法を抑え込む封印の魔法陣を施されていたのに、六魔駕獣たちはその魔法陣を破壊して出てきたのだ。
魔法陣の仕組みを理解して、封印された場所から魔法を使って破壊したとしか考えられない。
だとすると、二重に施した魔法陣の仕組みも、ペルフェクトスが理解しないとは言い切れない。
「とりあえずは、防御などの対策が取れますね」
『そうじゃな。今は、五属性すべてを霧散する魔法陣を組み立てておる。ペルフェクトスがどういう魔法を使うかわからんからな。急ごしらえとしては、大きくなるがとりあえず五種類の魔法陣を全部描いたものも用意した。しかし、この騒動のおかげで魔塔全体のレベルが数段階上がったように思うぞ』
興味や情熱はもちろん進歩の原動力になるが、やはり一番の鍵は必要性だろう。
まだペルフェクトスへの対処が必要なので、きっと魔塔では新しい魔法陣か何かを開発しているに違いない。
今後の流れを簡単に確認して、コーディは師との通話を終了した。
早ければ、明日にでもプラーテンスを発って魔塔へと戻るのである。
コーディは、ランプを消して毛布に潜りこんだ。
次の日、コーディはヘクターとスタンリーに声をかけてあいさつし、魔塔へ戻る旨を告げた。
ルウェリン公爵からも許可を得たので、すぐ戻ることになったのだ。
「そっかぁ、もう戻るんだな。俺は、このあたりの魔獣の暴走がまだあるから、その対応をしてから一回王都に帰る。状況をみて、許可が出たらブリタニーと一緒にズマッリ王国に戻るかな」
「僕は明日から領地に帰るよ。途中で魔獣を討伐しながらだから、時間はかかるけど」
二人も、それぞれ予定が決まっているらしい。
向かうところは違うが、結局魔獣を討伐しながらの移動のようだ。
コーディはうなずいた。
「僕はレイシア商民国をちょっと掃除しながら通過して、ハマメリス王国の王立図書館に寄ってから魔塔に帰る予定だよ。何かまだ手掛かりがあるかもしれないから」
超古代魔法王国の時代の本が眠っているかもしれない。
一通りは魔塔の研究者が借り受けたり写したりしたようだが、隠されている可能性も出てきたのだ。
当時の研究者が記録を消されないように国から隠したか、国の方が破棄もできずに隠蔽したか。
必ずあるとは限らないが、どうやらハマメリス王国の王立図書館のある場所が、超古代魔法王国時代の王宮があったところらしいのだ。
それなら、ヒントが隠されていることもあり得る。
友人たちと別れたコーディがテントを片付けていると、見知った冒険者たちが寄ってきた。
その中には、ビルとチャド、アルマも含まれている。
「よぉ、コーディ。もう魔塔に戻るんだって?」
「はい。少しハマメリス王国に寄り道をしてからですが」
「そうか。俺たちは、冒険者ギルドの方から依頼があって、ズマッリ王国とレイシア商民国に行くことになったんだ。そのまま、迷いの樹海にも入るつもりだ」
「樹海に?それも依頼ですか?」
テントをたたみ終わったコーディは、鞄に色々詰めていった。
「いや、依頼は救援を申し込んできた国に行って魔獣を倒すことだけだ。そんで、どうせ国外に出るなら迷いの樹海くらい行ってみてぇなってことになった」
「すごい魔獣がたくさんいるんでしょう?自分の実力が通用するのかも知りたいし、行くしかないわよね」
「だからまぁ、魔塔のあるところまでたどり着いたら、そんときゃまた頼むわ」
ビルが、ニカッと笑ってそう言った。
ほかの冒険者たちも、頷いたり笑ったり。どうやら、彼らも魔塔のある迷いの樹海に行ってみたいらしい。
「魔塔のあるホリー村には、冒険者ギルドはありませんよ。それに、結界が張ってあるから自由な出入りもできないと思います。あ、もしたどり着いたら、僕の名前を出してください。出入りの便宜くらいは図れると思いますから」
「あはは、そこまで行けるかわからんがな。もしたどり着けたら、そのときは頼むと思う」
まぁ樹海の入り口付近で引き返す羽目になるだろうよ、と笑う冒険者たちを見て、コーディは首をひねった。
この人たちなら、大したケガもなく魔塔にたどり着けるだろう。
とはいえ、確実ではないのでコーディは黙っておいた。
そして、コーディは故郷を発った。
読了ありがとうございました。
続きます。