148 魔法青年と海の大鮫
よろしくお願いいたします。
サメは、似たような奴らと意思疎通できることを知っている。
海にいたはずの奴は、やたらと熱くなって陸にいた。近づくだけで怒るから、ろくにやり取りなどできなかったし、ほかの奴らは陸にいる。
だから、知っているだけでほとんど意志を伝えたことなどなかった。
受け取ったのは、陸を歩く奴の意志だ。
別にやり取りするつもりはないのか、一方的に伝えてくるような感じだった。
それをまとめると、似たような奴らが同じように閉じ込められているらしい。
そして、攻撃以外の魔法で閉じ込めている何かを攻撃して壊せば外に出られるのだという。
攻撃以外の攻撃とは、なんだ。
意味が分からなかったが、確かに閉じ込めている何かの重さのようなものがほんの少しずつ減っているのは知っていた。
まずはやってみるのが良いだろう。
攻撃がだめなら、とりあえずただの小さな海を作り出すことはできるのか。
落ちたら攻撃になるような水の塊は大丈夫なのか。
それで何か変わるのか。
色々と試したところ、小さな海を飛ばすのは無理だった。
しかし、表面らしいところに水を垂らすことはできた。上から細かい水を落とすのも大丈夫だ。
続けてみると、どんどん腹は減っていったが、代わりに重さがなくなっていく。
なるほど、これが閉じ込めている何かを壊すということらしい。
集中している間にもう一度なにか伝えてきた気がするが、サメはそれどころではなかったので無視していた。
少しずつしか壊せないから、魔力を無駄にしたくない。
試して試して、一番壊れやすいところにひたすら水を垂らし続ける。
そして、やっとサメは海を取り戻した。
とにかく腹が減ってたまらない。
サメは、近くの小さな陸地にいる餌をとにかく喰いながら、もっと餌がたくさんいる大きな陸地を目指した。
昔よりも、餌の魔力が小さい気がする。
今はまだそんなに餌は警戒していない。
だから、喰えるだけ喰う。
小さくても、たくさん喰えばいいのだ。
昔と同じように、何度も繰り返しているとそのうち餌が海のすぐ近くからいなくなった。
そのころには、一通り腹を満たせたので問題なかった。
あとは、海の奥から陸を探り、油断しているところを襲えばいい。
しばらくすると、突然大きな魔力を持つ餌の気配を感じた。
昔は大きな魔力を持っている餌も多かったが、それよりもずっと大きい。
とはいえ、サメと似た存在の奴らほどではない。
その餌は、餌と思えないほどの魔力をちらつかせていた。
もしかすると、何かの罠かもしれない。
サメは賢いので、すぐには飛びつかずに様子を見た。
またどこかに閉じ込められてはたまらない。
しばらく待ったが、おかしな動きはしていなかった。
どうやら、小さな陸地に留まっているらしい。
その餌を喰えば、サメはきっとこれまでにないほど満腹になれるだろう。
ちょこちょことつまみ喰いをしてから、サメは大きな魔力の餌のところへ向かった。
大きな魔力の餌は、なにやら海の上を飛んでいた。
小さな餌と同じ大きさの身体のようだが、もしかするとサメと似た奴なのかもしれない。
それでも、餌は餌だ。
飛んで逃げられては、陸地に上がっても逃げられるかもしれない。
海に引きずり込めるよう、サメは賢く海で待つことにした。
◇◆◇◆◇◆
ティメンテスが水弾をこちらにぶつけてくるので、コーディは空でひらりと避けた。
風魔法は、海中深くまでは届かないし、威力が半減してしまう。
チャンスは、ティメンテスが飛び出して来たときだ。
何度か水弾を避けていると、元々大きかった魚影がさらに大きくなって海面に上がってきた。
ゆるりとして見えるが、大きいのでかなりのスピードだ。
ふと空中で留まった瞬間、ティメンテスは一気にコーディに向かって飛び出してきた。
コーディはギリギリまでひきつけ、かまいたちをいくつもティメンテスに向けて放った。
空中で避けようのないティメンテスは口の周りを中心に切り傷を作り、空気をばくりと喰うようにしてから海へと戻っていった。
戻る途中にもかまいたちを投げつけてみたが、サメ肌のためか背中側にはあまり傷をつけられない。
攻撃するなら、腹側が良さそうだ。
海から飛び出すとき、ティメンテスはまっすぐコーディのいる方へと向かってくる。
さながらイルカショーのようだが、一瞬の油断が命取りである。
多分丸呑みなので、喰われたところですぐに転移すれば逃げられるだろうが、気持ちのいいものではない。
伸びあがるようにこちらに向かってくるティメンテスを躱して腹側に回り、風魔法の刃で切りつける。
何度も切られたティメンテスの腹には、大きな傷がいくつも赤い筋になっていた。
同じ場所を狙ったところ、大きな傷がさらに広がった。
ガチン!と歯を鳴らしたティメンテスは、身体を捻るようにして海に逃げ落ちた。
そして、そのまま海水に溶けた。
「……やはりか」
透明な海水は、何の影も写さない。
しかしティメンテスの魔力だけは海面から感じられる。
空中を飛びながら魔力の動きを探っていると、突然海面が一部こちらへ伸びてきた。ガムか何かのようである。
横に飛んで避けると、伸びた海水はそのまま弧を描いてコーディを追いかけてくる。そして先端の少し太い部分が突然形を作り、ティメンテスの頭部になって噛みついてきた。
風弾でベチンとはじいてやると、ティメンテスはそのまま全身を現しながら落ちていった。
当然、その腹に傷は見当たらない。水に溶けることで、傷を治してしまったらしい。
しかし、ティメンテスはあまり水に溶けるのは得意ではないのかもしれない。
元の生物としての意識が強いのか、あまり魔法を使ってこなかったのか。
水に溶けてもらわないとゲル化するのは難しいので、プールに誘い込んでからも攻撃を続ける必要がある。
まずは、このまま戦っていこう。
少しずつ、コーディは動きを緩慢にしながら島の方へと移動していった。
ティメンテスの攻撃も、余裕を持って避けていたのがギリギリになったり、少し掠ったりするようになってきたのだ。
攻め時だと理解したのか、コーディをどんどんと追い詰めるようにティメンテスは水弾と噛みつきを繰り返した。
もちろんコーディからも攻撃しているので、ティメンテスも腹の傷を増やしている。
しかし、何度か傷を受けたら水に溶けて傷のない身体になって戻ってくるのだ。
コーディの動きが単調になり、どんどん島の方へと逃げていく。
ティメンテスにもそれは感じられたのだろう、攻撃の一部はコーディで遊ぶようなものへと変わっていった。
そして、とうとうコーディが島に逃げ込んで陸に降り立ち、ふと一息ついたところでティメンテスは動いた。
沖の方からまっすぐすごいスピードで泳いできて、その勢いのまま陸上を跳んでコーディへと牙をむいたのである。
「かかったな」
ひょい、と空中を飛んで後ろに下がったコーディは、そのままプールの上を通過して風魔法を使った。
地上を進んだティメンテスは、地面に着くはずの場所で水中へと落ちた。
大きな水しぶきを上げたティメンテスは、そのまま水中をくるりと動いた。
掘ったプールは、ティメンテスがどうにか身体を納められる程度の大きさだ。
くるりと一周するのが精いっぱいである。
コーディは、低く飛んでプールに近づいた。
読了ありがとうございました。
続きます。