144 魔法青年は北へ飛ぶ
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次の日、コルニキュラータ首長国の各首長から、マーニャの核となったウミガメを魔塔が保管・調査する許可を得た。
貴重な資料を貰い受ける対価として何か必要になるかと思っていたが、むしろ首長国が払うと言われた。治療の魔法陣と火魔法の霧散の魔法陣を無償提供してもらったので、その対価の一部としてウミガメを譲渡するそうだ。
また、魔塔から「マーニャが最後にいた場所周辺を調査したいので、研究者を二人ほど長期滞在させたい」という要望が来た。そこで、滞在・調査の許可と協力、その滞在費を首長国が持つことで魔法陣の対価とすることで調整がついた。
ウミガメはそこそこの大きさだが、少しだけ自分の方の手紙転移の魔法陣をいじって送ることができた。
リエトたちの目の前でウミガメの遺体を転送した後で、コーディは今後のことについて説明していた。
「まだ少し、こちらの魔獣の暴走は収まらないかもしれません。プラーテンス王国の北の方と、アレンシー海洋国の海の両方で、六魔駕獣が復活したようなんです」
「なんやて?!それは……大丈夫なんか?」
「今のところ、プラーテンスの北側にある魔獣の森からヴィーロックスが出てくる様子はないそうです。プラーテンスは押し返していますが、レイシア商民国は森から出てくる魔獣の被害にあっていると聞きました。その影響もあって、コルニキュラータ首長国の北西側は魔獣の暴走が続くと思われます」
「レイシア商民国か……。あそこは、冒険者を招致はしとるけど、扱いはそこそこや。どっちかというと商売で成り立っとる国やからなぁ。武力っちゅう面からみるとちょっと弱い。議会が国を動かしとる分、いろんな意見が出てバランスを取っとるけど、複数人が審議するから動きが遅い。それで後手に回っとるんやろなぁ」
リエトは顎に手を当ててそう言った。
現在のレイシア商民国については、コーディはあまり知らない。
しかし、過去のこともあってきっとプラーテンスに助けを求めることもできずにいるのだろう。
「レイシアには、冒険者ギルドの方に声をかけるように伝えとこか。プラーテンスにいとる冒険者に余裕があるんなら、呼んだら来てくれるんちゃうか」
リエトがそう言うと、宰相のパオリがうなずいた。
「ほな、こっちからレイシア商民国に連絡を入れさせます。それから魔獣の暴走ですけど、コルニキュラータの北西やったら、フェーメやコッリーナ、オーベストあたりですかね」
パオリが言った三国は、コルニキュラータ首長国の北西側に位置している。プラーテンス王国と国境を接しているのは、フェーメとコッリーナだ。
「せやな。そもそもマーニャの影響でまだ魔獣が暴れとるけど、それが長引く可能性があるってことや。その三国には通達して、ほかの国で余裕が出たらサポートせなあかん」
パオリはうなずいた。
「通達の準備をしときます。フェーメとコッリーナに関しては他の国よりもプラーテンス王国からの流入が多い分、少しは被害を抑えられると思いますけど」
「せやな。まぁ頼むわ」
「かしこまりました」
一区切りついたのを確認したコーディは、鞄から(と見せかけてアイテムボックスから)取り出した紙の束を執務用の机の上にどさりと置いた。
「これは、魔塔から預かった追加分の治療の魔法陣です。この魔法陣はさらに改良されて、ケガの治りがかなり早くなっています。コルニキュラータ首長国の各国にも送付したようなので、これはカロレ国でお使いください」
「これか。ほんまに助かるわ。パオリ、半分は冒険者ギルドに配布して、残りは兵士たちに」
「あ、冒険者ギルドには別途送っていますので、気にせずにカロレ国内で使ってください」
国ごとに渡し、冒険者にも配布する流れだったが、それができない国があったのだ。
発覚したのはアルピナ皇国。ほかにロエアス公主国やヴォルガルズ皇国なども、国の兵士や騎士にだけ配布して、依頼で来た冒険者は自己責任と言って渡さなかった。余った分は、別に現地に行くわけでもない貴族が持っていったという。
いずれも、魔獣は暴走しているものの六魔駕獣の被害に直接あったわけではない国だ。
アルピナ皇国からアルピヌム公国へと逃げ出した冒険者が、その情報をギルドにもたらした。
そして、魔塔から冒険者ギルドの方に直接渡すことになった。
冒険者を使い捨てにしようとした国には、魔塔から「それだけ持ってたらもうほかには何もいらないよね」という通達がいった。それはもう焦った言い訳と謝罪が返ってきたそうだ。今後の対応は、各国の冒険者ギルドからの報告を聞いてから考えると返事をしたらしい。
魔塔にとって冒険者ギルドは協力者でもある。そもそも現場で魔獣退治に当たっている人のためにと配布したのに、依頼で呼んだ冒険者に治療の魔法陣を渡さないなどと想定もしていなかっただろう。
各国との会議の場でも改めて「これらの国には誤解を与えたのかもしれない。だから、冒険者ギルドにはこっちから直接渡すね」と宣言した。該当する国は今後肩身の狭い思いをするだろう。
「そうなんか?せやったら、この数あれば余裕で行きわたるな。南が多めになるように配布したってくれ」
「かしこまりました。魔塔には時間を見てこの分の返礼品を何か送っときましょ」
「頼む。せや、お茶やらなんやらもええやろうけど、魔獣の素材があったら上質なやつを集めといてくれ。それを送った方がよっぽど喜ばれるやろ?」
リエトがコーディに向かって聞いたので、大きく首を縦に振った。
話し合いを終えたコーディは、カロレを発った。
……ように見せかけて、転移を繰り返してアレンシー海洋国へ向かった。
大陸の南から北までのような長距離を一気に転移するのは厳しい気がすることもあるが、国境を越えた記録があった方がいいと考えて、途中の国に降り立って国境を越えては国内を転移するという方法を取った。
コルニキュラータ首長国からプラーテンス王国へ、そこからズマッリ王国、ハマメリス王国、マラコイデス王国、ナム共和国と順番に転移していく。途中で休憩もいれながらの移動で、どうにか一日でナム共和国までたどり着いた。
ナム共和国内を移動すると、以前は賑やかだった港町が閑散としていた。
ティメンテンスによる強襲を恐れて、ほとんどの人が内陸側へ引っ込んだのだという。海での漁も禁じられており、漁師たちは川や湖で細々と生計を立てているらしい。
コーディが以前滞在した港町もほとんど人がおらず、かろうじて開いていた商店は、動けない、移住したくない人のために店をやっているだけだと言っていた。そして、海から怪物が出てきて人が喰われるのを見た人がいるという話を聞かせてくれた。
「あんなでっかい化け物が海にいるなんて、もうダメかもしれないな。今は海にしかいないが、いつ川を上ってくるかわからないんだ。うちは何とかぎりぎりまで頑張るつもりだけど、もうほかの店は軒並み畳んで別の町だよ」
「その化け物は、海からこちらに上がってきたんですか?」
「そうらしい。堤防を越えて上陸しながら人を喰って、それから跳ねて海に戻ったんだと。見てたやつが助かったのは、たまたま少し離れたところで木の陰にいたからだと聞いた。その跡を見に行ったが、堤防も船も、陸上にあった木や草も軒並みびしょぬれになっていた。船より大きいって言うんだから、本当に恐ろしいよ」
店主は、身を震わせてそう言った。
もうしばらくはこの町で頑張るらしいが、今ある商品を売りきったらどうするか考えるそうだ。
コーディはお礼を言って、売れ残っているという芋を買い取った。
そこから少し移動して、全員が避難したという漁村にやってきた。
ここなら、転移しても見られることはないだろう。
村から見える海は青く澄んで穏やかで、化け物が潜んでいるようには見えなかった。
転移した先は、師であるディケンズの従兄弟、ティモシーの家の前だ。
村長の家はこの島の一番高いところにあり、ほかの家はそこから少し下がったところに建っていた。海に接するような場所には港と作業場しかなかったが、子どもたちも海岸でよく遊んでいたのだ。
くるりと見渡した村には、人っ子一人見当たらなかった。
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