156 魔法青年と巨大狼の戦い
よろしくお願いいたします。
ヴィーロックスが跳び出すのに合わせて、木々がぬるりと隙間を空けたのが見えた。
多分あれも木魔法なのだろう。
その場所は、すでに木が覆っていて見た目には何もわからない。
コーディは上空五十メートルあたりを低空飛行していたのだが、ヴィーロックスはそれを超えてきた。
「おっと」
すごいスピードではあるが、ヴィーロックスは跳躍しただけなので、その軌道は読みやすい。
ひょい、と避けたコーディを、牙をむいたヴィーロックスは捕食者の目で追った。
今回も間違いなく、コーディは高品質な餌と認識されたようだ。
ヴィーロックスが木の上に足を向けると、流れるように木が避けて隙間を作り、巨大狼が吸い込まれていった。
早送りをしたように動きが滑らかなので、木というより緑色の水か何かのようにも見える。
そしてコーディはまたヴィーロックスの気配の方に近づき、跳び出すのに合わせて上空へと逃れた。
「すごい脚力じゃのぅ」
今度は七十メートル近く跳び上ってきた。
また軌道を予想して避け、コーディは小手調べとばかりに火魔法を放った。
小さな種火、に見せかけた超高温の炎である。
自分に向かってくるそれを見たヴィーロックスは、身体を捻って避け、前足で叩き落とした。
「ギャウッ!!」
思ったよりも熱かったのだろう、ヴィーロックスは火魔法に触れたとたんに鳴いた。
そして、森の表面に足がつくと思ったら、そこから跳ねてもう一度コーディに向かって跳んできた。
「おっ?っと!おぉ、足場を作ったのか」
コーディは、それをなんとか避けてくるりと空中を飛んだ。
ヴィーロックスが踏んだと思しき木の上の部分には、先ほどまではなかった太い木の枝が大きく飛び出していた。
木魔法で枝を伸ばして足場を作ったのだろう。
弾き飛ばした火魔法は、下で戦っている人たちもいるので消した。
そういう可能性を初めから考えていたので、コーディは魔力のつながりを切らずに火魔法を放ったのだ。
火魔法に使っていた魔力を回収すれば、簡単に消える。
ヴィーロックスは、コーディから目を逸らさずにまた森の中へと吸い込まれていった。
跳び出すヴィーロックスの目の前を通り過ぎたり、すれすれのところで上空へ逃れたり。
ヴィーロックスが「あと少し」と感じられるように適度に翻弄しながら、プラーテンスの人たちが戦っている場所から引き離していった。
ヴィーロックスにとっては、眷属と戦っている人たちよりもたっぷりの魔力を含有するコーディの方が重要らしく、思ったよりもあっさりと連れ出すことができた。
たまにチクチクと火魔法を放ってみたが、ヴィーロックスは身体能力も優れているようで、すべて避けるか叩き落とすかで、攻撃の意味をなしていなかった。
これでは、普通の火魔法での攻撃もまったく効かないだろう。
余裕を持って避けたり、ギリギリをすり抜けたりしながらヴィーロックスを引き連れて移動した先は、海の近く。
周囲数キロには誰も住んでおらず、岸壁があるだけの場所なので、多少の地形被害が出たとしても国から文句は出にくいだろう。
魔獣の出没範囲はそれなりに変わるかもしれないが、文明を絶滅させられるよりは良いと思ってもらいたい。
ヴィーロックスは、もう森の中に隠れるのをやめていた。
木々の下に隠れても、コーディが気配を読んでいることに気づいたようだ。
そして木魔法で空中にまで枝を突き出し、森の上部を駆けて挑んできた。
普通の火魔法を放っても、ヴィーロックスは簡単に噛みつくようにして消してしまう。
また、なんといっても生木は燃えにくいものだ。
木魔法は生きた木や草を操るので、たとえ火が相克関係にあるとはいえ、高火力な魔法が必要になる。
火魔法を使う魔法使いが総じて大きな魔法を使いたがるのも、そういったことを経験として知っているからだろう。
火魔法を増幅させるなら風魔法である。
併用した魔法で攻撃すると、いくつか傷を作ることができた。
すると、ある程度ケガを負ったところで、ヴィーロックスは森の中に溶けた。
森の木々に、葉に、花に、実に。
ヴィーロックスが溶けた部分が、一気に色づいた。
溶けたまま、森の中を移動するのも分かった。
ここまでくると、六魔駕獣とはもはや魔法生物のような、魔獣とは一線を画す存在なのだとしか思えない。
もっとも、作られたものなのでそもそも魔獣とは違うものなのだが。
うっすらと森の中に広がったヴィーロックスは、ゆるりと場所を変えたと思ったら一気に集まり、コーディに襲い掛かった。
当然のように、ケガはすべてなくなっているし、毛艶も良くなっている。
大きく開かれた口からは1メートル近い牙が覗いており、よだれが宙を舞った。
「躾がなっておらんな」
すい、と移動したコーディは、放物線の頂点を過ぎたヴィーロックスの後ろを素早く取り、回し蹴りで後頭部に踵を落とした。
「ぎゃんっ!!!」
唐突なコーディの反撃に、一鳴きしたヴィーロックスはたまらず声を上げ、そして降り立ったところから警戒するようにこちらを見上げた。
耳はピンと立っていて、尻尾を高く上げ、牙をむいて毛を逆立てている。
どうやら、これまでの対応と今の蹴りでもって、コーディをただの餌ではなく敵だと認識しなおしたらしい。
ヴィーロックスはちらりと周りを見るようなしぐさをしたが、この近くにはウォルフ系はおろか、魔獣など一体も残っていない。
本来なら群れで狩りをする動物だ。
一対一は想定外なのだろう。
ゆっくりと後ろに動こうとしたときには、火魔法と風魔法を併用して炎の壁を出現させ、一時的に退路を断った。
そういった攻防を何度か繰り返したことで、退却は難しいと理解したらしい。
改めて、コーディに牙を見せて威嚇した。
覚悟を決めたらしいヴィーロックスが跳びかかってきたので、火魔法を撃ちながら避けたところ、想定外のところから木の枝が迫ってきた。
さっと避けても、枝が追ってくる。
上空へと逃れてしまうと、魔法の限界か、作戦変更か、枝はしゅるりと森の中に戻っていった。
一方のコーディの攻撃も、先ほどの回し蹴りから警戒されてしまい、火魔法も蹴りも、後から手に持ったトンファーのような武器の攻撃も、素早く避けられてしまう。
決定的な魔法を使うにも、まずは一度捕らえなくてはいけない。
このままでは、平行線である。
コーディは、一計を案じることにした。
何度か攻防を繰り返し、そしてコーディは後ろから伸びてきた枝に右足を掴まれた。
引っ張って取ろうとしたときには、左足も、腰も、両腕も、一気に枝で縛り上げられて動けなくなった。
それを見たヴィーロックスは、ぐるるる、と喉を鳴らした後で高く声をあげた。
「ウォォオオオーン!!!」
勝利の雄たけびだろう。
喉を反らして空に向かって叫ぶヴィーロックスには、勝者の余裕が見えた。
「……ふぅ。はようしてくれんかのぉ」
呆れたように言うコーディに向かって、勝者が跳びかかってきた。
そして、ばくん、と枝ごと一呑みにされた。
読了ありがとうございました。
続きます。