147 魔法青年は巨大鮫を釣り上げたい
よろしくお願いいたします。
大きなプールを作り、立ち位置の確認をした。
魔塔から受け取った水魔法の霧散の魔法陣は、プールの周囲にぐるりと巡らせ、島の人たちにも持ってもらった。
あとは、魔法の準備をして、ティメンテスを釣り上げるだけである。
マーニャのときも、リーベルタスのときも、イネルシャのときも、コーディは彼ら?に餌として見られていた。
膨大な魔力の器へ溜めた魔力が、魔力をエネルギー源とする彼らにとっては豊富な餌に見えたのだろう。
ティモシーや村長たちは、くれぐれも無理はせず、喰われることのないようにうまく逃げること、万が一喰われたらすぐに魔法を使って逃げ出すこと、と口を酸っぱくして言われた。
ディケンズには、この方法でティメンテスを陸にあげ、水に変化したところをドロッとした形状にすることで捕らえると説明していた。返事には、気をつけるようにと書いてあった。
水に変化するまでには、交戦する必要がある。
そのため、プールには半分ほど水を張っておいた。
一日海岸で過ごしたのだが、ティメンテスはやってこなかった。
広い海をうろついているようなので、すぐには会えないのだろう。
その間、海を見張りながら島の人たちは海の恵みを採り、畑を耕し、つかの間の穏やかな日々を送った。
三日後。その日は朝から海の様子が違った。
見た目こそ同じような青く穏やかに輝く水面が美しかったが、海から不穏な魔力を感じたのだ。
まだ少し遠いが、あれがティメンテスの魔力なのだろう。
村長に伝えて、その日は朝から多くの人に村長の家の近くで待機してもらうことにした。
ごく一部、風魔法で戦う術を持つ大人だけは、釣り上げる予定の海岸から少し離れた場所にある釣り小屋に待機してもらう。
最後には物理的な攻撃が必要になるようなので、風魔法の使い手を集めてもらったのだ。この世界において、水魔法の相克にあたるのは風魔法なのである。
―― 多分そのままでもティメンテスは気づくだろうが、わかりやすくアピールした方がいいかのぅ?
考えたコーディは、魔法を使っておびき寄せることにした。
火魔法を使って海岸で焚火をし、ティメンテスらしい魔力の動きを探る。
すぐに気づいたらしいティメンテスは、南東側の海からこちらに向かってまっすぐ泳いできた。かなりのスピードである。
もしかすると、ナム共和国の方にいたのかもしれない。
コーディは、火魔法を追加しながらティメンテスを待った。
しばらくして、その巨体が目視できた。
海面近くを泳いでいるときに見えた背びれは、大人の背を超えるだろう。
黒っぽい身体は、透明な海面からよく見える。
おおよその大きさは、大体20メートルほどだろうか。
「どう見ても鮫じゃのぅ」
軽く風魔法で飛び上がって上空から見下ろすと、その大きさがよく分かった。
確か、地球には過去にメガロドンとかいう巨大鮫がいたという。それは全長15メートルほどと推測されているので、それよりは二回りほど大きいだろうか。
鮫映画を地でいっている。
ティメンテスの上空を飛んでみると、水魔法が飛んできた。
3メートルほどの大きさの水の塊だ。しかも、どうやら圧縮しているようで、海に落ちたときにかなり波が荒立った。
あれで地上を攻撃したら、木造の家くらいなら簡単に潰されるだろう。
人に直撃したら、それだけで身体中の骨が折れるかもしれない。
しかも、その魔法を追いかけるようにティメンテスが海から飛び出してきた。
がばっと開かれた口には鮫によくある三角の歯がずらりと並んでおり、口内を埋め尽くしていた。
ひょいっと避けたコーディは、そのまま海岸の方へ飛んだ。
ティメンテスは、それを追いかけて岸に近いところまでやってきた。
そこから誘うように陸に降り立ち、コーディは軽く内陸側へと走った。
しかし、ティメンテスは海岸近くでくるりと身体を返し、海側に戻ってしまった。
そしてすぐにこちらを向いたり左右に移動したりと、陸に上がる様子はない。
「……しまった、飛んで避けたので警戒されたか」
このまま陸に飛び上がっても、コーディが空に逃げるなら無駄足である。
どうやら、ティメンテスはあまり陸での活動は得意ではないらしい。
少し考えたコーディは、筋書きを変更することにした。
陸側から待っても来ないなら、海上で戦うしかない。
そこであと少しだと思わせて、最後に上陸させるのがいいだろう。
「やっぱり鮫映画じゃのぅ」
ただし、こちらも魔法を使うのでファンタジーなB級鮫映画である。
コーディは、釣り小屋に戻ってティモシーたちに作戦の修正を説明し、すぐに空へ舞い上がった。
ティメンテスが狩りを諦めてしまったら、根本的に方法を変えないといけないので準備に時間がかかり、さらに被害が大きくなってしまうだろうからだ。
まだコーディを諦めていない今がチャンスである。
海の上を飛ぶと、ティメンテスはゆったりと海中を泳いで近寄ってきた。
少し深いところにいるためか、背びれは見えていない。しかし、透明度の高い海なので、上空からは丸見えである。
どこまで通じるかはわからないが、できるだけ海での戦闘で体力を削りたい。
一つ息を吐いたコーディは、魔力の器から魔力をくみ上げた。
◆◇◆◇◆◇
サメは、昔からサメであった。
ひたすら泳ぎ、喰う。
いつか忘れたが、途中で陸の餌がサメを捕まえたことがあった。
さすがに死を覚悟したものだったが、餌はサメに何かしただけで海に返らせた。
そのときからだろう、海が少し狭くなり、海の中の餌も陸の餌も、サメにとって小さくなったし、美味しくもなくなった。
美味しくはないのだが、喰わないといけないことはわかる。
そして、海の餌よりも陸の餌の方がいい。
今までのように嚙みちぎるよりも、丸呑みにした方が腹に溜まることもわかった。腹がいっぱいになったら、空になった餌はそのへんの海に捨てればいい。
だからサメは、海の近くをうろついている餌をどんどん喰った。
しばらくしたら海のすぐそばには餌が近寄らなくなったが、少し陸に飛び上がって動けることが分かったので、陸の方に入っていける水場から飛び上がって喰うという方法も覚えた。
そうしてあちこちの海でうろついていると、陸地に似たような存在がいることがわかった。
似たようなというが、見た目は全然ちがう。
空を飛んだり、陸を走ったり、どれも大きい奴だ。
そいつらが、何やら餌と同じように魔法を使っているのを見た。
似たような奴らが魔法を使えるなら、きっとサメにも使える。
だからやってみたら、小さな海を出せた。
小さな海の塊を餌にぶつけたら、うまくぶつからなくても足止めができて喰いやすくなった。
しかし、魔法を使えば使うだけ腹が減る。
そうしてあちこちで餌を喰っていると、突然小さな岩の近くで餌が魔法を使い、サメに何かした。
そして、サメは広くも狭くもない、よく分からない暗い場所に閉じ込められた。
泳げないし、動けないし、腹は少しずつ減る感じがするのに、魔法を使える感じはする。
しかし、何もできないのに腹が減るのはいただけない。
サメはあえて何もせず、ただじっと待った。喰うときにも、待つという作戦が有効なときがあるのだ。
自分の存在もあいまいになってきたころ、その意志がサメに向けられてやってきた。
読了ありがとうございました。
続きます。