159 魔法青年は様子をみる
よろしくお願いいたします。
20歳に満たない青年に、知りたくもなかったであろう彼の罪を教えてしまった。
もっとも、コーディとしては、中身が入れ替わったという事実にたどり着いた相手に対して、「正解だ」と伝えるだけのつもりであった。
それが、アーリンの罪をつきつける形となったのだ。
コーディが思うに、元のコーディが生を手放した原因は、アーリンではない。
彼の魂をぼろぼろにしたのは、ほとんどが彼の家族による仕打ちだ。
元のコーディの尊厳を奪い、自己肯定感を破壊し、逃げ場をなくし、いたぶり、その上で搾取した。
その過程で元のコーディの魂は傷だらけになり、魔力の器すらも壊れていたのだ。
だから、アーリンによってダンジョンの湧き部屋に閉じ込められ、魔獣に攻撃されて死に近づいたとき、元のコーディは躊躇なく死を選んだ。
自らの行動が元のコーディの死につながったと知ったアーリンは、自分の罪を自覚し、その重さに耐えきれなかったのだろう。
顔色を真っ白にして気を失ったアーリンを、近くの囚人用の宿舎へと運んだ。
管理人らしい人に聞いて、彼に与えられた簡素な部屋に入ってベッドに寝かせた。
当然だが、アーリンは今までコーディに起こったことを知らなかったのだ。
彼は、大きな影響が出る前に発覚したとはいえ、国中にいきわたらせることができる権力を持つ立場にあるにもかかわらず、麻薬を密輸入するというとんでもない罪を犯した。
それが、ブリンクでの魔獣討伐という罰に相当するものだと理解していたはずだ。
間違いなく、現状の国による裁きの結果である。
アーリンは、ブリンクで魔獣を討伐し続ける中で、子どものころから培ってきた「権力者側」の価値観を放棄せざるを得なくなり、改めて一から自分の立場を作ってきたのだろう。
平民どころか国籍を持たない冒険者とパーティを組んで森に入っていたようだし、先ほどコーディと話したときだって頭ごなしというわけではなかった。
自分と人との差異が、命の差ではないとわかったのではないだろうか。
そんな状態で、実は自分が人を殺していたと知ったら。
―― うっかりしたのぉ。せめて少しはオブラートに包むべきじゃったか。
そんな器用なことがコーディにできたかどうかは別として、気遣いはあってもよかったはずだ。
しかし事実は事実である。
亡くなった人が生き返らないのと同様、言ってしまったことはなかったことにはできない。
ベッドのアーリンは、顔色を無くしたまま静かに眠っている。
助けが必要だというなら手を貸してもいいが、アーリンがコーディに助けを求めるかどうか。
―― 他人が起因となったことなら逃げるのも良いが、自分が起因ではのぉ。
自分からは逃げられない。
それすら、死を逃げ道にすることはできるが、多分アーリンのプライドが自分からの逃げを許さないだろう。
なによりもコーディは知っている。
すべては、自分が生きているからこそ存在している。
純然たる事実だ。
当然だが、利己的な、すべてが自分のため、すべてを自分に都合よく動かす、といった考えとは全く違う。
誰にとっても、自分自身が生きているから世界を認識しているのだ。
死したのち、あの魂の世界に戻ってまた新しく生まれることは、すでに知っている。
けれども、新しい生は今の生とは別のものだ。
今自分が見ている世界は、死ねば終わる。
終わらせることでしか救えないものもあるが、アーリンの場合は違うだろう。
今の世界で自分が起因となった結果は、今の自分が受け止めるしかない。
誰かに責任をなすりつけようとも、自分だけはその原因を忘れることなどできない。
すべてを知っている自分のことだからこそ、嘘で誤魔化すこともできないのだ。
そして、因果応報とは必ずといっていいほど起こる。
自らの責任を放棄すれば、巡り巡って結局返ってくる。
なんなら、より大きなしっぺ返しとなって降りかかってくることもあるだろう。
数年どころか数十年かかることもある。
善因善果は場合によるが、悪因悪果はほぼ起こる。
それは、鋼として生きた150年で見てきた事実だ。
一方、自らの責任を自ら負うなら、巡り巡るものは止められる。
長い目で見れば、おおよそはそういうものだ。
とはいえ、何を選択するかは本人の自由。
コーディから見ればアーリンはまだまだ未熟で、視野も広がりきってはいない。
それでも今世では成人済みで、前世の法でも一応成人扱いの年齢なのだ。
いくら中身が爺だとはいえ、コーディが先んじて首を突っ込んで導くのは違うだろうし、そんなことをしたらアーリンの矜持を傷つけるだろう。
彼が自ら立って生きるためには、うかつに手を出してはいけない。
少なくとも、国から下された罰を粛々と受け、命がけで魔獣討伐に携わっているし、冒険者と協力するだけの柔軟さも身につけたようだ。
自分で進んでいる彼の邪魔をするのは本意ではない。
せいぜいが遠くから見守るにとどめるべきだ。
わかってはいるものの、コーディは今のアーリンをそのまま突き放すことはできそうになかった。
そういうつもりはなかったが、何かにつけて関わり、今回に至っては知らなかった事実をつきつけてしまったのだ。
コーディだって感情を持つので、見ず知らずの他人よりは知人の方が気にかかる。
爺故のおせっかいだと自覚もしている。
だからコーディは、本人が求める場合に助けを呼べるように、その手段を預けておくことにした。
使うかどうかは本人次第だ。
使わずに捨ててしまうのも、相手の自由。
これは、コーディの自己満足である。
◆◇◆◇◆◇
自分のテントに戻ったコーディは、ヴィーロックスの顛末についてまとめた手紙を書き、ディケンズに送った。
狼の遺体は、領主館に預けてある。
ちなみに、魔法陣は右後ろ足の爪に彫ってあった。
ディケンズからは一時間ほどで返事が届いた。
魔塔で準備を進めていたペルフェクトスの封印は理論的に完成し、今日から上書き作業を行っているという。
封印に使っている赤い岩には、まだ余白が十分にあった。
だから、今ある魔法陣の文言を邪魔しないよう、うまく補完しながら封印を強化するらしい。
ここまで六魔駕獣が連続して復活してきたので、何らかの連絡手段や意思疎通を図っていたことは想像に難くない。
ペルフェクトスはまだ出てきていないが、以前より明らかに魔力の乱れの範囲が広がっていたので、危機が迫っているとわかっていた。
だからこそ、ここで食い止められれば、打つ手が増える。
手紙を読んでから食事をとったコーディは、さすがにくたびれていたのでそのまま寝袋に潜りこみ、夢も見ずに眠った。
◆◇◆◇◆◇
起きたときには、見慣れた狭い部屋だった。
ぼんやりと窓の外を見ると、もう日が沈んだ後のようである。
ベッドに入った記憶がないなと思い出し、そしてアーリンはギクリと身体をこわばらせた。
人となりが変わった理由をコーディ・タルコットに聞くと、あっさりと教えてくれたのだ。
きっかけはアーリンがコーディをダンジョンの湧き部屋に閉じ込めたこと、そこでコーディは一度死に、別人に入れ替わったこと。
アーリンには、それが事実だとわかったこと。
薄汚れたシーツにくるまり、アーリンは震えの止まらない身体を両腕で押さえるようにして背を丸めた。
まんじりともせずにただ震えて夜を明かし、だからといって何もしないわけにもいかず、アーリンはのっそりと起き出した。
囚人には休みはない。
自ら休みを取ることはできるが、その分だけ収入が減るので刑期が延びる。
だからアーリンは、いつもしていた準備を機械的にこなした。
部屋を出るためにふと室内を見回して、貧相なテーブルに置かれた紙に気がついた。
何か持ち帰っただろうか、とその紙を手に取ろうとすると、赤い小石が置かれているのもわかった。
「なんだ、これは。魔法陣……?」
紙を広げ、そこに書かれた文字を読む。
理解したアーリンは、震える息を大きく吸い込んだ。
「いっそ殺される方がマシだ。情けに縋ってでも生きろだと?お前の方が、よほど残酷だ」
ぐぅ、と唇を噛み、アーリンは赤い小石を睨みつけた。
そのままテーブルの上に紙を戻して部屋を出ようとしたが、一度立ち止まって息を吐き出し、振り返って小石をひっつかみ、乱暴にポケットに突っ込んだ。
「なくなったらそれまでだ」
アーリンは、今日も粗末な部屋を後にした。
読了ありがとうございました。
続きます。