143 魔法青年と次の情報
よろしくお願いいたします。
集まった魔力が一瞬躍動したように感じた直後、一気に霧散した。
「うわっ?!」
「なん、だ、これ」
「ぅうぐ」
やはり、魔力の乱れに慣れていない者が多いのだろう。
魔力の巨大な流れが通り過ぎた後には、しっかり構えていたとはいえ耐えきれずに膝をつく兵士が多数存在した。
川の跡にできたクレーターには、砕けた氷が散らばっていた。
かなり使ったはずのコーディの魔力の器は、たっぷりと魔力をため込んでいる。
周辺に感じる魔力もかなり濃いので、兵士たちにはまだ辛いかもしれない。
「もう、終わりました。この近辺からは魔獣が逃げ出していると思いますが、魔力の揺れで辛いと思いますので、本土に戻りましょう」
多分、この魔力の霧散はカロレ国だけでなく近隣の国にも伝わったはずだ。魔獣の暴走もまだ続くだろう。
コーディの言葉に、団長は耐えるように眉を寄せたままうなずいた。
「総員、撤収!歩けない者には手を貸すように!一度本土に戻るぞ!」
「「はいっ」」
心なしか、兵士たちの返事に覇気がない。
クレーターの中央付近に何かあるのが見えたので、コーディは歩いて確認しに行った。
そこには、80センチほどの大きさのウミガメが横たわっていた。多分、成体だろう。その甲羅や足には、何かで傷つけたような跡がついていた。
「いたましい。この魂が、正しく循環していればいいのだが」
さすがに、マーニャにその魂があったかどうかまではわからない。
だから、コーディは静かに祈った。
本土に戻ると、さっそく魔獣が暴れていた。
復活した兵士たちとともに魔獣を蹴散らしながら、カロレ国の宮殿に向かった。
先に手紙で知らせていたこともあり、兵士たちとコーディは大歓迎された。
「よう、ようやってくれた。おおきにな。あのよくわからん魔力の嵐みたいなやつが、最後の残り香みたいなもんなんやろ?ほんまに、誰も大ケガせんでよかったわ。あの島が落ち着いたら、また亡うなった住民を探しに行かなあかん」
リエトがしみじみとそう言った。
「ありがとうございます、タルコット殿。万が一と思て船は準備しとりましたが、ヴルカニコ島の横を抜けんと外海には出られへんのです。もし魔法陣の展開にもっと人数がいるって教えてもらってへんかったら、通信の魔道具をもらってなかったら、国ごと滅んどったことでしょう」
続けて頭を下げたのは宰相のパオリだ。
まだまだ二人とも疲れ切った雰囲気だが、コーディたちを見送ったときのような、万が一の覚悟を決めた堅さは抜けていた。
コーディも、何とか大きな犠牲を出さずに済んだことにほっとしていた。
しかし、彼らはまだこれから暴走した魔獣の処理があるし、ヴルカニコ島の対応もあるだろう。マーニャは何度も地下に潜っていたようなので、マグマが残っているはずだ。その影響を受けるだろう火山の活動にも気をつけないといけない。
すべて解決とはいかないが、とにかく大きな脅威は去った。
マーニャをどうやって討伐したか、残ったウミガメの遺体を魔塔に送ってもいいかなど、諸々を確認してからその日は休むことになった。
ウミガメの遺体については、リエトは許可してくれたが、一応コルニキュラータの全首長国に確認を取ってからということになっている。さすがに、各国の魔法陣を動かした経緯もあることなので何も言わないわけにはいかないだろう。
ディケンズに報告の手紙を書いて送ったところ、すぐに返事がやってきた。
「おぉ、水魔法と木魔法の霧散の魔法陣も進めてくれているのか。ん?まさか。……いや、これはそうとしか言えんだろうな」
ディケンズの返事には、コーディをいたわる言葉のあとに、ティメンテスとヴィーロックスへの対処として霧散の魔法陣を開発していること、迷いの森の中の封印をどうにかするため、魔法陣を上書きしようと研究を進めていて完成が見えてることが書かれていた。さらに、アレンシー海洋国からの救援要請があったことも。
アレンシー海洋国からの救援要請は、まずは漁に出た船が帰らないことが増えたこと、海岸で作業していたはずの人が行方不明になる事件が唐突に大量発生したこと、そして一部の目撃証言から、その原因が巨大な鮫のような海の生き物であるらしいことが書かれていたそうだ。
他国からの船も途絶え、アレンシー海洋国は孤立しつつある。
似たような被害が、大陸側の隣国であるナム共和国でも発生しているらしい。
海に近づかなければ何とかなる、ということで、ナム共和国には海岸線に近づかないようにという命令が国民に下されたようだ。
アレンシー海洋国は、島国なのでそれが難しい。
そこで、見張りを立てて海を確認しながら海岸での作業を行なって海産物を取り、なんとかしのいでいるそうだが、それでも被害が絶えないのだという。
各島での被害ははっきりしておらず、命がけで本島にやって来た人々によってその情報がもたらされた。
ディケンズの故郷の島の人も、命からがら本島まで船で来て、状況を説明してからまた戻っていったらしい。本島には手紙転送の魔道具があるので、今回救援要請を出してきたという。
コーディは、唇を噛んだ。
ティモシーをはじめとした気の良い彼らが無事かどうかがわからない。
手紙の転送でもできればいいのだが、彼らに魔道具を渡していなかったのだ。
しかし、後悔は先に立たない。
コーディは、マーニャの核になったウミガメについて、コルニキュラータ各首長国からの持ち出し許可を待っていた。その間に、次にどこへ行くか決めた。
しかし、その決心はすぐに揺らぐことになった。
夜中のうちに、ヘクターから手紙が来たのだ。
なんでも、プラーテンス王国から声がかかり、ブリタニーもろともズマッリ王国から帰国したという。
理由は、魔獣の森から出てくる魔獣が唐突に増加し、調査に向かった数組の冒険者たちが、巨大な狼型の魔獣を目撃したからだ。
「嘘だろう……ヴィーロックスも出てきたのか」
まさかの二体同時に出てきたという状況である。
ヘクターの情報によると、スタンリーと合流して魔法が得意な貴族の一団に加わり、ブリンクに拠点を構えて魔獣の森で暴走する魔獣を退治することになったそうだ。
冒険者たちも次々と魔獣の森に来ていて、今のところ前線はなんとかなっているという。
良くなさそうなのはむしろレイシア商民国の方で、あまりプラーテンス側から押し返しては向こうに被害が出るため、適度なところで引いているそうだ。
しかし、巨大な狼型の魔獣は、ほかの狼型の魔獣を引き連れて突然森の中に現れては人を喰っていくという。
今のところ巨大な狼魔獣は魔獣の森から出てくる様子はない。しかし、このままだとそのうち出てくる可能性がある。
それについて、一応国から魔塔に問い合わせをする予定らしいとあった。
何とか対応できているからかもしれないが、できればもう少し早く知らせてほしかった。
「どうするかのぅ……プラーテンスの方は、今のところ何とか耐えておるようだが」
それでも、被害は出ているのだろう。友人たちも前線にいると聞いたので、コーディとしてはすぐそちらに行きたい。
しかし、ろくな抵抗もできずに被害が出続けているのはアレンシー海洋国の方である。
まずは魔塔に報告が必要だろうと考えて、コーディはディケンズに手紙を送った。プラーテンス王国とレイシア商民国に、できるだけ急いで木魔法の霧散の魔法陣を届けてほしいこと、ヴィーロックスは狼型のほかの魔獣を従えているらしいこと、人が喰われていることをまとめておいた。
そして、プラーテンス王国は何とか前線を守っているが、レイシア商民国の方は被害が大きいらしいことも書き添えておいた。
レイシア商民国から魔塔への救援要請はないようだが、もしかしたら魔塔ではなく他国に救援をもとめているのかもしれない。
ディケンズから返事が返ってきたのは、その日の昼であった。
読了ありがとうございました。
続きます。