142 魔法青年はマグマを冷やす
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ついてくるマーニャは、急ぐ気はあまりないようで、歩くような速度でマグマの池を前に広げては泳いでくる。コーディがマーニャ自身からつかず離れずのところを飛んでいるので様子を見ているのだろう。
地面を熱で溶かしながら進んでいることを考えれば、十分とんでもない速さだ。
ときおり、大きな火魔法が飛んできたり、大きな口をこちらにパクパクと開いたりしてきた。どうも、餌だと思われているようだ。火魔法は、時たまとんでもない方向に飛んでいった。
途中で見かけた魔獣は、マーニャを確認したとたんに逃げていった。
良さそうな場所を見つけたコーディは、その上空で止まった。
川底の部分を土魔法で丸く掘り起こし、深さと広さを確保する。
おわん型にくりぬいた場所へ誘導すれば、マーニャはのんびりとその中を進んでいった。ゆるりとおわんの底あたりに居座ったところで、念のため周囲をぐるりと三メートルほどの壁で囲む。
これで、マーニャの全身を二酸化炭素の中に留められるだろう。
まずは逃げられないよう、おわん型の部分の少し外側を半球状に指定し、コルニキュラータの各首長国が保有している魔法陣を参考にした地面を凍らせる魔法を起動。
まだマーニャは逃げられないことに気づいていないので、そのまま進める。こちらを見たマーニャは、パカリと口を開けて大きな火を放ってきた。
「おっと……随分と、高温の炎だな。さっきとは少し違う」
コーディが上空の同じ場所に留まっているので、マーニャも方法を変えてきたということだろう。
こちらは、まずは大きい魔法をぶつけようと思う。
大きくなった魔力の器からごっそりと魔力を引っ張り出し、イメージを固める。
周辺の二酸化炭素を集めて動きを止めて固める。足りない分は、空気中の酸素とそのへんで燃えたものから抽出した炭素をくっつけて二酸化炭素にしていく。
この周辺の二酸化炭素が少々増えたところで、惑星規模で考えれば誤差だろうから気にしない。
そうして準備したドライアイスを、一気にマーニャに纏わせた。
真っ赤に光る巨大亀が真っ白なもので覆われ、周辺が一気に白い雲に覆われた。
さらに追撃として、ドライアイスの霰を降らせていく。
上空にいてもわかるほどに、どんどん気温が下がっていった。
ゆるりと白い雲が溶けていくにつれて、マグマの池だった場所が見えてきた。
黒い石のように見えるが、冷えたマグマだろう。
そして中央付近には、赤くない大亀がいた。茶色と緑が混ざったような色だ。多分、元の亀の色だろう。
のし、と足を動かしている。ただし、ウミガメ型のためか陸上での動きは少し鈍い。
「なんと。あの辺りにはもう二酸化炭素しかないはず……」
さすがの大亀でも酸素がなければ動けないと踏んだのだが、少し空気が残っているのかもしれない。
コーディは、さらに追加としてドライアイスの霰を落としながら様子をみた。
しばらくたっても、大亀は気を失うことなく、ゆっくりとだが動いていた。なんなら、こちらに火魔法を放とうとする動きすら見受けられた。
「ふむ……動物を模しているが、動物ではないということか。普通の魔獣ですら、息ができなければ消えるものだというのに」
少なくとも、マーニャは酸素を取り込む存在ではないらしい。
魔力さえあればいいのかもしれない。
その様子を紙に写しとり、考えをメモに書いておいた。六魔駕獣はまだあと三体残っているのだ。何がヒントになるかわからない。
壁の上端からドライアイスの雲が流れ出た。
念のため、おわん型の場所から二酸化炭素が出てこないよう蓋代わりに風魔法で空気をとどめておいた。
雲が溶けて中が見えると、やはりマーニャは鈍く動き、そしてコーディの動きを顔で追いながら口を開いては何かしようとしている。
酸素がないだけで気を失ってくれたら、という希望もあったのだが、残念ながら思い通りにはいかないらしい。
作戦通り、次はドライアイスを大量投入してそのまま融かさずに留め、マーニャ自身を冷やす。そのまま凍って討伐できるならいいが、凍らせただけで解決するとも思えない。
イネルシャなどと同じように考えるなら、マーニャが内包する魔力を使って変換する過程が必要だ。
炎になれない状態のマーニャを、どう変えるのか。
相克からは水に変えるのが良さそうだが、そのままで変換できる道筋が見えない。マーニャの身体が凍っても倒せない可能性がある。
次点としては、水で満たしてその中に閉じ込めることだ。こちらは水さえ用意できれば難しくないだろう。水に溶かすのであれば、マーニャの魔力を利用して何とかなる気がする。きちんと溶けるかどうかはイメージもあるかもしれない。濁ったまま混ざった状態でも討伐できる可能性はあるものの、なんとなくだがきちんと溶かした方がいいように思う。
おあつらえ向きに、今のマーニャはへこんだ場所に留まっている。水は、それこそ水魔法で用意するのが良いだろう。
コーディは、もう一度魔力を取り出してイメージを膨らませた。
マーニャは熱エネルギーなので、簡単に水に溶けるのである。
どぼん、と水の塊が窪地に落ちた。
マーニャは突然水に浸かって一瞬固まり、そして火魔法を使おうとした。
水中でなら、場合によると炎を灯せるだろうがその隙は与えない。
飛行をやめて塀の上に立ったコーディは、マーニャの魔力に集中して、その組織を分解した。
抵抗する暇もなく、マーニャは水に溶けていった。
次に、水魔法を応用してマーニャが溶けた水を表面に移動させ、すべて氷に変化させる。
川の跡をせき止めたような円形の池が、凍り付いた。
「……ふう。すごい勢いで魔力を使ったな」
向こうの海には、コーディを乗せてきた船が見えた。
コーディが手紙転送の魔道具で合図のメモを送ると、船はこちらに近づいてきた。
彼らを待つ間も、油断せずに凍った池をそのまま保つ。コーディ一人で壊してしまうことも考えたが、それでは時間がかかるし、下手に魔法を使って復活されてしまっても困る。
ここは、氷を物理で壊してしまうのがいいだろう。
団長たちを待つ間に、マーニャを溶かしていないただの水を川下へと流していく。そして、氷の下は凍った土で埋めた。これで、大人数でこの氷を割ることができる。
上陸してやって来た団長や兵士たちは、凍った池を見下ろした。
「向こうからちらりと見えてはいたが、これがそうなのか。向こうから見てはいたが、信じられないな」
「はい、マーニャを溶かした水を凍らせています。これを砕けば、マーニャを討伐できるはずです。最後に魔力が霧散しますので、それだけ注意した方がいいでしょう」
団長が兵士たちを振り返ると、彼らはそれぞれに打撃系の武器を手に持った。
「では、作戦二を遂行する!」
「「はいっ!!」」
「合図をしたら、武器を構えろ!」
「「はいっ!」」
「はじめっ!」
団長のかけ声により、兵士たちは池のあちこちへと広がった。
どこか半信半疑なところもあるようだが、団長も言った通り、海上から見えていたのだろう。万が一マーニャがここで復活したら、というような疑惑と恐怖も感じ取れるような表情の兵士たちは、団長の合図とともにハンマーやつるはしを振り下ろした。
コーディも土魔法で作ったハンマーを持ち、氷の上に立った。
がつん、ごりっ、とあちこちから氷を叩く音がする。
氷を叩きながら聞いたところによると、少し近づきすぎたときに火魔法が飛んできて、火魔法の霧散の魔法陣が活躍したらしい。そして、冷却の魔法陣はここに来るまでの地面が熱を持っていたので助かったという。
地面に関しては、マーニャがあちこち移動した関係でマグマが地中に残っているのだろう。もしかすると、火山のマグマとつながってしまっている可能性もある。
今後この島をどうするかは検討が必要だろう。
大人数で氷を叩き砕いてしばらくすると、魔力が集まる気配があった。
「魔力が集まります!」
「総員、構えっ!」
氷に溶けていたマーニャだった魔力は、属性を持たない魔力として一ヶ所に集まりだした。
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続きます。