149 魔法青年と生け簀の巨大鮫
よろしくお願いいたします。
後半に遺体の話が出てきます。苦手な方は読み飛ばしてください。あとがきに概要をまとめます。
低く飛ぶコーディに向けて、ティメンテスは水中から顔を出して牙をむいた。
その腹側に、風魔法でいくつか傷をつけた。
縁のあたりに立ち、水面から背中に向けて風弾をぶつける。
傷こそつかないものの嫌がるそぶりはあるので、少しはダメージがあるのだろう。
ティメンテスの水弾は、プールの縁に近づくにつれて小さくなりながら落ちていく。これは水魔法の霧散の魔法陣によるものだ。
かまいたちも使って水面から出る背ビレにも少しずつ傷をつけ、根気よく攻撃していると、やっとチャンスがやってきた。
ティメンテスが、その水に溶けたのである。
コーディは、憑依したときから魔力の器がおおよそ30倍になっていた。
体感だが、大きく外れてはいないだろう。
その魔力の、三分の一を取り出した。
使うのは木魔法。
水魔法とも反発しないので、すんなり発動した。
イメージしたのは、寒天だ。
片栗粉のあんやゼラチンのゼリーでもよかったのだが、いずれも少し硬さが足りないイメージがあったので、寒天にした。材料が海藻なので、何となく海にいるティメンテスとも親和性が高い気がする。
海藻から取り出した粘液をイメージして、目の前のプールに混ぜ込み、間髪を容れずにその性質を変化させて寒天にした。加熱したときと同じ変化を、魔法で行なったのである。
とりあえず、これでティメンテスを一時的に捕らえた。
このままでは蒸発したりまた水に戻る可能性もあるので、すぐに次の手を打つ。
まずは巨大な寒天の中から、ティメンテスの魔力を持つ部分だけを探る。
大まかにティメンテスの身体の形にまとまっていたので、やはり水に溶けるのは得意ではないのだろう。
その部分だけを、風魔法で切り出して空中に浮かせた。
なんとなく抵抗を感じるが、風魔法で包み込んだまま拘束しておいた。
ここでも、水魔法の霧散の魔法陣がいい仕事をしている。
残った寒天はプールから取り出して、そのままアイテムボックスに放り込む。すごい量だが、一気に入れることができた。
空になったプールに寒天で固めたティメンテスを戻し、そのまま寒天の中から水を分類し、取り出すことなく、風魔法を使って無理やり酸素と水素に分解した。
その過程で、ティメンテスの身体を構成していた魔力を流用させてもらった。
「逃がすか」
酸素と水素は、風魔法を使って分子の動きを止めて凝固させる。
空気が、一気に冷えた。
風魔法で、広がった固体表面の空気を止める。これで、凍った酸素と水素が空中に逃げることはない。
このままでは土にダメージがあるので、急ぐ必要がある。
コーディは、漁師小屋に合図をした。
やってきた新村長を含む男たちは、池のような場所に大きな氷が張っているのを見た。
「あれは、ティメンテスを分解して凍らせたものです。風魔法で、上から攻撃して叩き割ってください。入ってはいけません。冷たすぎるので、足をつけたらそこから身体が死んでいきます」
あの大きさの酸素の氷と水素の氷だ。ほぼ絶対零度である。
そこに身体が触れると、一瞬で皮膚が壊死して、じわじわと細胞がやられていくだろう。
ここに集まった島民は全員が風魔法を使えるから、外から攻撃するのがいい。
「信じられないが、見ていたからな。わかった。周りに散らばって、風魔法をぶつけるぞ!」
「おぉ!」
「えらく寒いな」
男性たちは、プールの縁を走ってばらけていった。
プールの底にこびりつくように残った氷は真っ白で、ものすごく硬い。
全員で風魔法で叩き、切りつけ、少しずつ削って割っていった。
その間、気体を凍らせた状態を風魔法で保ったままのコーディも、無理のない範囲でかまいたちをぶつけていた。
氷の欠片を粉々にしていくと、魔力に動きがあった。
「魔力が集まってきました!」
「よし!もう一発撃ったら下がって構えるぞ!!」
「おおっ!!」
全員がそれぞれに、最後の大きな一発を浴びせてから一歩下がり、腰を下げて構えた。
ティメンテスを倒したときに、不快感が通り抜けると説明していたのだ。
水魔法の霧散の魔法陣は持っているが、純粋な魔力が飛び散るときにはあまり役に立たない。
ただ、コーディが教えた訓練のときのように、魔法を使う直前のような状態を保つようにと伝えた。
全員ではないが、それなりに魔力を纏えている。
ティメンテスの魔力が、絶対零度に近い氷の塊から抜けて一気に中央に集まっていく。
それでも、コーディは警戒して魔力を纏って低い姿勢を取った。
魔力が集約し、少し震えた。
多分、男性たちもその気配を感じているだろう。
魔力は、一気に爆散した。
「ぅ、わ」
「なんだこれっ」
「っ!やば、うぉぇえっ」
コーディの目には、四方八方に広がっていく魔力が見えた。
きっと、衝撃波のような魔力は海を越えてナム共和国を横断し、マラコイデス帝国にまで届くことだろう。
プールに残ったものは、白っぽい粉と、中央付近にある何かだけだった。
「大丈夫ですか?」
コーディは、ゆっくりとこちらに集まる男性たちに話しかけた。
一人は、仲間に肩を借りてよたよたと歩いている。
「なんとか……一気に船酔いしたみたいな感じだったな」
「二日酔いが通り抜けていった」
「俺はまだ残ってる。ぅぇっ」
「ちょっ、耐えろ。あっちに座れ」
「コーディこそ、向こうから見えてはいたが、怪我はないか?」
そう言われて、コーディは自分の顔に手を当て、下を向いて身体を見た。
「あちこちにかすり傷や打撲はありますが、その程度です」
「そうか。本当に、良かった。もうこれでティメ様はいなくなったのか」
「はい、ティメンテスは魔力になって散っていきました」
新村長は、腕をさすった。
「あの妙な感じは、魔力だったのか?」
「そうですね。通り過ぎた大量の魔力にあてられたんです。酔ったような症状は、しばらく休むと治ると思いますので、無理せずに休んでください。僕は、あそこにあるものを拾ってきます」
「あぁ。いや、俺は親父や皆が気になるから、先に戻る。あれは、ほかの奴らも同じように浴びたんだろう?」
「そうですね、距離があるので不快感は少しマシだったと思いますが、人によっては酔ったように気分を悪くしていると思います。そうだ、この魔法陣を持っていってください」
コーディは、治療の魔法陣を新村長に手渡した。
魔力の乱れは身体の不調に通じるところがあるので、多少はマシになるらしい。まだ気分が悪そうな男性にも、同じ魔法陣を渡して休んでもらった。
先に戻る数人を見送って、コーディはプールの中央へと歩いていった。
そこに転がっていたのは体長2メートルには届かないサイズの、ホホジロザメに似た魚。
横腹のあたりに銛か何かで何度も突いたらしい跡がある。
きっと海で捕獲して、実験に使ったのだろう。もしかしたら、マーニャと一緒に捕らえられたのかもしれない。
コーディは静かに黙とうし、魂の安寧を願った。
残りのメンバーが少し落ち着いてきたところで、集落の方に戻る集団と海を見に行く集団に分かれた。
コーディも気になったので、海岸を確認する方へついていった。
ティメンテスがやって来た方向にある海は、以前と同じように穏やかだ。先ほどの戦闘など無関係だというように、青く煌めいていた。
海岸沿いに、船をつないである港から砂浜の方へと移動すると、何かが流れ着いていた。
「お、おいっ!」
「っ!ぐ、あっちは駄目だ。こっちはまだ……いや、駄目だな」
「布を全部持ってこい!小屋に置いてあるだろう」
浜辺に流れ着いていたのは、遺体。
二人は明らかな水死体となっており、もう一人はまだそこまで損傷を受けていないように見えた。
しかし、そこには命は残っていなかった。
確認したが、三人ともこの島の住民ではなかった。
あまり損傷を受けていない人の腕には腕輪が残っており、島の名前とその人の名前が彫られていた。
あとの二人は着ていた服の腰ひもに特徴があり、どの島の住民なのかがわかった。
身体の表面には少し切り傷のようなものがあるだけで、ほかに大きな傷はない。
多分、ティメンテスに喰われた人と思われる。
六魔駕獣は、魔力を取り込むだけで物理的に消化することはない。
きっと、丸呑みにして魔力を吸い出した後、吐き出したか身体を水に溶かしたかして外に出したのだろう。
男性たちが布で遺体をくるむのを、コーディも手伝った。
遺品として腕輪や腰ひもを取り、保管しておくことになった。
遺体を長く置いておくと、腐敗が進んで病気のもとになる可能性がある。
だから、島の大人たちが集まって葬儀を執り行うことになった。
少し落ち着いたら、遺品を届けに行くそうだ。
コーディは、亡くなった人たちがあの魂の場所で安らかに次の生に向かえるよう祈った。
読了ありがとうございました。
【本話の概要】
水に溶けたティメンテスを木魔法の寒天で固めた。ティメンテスの部分だけ取り出して、寒天の中の水を水素と酸素に分けて、それぞれ凝固させ、島民と一緒に風魔法で討伐。ティメンテスは魔力になって霧散。
見回りをし、浜辺に流れ着いた別の島の人の遺体を見つけ、皆で布でくるんだ。
……最初の部分は料理の話だったかもしれない。
続きます。