151 魔法青年は偵察する
よろしくお願いいたします。
コーディがブリンクへ到着したころには、もう完全に日が落ちており、街の門は閉ざされていた。
声をかけて確認してもらい、街に入る手もある。
しかし、コーディは気になったので魔獣の森へ向かった。
まず確認したいのは、以前見た赤い石の封印の場所だ。
暴れているという大狼は六魔駕獣の一体、ヴィーロックスで間違いはないだろうが、こういった場合の確認を怠って油断するのは良くない。
ブリンクから飛んで離れ、以前見た魔力の乱れがあった場所へ向かった。
ほかの封印が崩壊した場所と同じように、そこにはもう魔力の乱れはなかった。
あったのは、破壊された赤い石と、土から吹き飛ばされて折れた木々。
そして周りを取り囲むのは以前よりも大きく育った森だった。
「こんなに大きくはなかったはずじゃがなぁ」
少し前に魔獣の森に来たので、記憶違いではないと思う。
森の木が、記憶よりも倍近く大きくなっている。
上にも伸びているが、横にも広がっていて、下の方の葉などは横の木と重なり合ってしまい日光が足りないのだろう、黄色く変色して多くは落ちていた。
木と木の間が、木の大きさに対してかなり狭いので、急激に成長したとみられる。
ヴィーロックスが、木魔法を使うと仮定すれば辻褄が合う。
特に、赤い石があったあたりは蔦や葉が多く生え、真っ二つになって転がっているものもあった。
木魔法は土魔法に強いので、総じて土に及ぼす影響も大きい。
きっと、ヴィーロックスの木魔法で封印の石が破壊されたのだろう。
「肝心のヴィーロックスは……。あちらか」
薄く魔力を広げて探ると、森の奥の方に多くの反応があった。
人とは違う魔力がいくつもあり、一つはとてつもなく大きい。
事前に聞いた情報によれば、ヴィーロックスは狼型の魔獣を従えているというから、きっとたくさん集まっているのはフレイムウォルフなどの魔獣だろう。
コーディは、自分の魔力が漏れ出るのをぎゅっと抑え込み、ヴィーロックスのもとへと向かった。
あまりにも魔力を通さないのは不自然なので、周りの魔力の動きに合わせて擬態しながら進む。
ヴィーロックスたちに近づくにつれ、大きな魔力が放たれているのがわかるようになった。
ビシビシと肌で感じるような魔力はかなり大きい。
ゆっくりと近づいて巨大化した木々の間から窺うと、丸くなってなお十メートルを超えるサイズの狼が寝ていて、その周りに数十頭のフレイムウォルフやバーニングウォルフがいた。
フレイムウォルフとバーニングウォルフはくつろいでいるのかと思ったが、彼らは一様に巨大狼の方を向いており、どこか怯えを含んだ空気で頭を下げていた。
そっと移動してウォルフたちを確認したが、やはり全員巨大狼から視線を外そうとしない。
そしてヴィーロックスから放たれる魔力はウォルフたちを押さえつけるように渦巻いていた。
どうやら、群れの長として魔力と恐怖で支配しているらしい。
木魔法は、火魔法に弱い。
五行の相克の関係にあるモノを力で押さえつけるということは、つまりヴィーロックスはとてつもなくウォルフ達よりも強いということだ。
定石なら火魔法でヴィーロックスを倒すべきだろう。
しかし、普通に火魔法で攻撃しても眷属になったウォルフ達に阻まれると予測できる。
ウォルフ達に効くのは水魔法だが、ヴィーロックスにとっては恵みの水になってしまう。
なるべくなら、眷属と化したウォルフ達を引き離したいところだ。
ヴィーロックスが戦うところを確認したい、と思いながら、コーディはゆっくりとその場から離れた。
◇◆◇◆◇◆
オオカミは、群れの長だった。
十数頭もの群れで、まとまって狩りをすることで大物を仕留め、天敵となり得る動物を退けてきた。
狩りに慣れた大人たちを複数従え、大きな動物を狩り、群れの中で子を守り育て、ニンゲンの集落を避け、群れを率いていた。
ときにはニンゲンや不思議な動物に襲われて群れの数が減ることもあったが、オオカミの群れはおおよそ平和に繁栄していた。
しかしある日、これまでにない数のニンゲンの群れが自分たちを襲った。
自分たちは狩るものだから、狩られる理屈もわかっている。
これまでなら負けることなく逃げ切れたのに、このときは不思議な動物がするのと同じような方法を使ったニンゲンによって、群れのほとんどがやられた。
そして、オオカミも狩られた。
摂理である。
諦めて命を手放したはずだったが、気がつけばオオカミは森にいた。
群れの仲間はおらず、全く見慣れない森の木々は記憶にあるモノよりも小さい。
動物も小さいので、オオカミがもといた森ではなく、何もかもが小さい森に放されたのかもしれない。
そう思っていたら、オオカミによく似た、オオカミよりもずっとずっと小さいモノたちが攻撃してきた。
初めはちくちくと熱くてうっとうしく感じたので、向かってくる動物たちをすべて屠ってきた。
あるとき、あまりにうっとうしくて腹から力を込めると、何かが身体から噴き出し、周りにいた動物たちが倒れたり逃げたりした。
いままでと同じような食べ物では満足できず、これまた自分よりもずっと小さいニンゲンを喰うことでようやく落ち着けた。
あちこち走り回ったが、なぜかすべてが小さくなってしまったようだった。
しばらくすると、自分と同じくらいの大きさの虫に出会った。
陸を泳ぐ亀と、奇妙な鳥にも会った。
大きな水たまりに、大きくて凶暴な魚がいるのも見た。
それから、自分たちよりもさらに大きな奴も遠くから見た。あれだけは、近寄ったらやられるとわかったのですぐに逃げ出した。
ただ、大きな奴は近くに来る動物はどうでもいいらしく、ひたすらニンゲンだけを襲っていた。
彼らが使っていたので、オオカミも自分に不思議な技が使えることを知った。
はじめは葉っぱが伸びるだけの妙なもので使えないと思ったが、そのうち狩りで使えることを学んだ。
罠としても使えるし、単純に仕留めるのにも使える。
不思議な技にはいくつか種類があるようだが、オオカミは葉っぱや木を思い通りにできるだけ。
従えた群れの配下たちは火を使う。
どうせなら水を使えれば、いちいち飲み水を探さなくていいのにと思ったが、自分で取り換えられるようなものでもないらしい。
食べられる木の実をつける木を作っておけば餌になる動物が集まってくるし、これはこれでちょうどいいのかもしれない。
問題は、オオカミの腹を満たすものがニンゲンだけというところだ。
しょっちゅう喰う必要はないが、それでも腹が減るとつらい。
群れの配下たちもニンゲンは餌になるらしいので、そのまま群れでニンゲンを襲って過ごした。
しかし、オオカミ自身が大きいので、草原にいてはすぐに見つかるし、群れになったニンゲンにまた狩られてはたまらない。
だから、たどり着いた森を拠点にした。
ときどき長を狙って小さいオオカミが戦いを挑んでくるが、当然簡単に返り討ちにした。
オオカミは強いのだ。
ニンゲンを喰いながら森で平和に暮らしていたのだが、ある日突然暗い場所に閉じ込められた。
多分、ニンゲンが使う不思議な技のせいだろう。
ニンゲンは動物やオオカミが使うのとは違う、変な技を使うことがある。
ここはまっくらで、何も見えず、何もわからない。
しかし、死ぬという感じもしない。
オオカミは、死なないのであればまたここから出られると考えた。
だから、また群れを作って長になる夢を見ながら待つことにした。
読了ありがとうございました。
続きます。




