154 魔法青年は巨大狼と戦う準備をする
よろしくお願いいたします。
「それじゃあ、ビルさんたちも魔獣の森に入ってるんですね。ヴィーロックス……巨大狼には会いましたか?」
挨拶もそこそこに、コーディは質問した。
ビルとチャドは首を横に振り、アルマは首をひねった。
「確かに、魔獣の森には入ってるわ。でも運がいいのか悪いのか、噂の巨大狼には全然会わないのよね。ほかのパーティは何度か戦ったらしいんだけど、このところ見かけないって言ってたわ。私たち、逃げる準備はいつでも万端なのに」
苦笑したアルマは、火魔法の霧散の魔法陣をポケットから取り出した。
確かに、彼らの腕なら眷属を撒くことができれば、なんとかブリンクに帰還できるだろう。
「だよなぁ。フレイムウォルフとバーニングウォルフがとにかく出て。その割に、森はあんまり燃えないんだ。ほかの森なら、多少は燃えるはずなのに不思議だ」
チャドの言葉から察するに、きっとヴィーロックスが木魔法で燃えにくいようにしているのだろう。
「こないだなんか、数十体に囲まれたもんな。魔獣の火魔法は無効化できるとはいえ、さすがに死ぬかと思った」
ビルが遠くを見ながら言った。かなり大変だったようだ。
「数十体ですか?それは……ご無事でなによりです。かなり狼型の魔獣が増えているんですね」
魔獣の生態はいまだ謎である。
六魔駕獣とは違い、死んでも肉体が残るので魔力の塊ではない。かといって、普通の動物とも違う。
子育てをしているなんて聞いたこともないし、誰も見たことがない。
動物が魔力溜まりのようなところに入りこんだら魔獣化するだとか、魔獣が分裂して増えるだとか、魔獣の子どもは生まれた次の日には大人になるだとか、色々な説が存在する。
理屈はわからないが、いずれにしてもヴィーロックスの影響で狼型の魔獣がどんどん増えているのだろう。
「なんとか、な。コーディは、そのヴィーなんとかの調査か?」
ビルの質問に、コーディは首を横に振った。
「いえ、調査もしますが、討伐に来たんです。その作戦を立てるために、まずは戦った人の話を聞きに行くところです」
「なるほどなぁ。やっぱりコーディはなんていうか、格が違うな。じゃあ、引き留めるのも悪いか」
「また会えるだろう。それより、俺は腹が減った」
「チャドったら。それじゃあ、コーディ。またね」
「ええ、また」
コーディは三人に手を振り、今度こそ領主館へと向かった。
領主館では、実際にヴィーロックスと戦って、少しとはいえケガを負わせた冒険者たちに話を聞いた。
「なんとかケガを負わせたはずなんですがね。次に会ったときには、そのケガの痕はまるっきり何にもなくなっていた。いくらなんでも、たった数日で禿げた毛まできれいに生えるのはおかしい。治療系の魔法でも使えるのかもしれないな」
元々ブリンクで稼いでいたという冒険者の彼はパーティのリーダーで、何度かヴィーロックスと遭遇しているらしい。
しかし、このところは全く姿を見ていないという。
同じパーティメンバーたちからも、実際に戦ったときの話を聞いた。
「とにかく、ものすごく素早いです。俺は背中をやられましたが、なんとか気配を察して前に飛びましたから、大きく切り裂かれるだけで済みました。あの治療の魔法陣すごいですね!傷こそ残りましたが、数日で歩けるようになりました。感謝しかないです、ほんとに」
大きく切り裂かれるだけとは。
「眷属のフレイムウォルフとバーニングウォルフがやっかいだった。俺はバーニングウォルフの群れと戦ったときに、巨大狼が出てきた。確かにめちゃくちゃ動きが速かったし木魔法で足もとに罠を作られて大変だったが、あの眷属がとにかく邪魔だったな。下手に水魔法を撃つと、巨大狼の木魔法が強化される感じになる」
眷属は、脅威というより邪魔だったらしい。
さすがブリンクにわざわざ稼ぎに来る冒険者だ。
ヴィーロックスは木魔法を戦いに使うことが確定した。
魔獣ではあるものの、ヴィーロックスたちは狼の狩りと同じく相手の体力を削りながらじっくりと待って機会を窺い、引きずり倒してからとどめを刺すようだ。
群れのトップを担うヴィーロックス自身は、ウォルフたちが追い詰めた人に素早く迫って丸呑みにするらしい。そしてこれまでに、ヴィーロックスが魔獣を口にしたところは誰も見ていないという。
「幾人か、巨大狼に吞み込まれたらしい遺体を見つけたことがある。数か所の牙の痕以外に傷がついていなかった。あの巨大狼は確かにデカいが、吐き出すとしたら何度か噛むだろうし、そもそも喰ったんだから消化されるのが普通だろう?一人ならともかく、何人もの遺体を見たからな。不思議でしょうがない」
リーダーがそう言うと、ほかのメンバーもうなずいた。
コーディからすれば、予想の範囲内である。
「これまでに調べた六魔駕獣の生態からすると、遺体にはあまり傷がつきません。六魔駕獣たちは、魔力の塊のようなものです。その身体を維持するためなのか、魔力そのものを喰うんです。人は、ほかの生き物と比べて明らかに魔力の器が大きい。だから、あえて人だけを選んで喰っているのだと思います。そして、魔力を消化しきったら、遺体だけを外に出してしまうらしいです」
「なるほど、魔力を餌にしているのか。随分と妙な生態だな」
ここまで聞き役に徹していたルウェリン公爵が話に入ってきた。
彼らから聞ける話は、このあたりで一通り終わりなのだろう。
もう少し詳しく説明するなら、六魔駕獣が人工的に作られたものだと言わざるを得ないので、コーディは黙ってうなずくに留めた。
諸々の話を聞き、コーディたちは作戦を練ることになった。
冒険者たちの代表は今日来てくれたパーティが行うということで、ギルドからも一人伝令役が来ていた。
そして、ヴィーロックスを討伐する大まかな流れをまとめた。
森の外はこれまでと同様、貴族の囚人と稼ぎに来た冒険者のうち低級の者たちに任せる。
森の中では大きく二手に分かれて、まずはレイシア商民国側から実力者がヴィーロックスたちの退路を防ぐ。
そこにプラーテンス側から来た仲間が合流し、挟み撃ちにする。
両側というよりも、周りを取り囲んで少しずつ眷属のウォルフ達を釣り出して戦えば何とか対応できる。
ヴィーロックスを引きつけるのはコーディだ。
これまでのことを考えれば、ヴィーロックスはコーディを良質な餌だと考えて真っ先に喰おうとするだろう。
いつもなら眷属が相手を弱らせたところをパクリといくようだが、その眷属をプラーテンスの冒険者と貴族たちがバラバラにしてしまう。
孤立したヴィーロックスをコーディが少しずつ引き離し、一対一に持ち込む。
倒したら魔力が爆散することは確定なので、ある程度距離を置く。
かなり素早く大きく動くらしいので、誰かと組んで討伐するのは逆に難しいだろう。
それよりも、コーディ一人に集中させてしまう方が楽だ。
攻撃の方向が分かっているだけで全然違う。
また、コーディが今考えているヴィーロックスを討伐するための魔法は、周りに人がいては危険な可能性がある。
地形に影響が出る可能性もあるが、一瞬で片が付くはずなので素早いヴィーロックスには有効だ。
一人でヴィーロックスに対応することについては難色を示され、少し押し問答があったものの、犠牲をできるだけ少なくしながら討伐するなら、コーディが動きやすい方法で戦うのが良いだろうということになった。
やはりプラーテンス王国の人たちは基本が脳筋だ。
そして、一日準備に充ててから出発することになった。
読了ありがとうございました。
続きます。