150 魔法青年は止まらない
よろしくお願いいたします。
布でくるんだ遺体を小屋の近くに安置し、皆が待つ山の上へと移動した。
「そうか……それなら、あやつらもどこかに流れ着いているやもしれんの」
前村長はそう言って、静かに目を閉じた。
ティメンテスだった鮫の遺体を簡単に確認したところ、一番大きな歯の根元に、一センチほどの魔法陣が刻まれていた。
文字は読めないほどに細かい。
レンズで拡大しないと見えないだろう。
これを魔塔に送りたいが、アレンシー海洋国の本島まで行って確認したり許可を待ったりという時間がない。
『そうか、わかった。こちらからアレンシー海洋国に連絡を取っておくから、コーディは気にせずに行くと良い』
相談すると、ディケンズがそう言ってくれた。
「ありがとうございます。これから本島に持っていくそうなので、少し時間がかかるかもしれません」
『だろうな。こちらから、先に連絡しておくことにしよう』
「はい。お手数おかけしますが、お願いします」
ティメンテスの遺体については、新村長たちが本島に持ち込んでくれるそうだ。
そのときに、流れ着いた人の遺体を火葬すること、遺体の身元が分かりそうなものを預かっていることを伝えるという。
ほかの島に、前村長の息子やほかの人たちが流れ着いている可能性がある。
「こちらの島に流されたナム共和国の人がいるかもしれません。また、こちらの人がナム共和国に流れ着いている可能性もあります」
コーディは、本島に向かう準備をしている新村長たちに状況を改めて説明していた。
「そうか、あちらにも被害があったのか」
「被害者の数だけで言うなら、あちらの方が多い可能性もあります。なんだかんだいって、アレンシー海洋国ではティメ様の伝説が生きていて、海に対する警戒心も高いですから」
ナム共和国では、一気に何十人も喰われた町もあったと聞いた。
それ以外に、魔獣の暴走による被害もあるだろうから、かなり酷いことになっているだろう。
アレンシー海洋国は、島が多いせいか、あまり魔獣が存在していない。それだけは、今回救いだったかもしれない。
「魔塔から、また連絡があるかもしれません。手紙転送の魔道具をお渡ししますので、何かあれば連絡しますね。皆さんも、ぜひ手紙など送ってください」
前回の訪問で渡せていなかった、手紙転送の魔法陣を新村長に手渡した。
「おぉ、これが魔道具なのか。わかった。何かあれば送らせてもらう。もう行くのか?」
荷物をまとめて持つコーディに、新村長が聞いた。
ティモシーをはじめ、島民たちは自分の家に戻って片付けたり、遺体を火葬するための準備をしたり、ほったらかしだった畑を整備したり、それぞれに動いていたので村長の家にはほとんど人がいなかった。
戻ってきた人たちは労りや感謝を受けて、仮小屋でゆっくり休んでいる。
「はい、もう行きます。今は故郷が大変なようで」
先ほどメモに近い手紙をヘクターに送ってみたが、それを読めるのがいつになるかわからない。
友人たちからは、ブリンクに移動したという手紙を貰って以来、連絡はなかった。
「そうか。礼にはまったく足りないが、せめてこれを持っていってくれ」
新村長が手渡してきた革袋には、干した魚や貝、そしてパンと芋もちが入っていた。
「ありがとうございます。そろそろ食料品が心もとなくなっていたので、助かります」
「これくらいしかできんからな。気を付けて行けよ。落ち着いたら、また遊びに来てくれ」
「はい!」
革袋を鞄に押し込み、コーディは空へ飛びあがった。
海岸方向を目指して飛ぶと、島民たちが手を振っていた。
子どもたちは途中まで走って追いかけてきて、ぴょんぴょんと跳んでいた。
コーディは、くるりと一周大きく回ってから海へと飛び去った。
確認しておきたかった禁則島を見に行くと、そこには岩の残骸しか残っていなかった。
赤い石はどこにも見当たらず、砕けた岩は海からちらちらと見えるだけ。
島というより、岩礁となり果てていた。
その場所を紙に写し取り、コーディはディケンズに送っておいた。
ナム共和国の人がいない港町に降り立った現在、すでに夕方である。
このまま南下してレイシア商民国に入り、魔獣の森を目指すのが早い。
しかし、レイシア商民国に入国したことがないので不安要素がある。国境で止められると時間がとられてしまう。
だからといって、マラコイデス王国・ハマメリス王国・ズマッリ王国と内陸をぐるりと転移していくのも魔力を使ってしまうのであまり歓迎できない。
地図を確認したコーディは、少し考えてから経路を決めた。
「南の海をチョイと飛びこえるか」
ナム共和国の最南端から海を挟むと、プラーテンス王国の西端へとたどり着くのだ。どちらも半島のように海に突き出している。レイシア商民国は、大きな湾の内海にのみ面している。
海を越えて入国するなら、なんとか今日のうちにブリンクに着けるだろう。
経路を決めたコーディは、再び空へと舞い上がった。
湾の入り口になっている部分を飛び越え、プラーテンス王国へと入った。
一応、港町に関所のような場所があるので、手続きだけしておく。
「タルコット准騎士爵ですね。いやぁ、驚きました。魔塔へ行くほどの魔法使いとなると、空を飛べるんですね」
そこにいた役人は、コーディの話を聞きつつ手続きを進めてくれた。
「飛行の魔法は、一応少しずつ広まっているのですが、まだ少しロスがあるのか魔力を大量に使うんです。これも、まだ改良の余地のある魔法ですね」
「なるほど。研究者の方は本当にすごいです」
手続きを終えてから、役人に聞いてみることにした。
「魔獣の森が大変だと聞いたのですが、こちらにも話は来ていますか?」
すると、役人は神妙にうなずいた。
「ええ。こちらの領主様のご子息も、ブリンクに呼ばれて行ったんですよ。戦える貴族に加えて腕利きの冒険者も集められていて、かなり大掛かりな討伐を行なっているようです。犠牲者も出ていますが、何とか森から外には出さずに抑え込んでいると聞いています」
「このあたりの魔獣は暴走していませんか?」
「あぁ、それもありますね。ただまぁなんとか、残った貴族や冒険者たちで退けている状態です。バイティングラットやホーンラビット程度なら、そのへんの村人が二・三人集まればまったく問題ないですし」
そういえば、プラーテンスはこういう国だった。
フレイムウォルフの群れとなると、さすがに騎士や冒険者の力が必要だが、フレイムウォルフ一体なら戦える村人が集まれば対処できる。
「それに、魔塔から治療の魔法陣が配布されましてね。若者を中心に防衛隊を組むところも増えています。それから、魔法を霧散させる魔法陣も配布されていましたね。あれもとても素晴らしいです。魔法陣に防御を任せてしまえるので攻撃に集中できると皆が喜んで使っていますよ」
それを聞いたコーディは、こくりとうなずいた。
「お役に立ててうれしいです。多分、木魔法の霧散の魔法陣ももう少ししたら届きますので、また活用してください」
「そうなんですね。ありがとうございます。きっとまた魔獣と戦っている者たちが喜びます」
もしかすると、プラーテンス王国が最も霧散の魔法陣を活用しているかもしれない。
守りを魔法陣に任せて攻撃に全振りするなど、ほかの国では考えられない所業だ。
しかし、冒険者たちの戦い方を思い出せば納得できてしまう。
お礼を言って、コーディは空へ舞い戻った。
夕日が落ちて少し経った空は、水平線にほんのりと赤を残して暗く染まっていった。
読了ありがとうございました。
続きます。