152 魔法青年は計画を聞く
よろしくお願いいたします。
オオカミの眠りを妨げたのは、巨大な虫だった。
とはいえ、実際に目の前にあらわれたわけではない。
虫が技を使って、イメージのようなものをこちらに向けてきたのだ。
虫は、攻撃以外の技を使えば、自分たちを閉じ込めている何かを壊せるというようなことを伝えてきた。
のんびり待っていたので知らなかったが、どうやらオオカミを閉じ込めている何かがあるらしい。
そして、攻撃はできないが、それ以外の技なら使えるという。
少し興味を持った。
待つのは苦手ではないし、寝ていればいいだけなのだが、さすがに飽きてきたのである。
攻撃以外の技、というのがよくわからず、はじめはかなり苦労した。
なにしろ、オオカミが使ってきた技はすべて狩りに使うものだ。
それらは例外なく攻撃とみなされるらしく、どれも使えなかった。
しばらくあれこれ試して、結局ただ木や草を育てるだけの技なら使えるとわかった。
そんな技が何の役に立つのかわからなかったが、何度も何度も使っているうちに、抑えつけている力が弱まってくるのを感じた。
虫が言っていたことは間違っていなかったらしい。
オオカミは繰り返し木や草を育てる技を使い、少しずつ軽くなるところを見つけていった。
そうしていると、また虫からイメージが渡された。
虫は外に出られたらしい。そして遊ぶのだと。
なるほど、待っているのもいいが、さっさとここから出た方が早く群れを作れるし、狩りもできる。
納得したオオカミは、適当にではなく、本格的に技を使って外に出ることにした。
外に出ると、前と少しだけ風景が違う気がした。
ほんの少し森が深くて、木も大きい。
もしかすると、以前とは逆に自分が少し縮んだのかもしれない。
少し進めば、たくさんの動物が逃げていった。
これはいつも通りだ。
予定外だったのは、群れに入れてやろうと思っていた小さい仲間まで逃げ出したことだ。
オオカミは、群れの長でありたいのだ。
だからオオカミは小さいオオカミたちを追いかけ、技を使ってみせて力で屈服させた。
元々群れで暮らしていたからだろう、彼らはすぐにオオカミの指示に従うようになった。
火の技を使うオオカミたちの食料は、ニンゲンでも動物でも何でもいいらしい。
オオカミは、腹が満たされるものがニンゲンだけなので、森の浅いところでの狩りを手伝わせた。
昔よりも、ニンゲンを喰ったときの満足感が少ない。
よくわからないが、このあたりにいるニンゲンは栄養素が少ないのだろう。
なら、たくさん喰うだけだ。
それに、昔に比べるとニンゲンは弱くなっていた。
オオカミをどうにかしようと考えているのか、群れをなしてやってくるが、何度も返り討ちにできた。
多少めんどくさい奴もいるが、そうではない弱い奴を狙えばとても楽である。
これなら、あまり心配せずに悠々と過ごせそうだ。
餌になるニンゲンは向こうから来てくれるし、群れを作る小さいオオカミたちも従順だ。
オオカミは、またのんびりと生活できると満足していた。
◆◇◆◇◆◇
適当にテントで一晩過ごしたコーディは、門が開くと同時にブリンクへと足を踏み入れた。
早いものは門が開く時間から森へと向かうらしく、数人の冒険者たちとすれ違った。
王都で見かけた冒険者も数人いて、コーディは軽く挨拶をした。
「あっ?おい、コーディじゃないか。魔塔からこっちへ戻ってきたのか?」
声をかけてきたのは、王都のギルドで会ったことのある冒険者だった。
周りにいる人たちも見たことがある。
「はい、お久しぶりです。巨大狼の件で来たんです。魔塔から話がいっていると思いますが、僕もこちらで共闘する形になります」
「そうか。そりゃあ心強いな!ちょっとあの巨大狼は強大すぎるし、周りの眷属の奴らやほかの魔獣もかなり凶暴化してるんだ」
「貴族もたくさんこちらに来たが、やりすぎるとレイシア商民国の方に跳ね返すだけだとわかって、色々と攻めあぐねてるらしい。コーディが来たなら、一気に攻められるかもしれないな!」
彼らは、火魔法の霧散の魔法陣を手にしていた。
フレイムウォルフやバーニングウォルフが多いと聞いたので、その対策なのだろう。
門のところで見送ってから、コーディはブリンクの中にある町役場のような場所を訪れた。
冒険者ギルドもあるが、そちらはあくまで冒険者をあっせんして取りまとめるところだ。
この町を統括しているのは役場の方である。
魔塔からプラーテンス王国に話がいっているはずなので、コーディはまず役場へ来た。
はたして。
「はい、タルコット准騎士爵ですね。ご来訪ありがとうございます。王城を通して魔塔から連絡をいただいていますよ。魔塔の研究者となったタルコット准騎士爵が来られたなら、戦況が一気に変わりそうですね。まずは、ブリンクの代理統括者をされているルウェリン公爵との面会をお願いいたします。大まかな作戦は、ルウェリン公爵をはじめとした高位貴族の方がまとめておられるのですよ」
面会までに時間があると聞いたので、テントを立てられる場所を聞いた。
宿を用意するとも言われたが、コーディは断った。
これだけ人がいると一部屋探すのも厳しいだろうし、下手に相部屋になるよりは個人のテントの方がよほどくつろげる。
ルウェリン公爵は、現国王の弟にあたる人物だ。
学園にいたころに、引き抜きの声をかけてくれ、ナッシュ公爵の件でも少し世話になった。
国の中枢にいるだけあって、清濁併せ吞めるタイプのきちんとした大人だったように記憶している。
ブリンクは国の直轄地らしい。
だから、都度代理で統括する人を指名しているようだ。
現在は王弟のルウェリン公爵が任されているのだろう。
領主館(領主ではないが暫定的にそう呼ばれている)での面会は、昼食後のことだった。
「おぉ、よく来たな、タルコット准騎士爵。魔塔から話は聞いている。まぁまずは座ってくれ」
「お久しぶりです、ルウェリン公爵。失礼します」
呼び出されて通された部屋は、広めの会議室のような場所だった。
奥にルウェリン公爵が座っていて、その斜め後ろに立っている従者にも見覚えがある。
ほかに、数人の貴族が席についていた。
「魔塔からの話は先のとおり。タルコット准騎士爵に戦力として入ってもらい、貴族と冒険者のパーティは周りから攻撃。その作戦決行のために、まずは周辺の魔獣を少し片づける。ウォルフ系を中心に、まだ森に残っているのはベア系か。必要な魔法陣は――」
「火魔法の霧散と、土魔法の霧散ですな。あとは治療の魔法陣ですが、こちらは仮拠点として前衛基地を作ってそちらに用意します。いまのところ、火魔法の霧散の魔法陣が少し足りません。土魔法の方は足りる予想です。いずれも、複写の魔法を使えるようになった者たちに複写を依頼していますので、数日のうちに到着します」
どうやら、コーディが以前発表した複写の魔法を使える人がすでにいるらしい。
各報告がもたらされ、コーディは周辺を掃除するのも手伝うことになった。
「木魔法の霧散の魔法陣について魔塔に問い合わせました。そろそろ仕上がるそうです。複写はこちらで対応すると伝えたところ、明日中に届けると返事がありました。こちらは周辺一掃の作戦決行後に必要になるので、届き次第複写する予定です」
魔塔も、今頃てんやわんやしているだろう。
ディケンズの手紙では、ペルフェクトスの封印を上書きする魔法陣も開発しており、そろそろ目途が立ってきたそうだ。
ペルフェクトスだけでも、封印してしまえれば時間を稼げる。
封印している間に、討伐する方法を考えられるだろう。
読了ありがとうございました。
続きます。