145 魔法青年は再会する
よろしくお願いいたします。
ディケンズの故郷の島に、空を飛んで降り立った。
多分、全員高台へ避難しているのだろうとあたりをつけ、コーディは海岸から離れる方向へと足を進めた。
途中で通り過ぎた誰もいない家には、しかし生活の気配があった。
きっと、機会を見ては生活用品を取りに来たり、家を掃除したりしているのだろう。
しばらく登っていくと、向こうから駆けてくる足音が聞こえてきた。
複数の人の足音だが、大人にしてはかなり軽い。
「あ!やっぱりコー兄ちゃん!」
「うわぁ!コー兄ちゃんだ!」
「どうやって来たの?海に出たらダメなんだよ」
「僕たちはね、ここの木から向こうに下りるの禁止ごっこなの」
「海にいるおっきなおさかなに食べられちゃうんだ」
「おじさん、食べられちゃったの」
「おばあちゃんもだよ」
「三人も食べられたの。だから、もう下りちゃダメなんだって」
「違う島では子どもも食べられちゃったんだ」
コーディは、少し大きくなった子どもたちに取り囲まれた。どうやら、村の人たちも被害に遭ったらしい。
「僕は空を飛んできたんだ。だから、海には出てないよ。村長さんたちはいるかな?色々話を聞きたいんだ」
子どもたちはそれを聞いて、コーディの手を引っ張って歩き出した。
道々聞いたところ、大人の男性が二人、老女が一人、それぞれ海岸での作業をしているときにティメンテスが襲ってきたそうだ。
その少し前に、大雨が続いた日があり、海はもちろん家の外にすらほとんど出られなかったらしい。
しかし、さすがに食材を手に入れたり薪を持ってきたりといった作業は必要だ。子どもたちも、ずぶ濡れになりながらお使いに出た日もあったという。
「でね、海がね、ぶわーってなったんだよ!海から空に雨が降ったの!ほんとだよ!」
両手を振り回しながら教えてくれたのは、7歳の男の子だ。
大雨の中、昼過ぎに祖父の家にパンを届けに行くことになったときに、途中で海の異変を見たらしい。
擬音語と身振り手振りを合わせた説明をまとめたところ、どうやら禁足島のある方向の海が爆発したように見えたようだ。
見に行ってみないとわからないが、多分それはティメンテスが封印を破った瞬間だろう。
海面に向かって魔法でも放ったのが、海から空へ雨が降っているように見えた可能性が高い。
その後、海が荒れていたので子どもたちは海岸に降りることを禁じられていたそうだ。
初めこそティメ様が復活するなんておとぎ話の話だと誰も信じようとしなかったようだが、目撃者が数名出たことで事実だと判明。
子どもたちにも誤魔化すことなく説明して、興味本位で行ってみるようなことがないようにしているらしい。
「お久しぶりです、コーディです」
子どもたちに連れられてたどり着いたのは、丘の上の村長の家。その周りには、以前はなかった小屋がいくつも建っていた。夜を過ごすのに、少しでも上の方が安心なのだろう。
村長の家には、ディケンズの従兄弟であるティモシーもいた。
「コー兄ちゃんが来たよ!」
「空を飛んできたんだって!」
「ティメ様の退治に来たんだよ」
「違うよ、調べに来たんだよ」
「お届けものじゃないの?」
「ねぇ、しゅぎょうまだ続けてるんだよ」
「はいはい!子どもたちはこっちに集合!パンのおやつだよ!」
「またパンかぁ」
「飽きちゃった。でもお腹空いた」
誰かの母親がやってきて、おやつの号令で子どもたちを全員引き連れて行ってくれた。
「久しいな。よく無事でここまで来た」
目の下にクマを作った村長が、疲れたようにそう言った。
「コーディ。子どもたちが飛んできたとか何とか言ってたが……。まずは、こっちへ」
ティモシーが招き入れてくれ、コーディは家の中へ入った。
比較的広いリビングは会議室を兼ねているのだろう、いくつもの椅子代わりの丸太などが置かれていた。
まず、コーディはこれまでの六魔駕獣の復活と討伐について話した。
そして、アレンシー海洋国に伝わる『ティメ様』というのが、六魔駕獣の一つティメンテスで間違いないだろうこと、アレンシー海洋国だけではなくナム共和国の海岸でも同じように人が喰われる被害が出ていることなどを伝えた。
肩を落とした村長とティモシーのほかに、数名の大人たちも一緒に聞いていた。
「そういう、ことか。ティメ様が復活なさったと。あの、化け物がティメ様だったんだな。わしの息子は、ティメ様に喰われたのか……」
村長によると、雨が上がった日の朝、海に慣れた男たちだけで海岸での漁にあたったらしい。
そのときに、村長の息子の一人が海に引きずり込まれたのだという。村長は、たまたまその場面を目にしていた。
「ティメ様は、これまで見たこともないほどの大きさの鮫じゃったよ。祭りは欠かさず行なっておったのになぁ。ティメ様が復活なされたということは、もう島も終わりじゃの」
「親父っ!」
村長をいさめたのは、がっしりした身体つきの壮年の男性だ。言葉から察するに、村長のもう一人の息子なのだろう。
「兄貴は運が悪かっただけだ!簡単に諦めんなよ。親父だって、本島に行って戻ってこれただろう?ガキどもだって大人の言いつけを守って海には近づかない。まだ、何かやりようはあるはずだ!」
「だがなぁ。あんな化け物を相手にできるはずはないし、逃げようもない。喰われてもいいと思ったわしは、海に出ても喰われなんだ。子どもたちも、我慢をさせてしまっている。このままでは、じわじわとやられていくだけじゃ。もう、終わりじゃよ」
がくり、と項垂れた村長は、ゆるゆると首を左右に振った。
「親父……。わかった、もう親父は村長を降りろ。俺が村長になる。コーディだって来てくれた。どうにかして残った全員が助かる道があるはずなんだ。本島からの連絡はないが、だからって諦めるつもりはない」
その場にいた高齢のものは懐疑的だったが、村長に名乗り出た男性と同年代の男たちはそれぞれにうなずいていた。
比較的若い世代の人たちは、諦めるつもりはないようだ。
「コーディ、ここまで飛んできたと言っていたな?それは、俺たちにもできる方法か?」
村長の息子は、その場にいた男たちの承認をもぎ取って新村長に就いた後でそう聞いた。
首を横に振ったコーディは、新村長を見据えた。
「いいえ、魔塔の研究者でも一部の人しかできない魔法です」
「そう、か……。俺たちが、安全にここから抜け出す方法は何かないか?」
「方法はいくつか思いつきますが、それよりも根本的な原因を無くす方が今後のためでしょう」
コーディの言葉に、男たちは虚を突かれたように黙った。
「……コーディ、お前まさか」
新村長がかろうじて返した言葉に、コーディはうなずいた。
「ティメンテスを倒します。それが一番確実ですから」
「そんな、無茶苦茶な」
「あんな化け物を倒すなんて、さすがのコーディでも無理だろう」
「いいえ、やります。ほかの六魔駕獣も倒せたんですから、ティメンテスだけ倒せないなんて道理はありません。ただ、方法は考える必要があります。ティメンテスは水に溶けるはずなので、海に逃げられては手の出しようもありません」
言い切って見回すと、比較的若い男性たちは希望を見いだしたように顔を上げた。
「水になる?海に溶けるということか?」
「そういう感じです。ティメンテスは、海さえあればいつでも陸から離れて人に見つからずに逃げられるということです」
男たちは、互いに顔を見合わせた。
「そんなやつを、どうやって捕まえるんだ?どこかの入れ物にでも入れるのか?」
「そうですね。凍らせるなりなんなりして固めて、別の入れ物に閉じ込めたら捕まえられます。あとは、相克の関係にある風魔法をうまく使ってティメンテスの魔力を消費させ、固めた身体を崩してやれば討伐できるでしょう」
「そんなことが……」
「やるしかないだろう、村長」
「そうだな。しかし、水を捕まえるのか……」
コーディも混ざって、どうしたものかと首を捻った。
読了ありがとうございました。
続きます。