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157 魔法青年と巨大狼と閃光

よろしくお願いいたします。



ヴィーロックスは、ごくりと餌を飲み込んでからべろんと口の周りを舐めた。


きっと、この餌ならすぐに腹いっぱいになる。

閉じ込められたところから出て以来、初めて満腹になることができる。

ではそろそろ眷属を助けに行ってやろうか、とばかりにヴィーロックスは木々の下に降り、踵を返して地を蹴ろうとした。


そのとたん、腹の中からこれまで感じたことのない熱を感じた。

よく分からないが逃げないといけない、と動いた瞬間、ヴィーロックスは何かに突き飛ばされた。

宙を舞ったと思ったら地面がなく、いつの間にか近づいていたらしい岸壁から海へ落ちた。


着水する瞬間、空中に先ほど喰ったはずのコーディ()が見えた。

「すまんが、ちょっと規模がわからんでな。海の中で頼む」




ばっしゃーん!と大きな水柱が立った直後に、その海中から閃光と高熱がほとばしり、一瞬世界がモノクロに変わった。

衝撃波によって、地面が揺れた。

轟音が響き、音が消えた。



光が落ち着いたとたんに、ヴィーロックスが落ちた海のあたりから一気に湯気が立ち上がり、周囲は一気に濃い海の香りのする熱い霧に包まれた。

コーディには、一時的に海面が下がっているのが見えた。

すぐに戻るだろうが、かなりの海水が蒸発したらしい。


そのすぐ後に、ヴィーロックスのものらしい魔力が収束するのがわかった。

一点に集まった魔力は、少しすると二度目の爆発ともいえる勢いで周辺に拡散していった。


霧が晴れると、岸壁が丸く削れて海岸線が変わったのが見えた。

岸壁がえぐれてなだらかになっており、周辺の木々も根っこから倒れている。

海も、先ほどとは違って茶色く濁っていた。

もしかしたら、海底の地形も変わっているかもしれない。

しかし、このあたりの地図は精密ではないし、海中は見えないのでいいことにした。


海面には、ただの獣の狼の遺体が漂っていた。




コーディが使ったのは、火魔法だ。

ただし、広義での『燃える』という現象であって、酸素と結びつく反応ではない。

「あんなに少しの水素でああなるか」


核融合を、ヴィーロックスの体内で再現したのである。


核融合とは、水素が結合してヘリウムに変化する反応だ。

結合する際にものすごい熱エネルギーが放出され、燃えて光る。

要するに、小さな太陽を作り出したのだ。


水素を結合させるエネルギーとして、ヴィーロックスの身体を構成する魔力を拝借した。

核融合反応を起こすための魔力がものすごい量になったため、ヴィーロックスは一瞬で昇華してしまった。

海に落としたのはふと思い立ったからだが、正解だったと思う。


コーディは、防ぎきれなかった熱い霧で火傷を負った腕を軽く振り、水魔法で冷やした。

魔力で多少はガードできたが、爆発が速すぎて間に合わなかったのだ。

もしも海に落とさずあのまま核融合させていたら、この周辺が焦土と化していたかもしれない。

コーディの火傷も、全身に及んだことだろう。


なんにせよ、ヴィーロックスは討伐された。


波に揺られる狼の遺体を回収し、コーディはウォルフ達と戦っているだろう皆のところへと移動した。






「一体逃げた!」

「任せろ!そっちは抑えてくれ!」

「腕がやられた!一度引く!」

「交代だ!五人下がれ!」


ヴィーロックスのそばに侍っていた眷属らしい、フレイムウォルフとバーニングウォルフは、数えきれないほどその場に待機していた。

挟み込んで逃がさないように戦うとはいえ、数百体はくだらない群れに、さすがのプラーテンスの実力者たちも苦戦していた。


向こうは五体から十体の群れを作り、さらにその群れ同士で連携している。

いくら火魔法を無効にする魔法陣を使っているとはいえ、物理的な攻撃力はそのままなのだ。

ヴィーロックスがいなくても、これだけの数の魔獣が揃えばかなりの脅威だ。


戦っている本人たちに自覚はないだろうが、これが他国なら数日で国が亡びるレベルだろう。

修羅の国に属する冒険者と貴族たちはウォルフたちをじわじわと減らしていき、取り囲む円も少しずつ小さくなっていた。


はっきりした予測こそ立たないが、終わりがあることがわかったとたん、全員の士気が上がった。

「いけるぞ!」

「押し込めー!!」



そして、西の空が光った。


「ん?」

「おい、なんだ――」

人だけでなく、ウォルフ達までもが一瞬光った空を見た。


次の瞬間、轟音が付近を襲い、次いで衝撃波のような暴風が吹きつけてきた。


「ぅわっ?!」

「ぶっ!」

突然の強風に体勢を崩される者もいたが、多くは何とか踏ん張ってその場にとどまっていた。

ウォルフたちも、地面に這いつくばるようにして耐えていた。


それらが収まったと思ったら、次は膨大な魔力があたりを通り抜けた。

「うげっ」

「なんだ、これ」

「おい、大丈夫か?!」


その影響は、人はもちろん魔獣にも及んでいた。

気を取り直した人たちから、改めてウォルフに向かって武器を構えて体勢を整えたのだが、ウォルフたちの半数は魔力にあてられて気絶しており、残りは戦意を喪失したのか逃げるそぶりを見せていた。


「チャンスだ!」

「動ける奴は、まとまれ!!」

持ち直した者たちを中心に、人の攻撃が再開された。


「あっ!コーディ!!」

「サポートに入ります!」

そこに空から飛んできたのは、コーディだった。


今回の作戦で、人の集団を統括するリーダーはこの森に慣れた冒険者だ。

その彼も、コーディに気づいた。

「巨大狼は?さっきの爆発は?」

「さっきの爆発で討伐しました!」

「「「「おおおおぉぉぉ!!!!」」」」


討伐した、という知らせを聞いたとたん、魔力にあてられてぐったりしていたはずの人たちまで立ち上がって叫んだ。

多分、爆散したヴィーロックスの魔力によって、魔力の器が満たされた影響もある。

やる気を倍増させたバーサーカーに囲まれたウォルフ達は逃げることもかなわず、ごく一部の運よく包囲網をすり抜けた数体を除いたほぼすべてが、その場で討伐されたのであった。






ブリンクに戻ったときには、大怪我を負った者こそいたものの、今回の戦いで命を落とした人はいなかった。

さすがに大きな戦闘を終えたところなので、素材の剥ぎ取りは後日行う予定らしい。

ウォルフの遺体が多少ほかの魔獣に喰われるとしても、おびただしい数なので問題にしないという。


中には、仲間の弔い合戦だった、と泣きながらブリンクの門をくぐる冒険者がいた。

これで借金が減る!と喜ぶ囚人がいた。

何とか無事に帰れそうだ、とほっとしている貴族がいた。

足を折った者は仲間に背負われ、ケガをした者は応急手当をしただけの状態で。


コーディも、その中に混じってブリンクに帰ってきた。


とりあえず宿に戻って食ったら寝るというヘクターとスタンリーに手を振り、広場のテントへ戻ろうとしたときに、精悍な雰囲気の金髪の青年に声をかけられた。

「ちょっといいか?」

「はい?」


生成りの上下を着ているので、元貴族の囚人だ。

こんな知り合いがいただろうか、と記憶を探り、そしてその色合いから思い至った人物にコーディは目を瞬いた。

「もしや、アーリン・ナッシュ様?」

「……様、は不要だ」



そのまま話すのもどうかということで、囚人の宿舎の近くまで歩いた。

このあたりには普通の人の宿などはなく、店もないためか人影がまったくなかった。

囚人たちにも、祝儀として食堂で豪華な食事がふるまわれているらしいので、まだ誰も帰ってきていないのだろう。

「お父上もご一緒だったと思いますが」

「あぁ、父は魔獣にやられて死んだ」

「それは……ご愁傷さまです」

「いや、あれでもまともな方の死に方だったと思う」


ブリンクで過ごしてきたからだろうか、記憶にあるよりもアーリンはずっと理性的な態度だった。

魔力の器も成長しているようだし、もしかしたら手紙を読んで鍛えていたのかもしれない。


そのまま償っていけば、きっと二十年もしないうちに外に出られるだろう。

ここで命をかけて魔獣を倒し続けることは、国を揺るがしかねない麻薬の流通未遂罪としては、十分な罰だと思う。


それ以上話すこともなく、コーディはアーリンが話すのを待った。

すると、彼は意を決したように口を開いた。


「私がお前にしたことは、許されることではないと思う。許されようとも思っていない。たった一人でダンジョンの湧き部屋に閉じ込めるなど、今ならどれだけ非道なことだったか理解しているつもりだ。ここで囚人をしているのは、その罰も含まれていると思っている。だがお前は、本当にあのコーディ・タルコットなのか?態度もそうだが、魔法が違いすぎる。今のお前なら、学園のダンジョンなど歯牙にもかけないだろう。まるで別人のようだ」


―― ほぉ、そのように言われたのは初めてじゃの。


コーディは、思わずアーリンをじっと見た。



読了ありがとうございました。

続きます。

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