140 魔法青年はマグマを見る
よろしくお願いいたします。
冷却の魔法陣を量産したコーディは、リエトたちが待機する執務室へ持っていった。
マーニャに対する防御としてもだが、現在あちこちで暴走している魔獣による火魔法の対策としても使えるからと言って渡せば、とても感謝された。
マーニャは相変わらずヴルカニコ島から出てはこないが、外に向けた炎の攻撃が増えてきたらしい。その火魔法も、飛距離が延びてきているという。危険なので、見張りの兵士たちは少し離れた海上から観測するに留めているそうだ。
一日することがなくなったコーディは、カロレ国の魔法陣への魔力供給をしてみた。
「あ、もう充分です!ほとんど一日分になりました。すごいですね、ありがとうございますっ!」
管理している魔法使いに止められたが、コーディの魔力はまだまだ余っていた。
思ったよりも魔力の器が大きくなっている。
やはり、この六魔駕獣の復活が世界の危機となっていて、解決していく中でコーディは上界真人へと近づいていくのだろう。すでに、魔力の器は人として想定される大きさを超えている。
しかしこんな状況なので、喜ぶ気にもなれない。
すでに多くの人が亡くなっていて、壊滅した村や町もある。このままではもっと被害者が増えそうなのだ。自分があと十人いれば、まだ封印が解けていないところを上書きするなり、暴走している魔獣を討伐して回ったりできるだろうに。
コーディ一人の手が届く範囲はあまりにも狭い。
あのとき出会った上界真人も、同じような葛藤を経験したのだろうか。
まずはできることをと考え、コーディは近隣の魔獣退治に参加することにした。
二日後、魔塔から火魔法の霧散の魔法陣が送られてきた。
風魔法のときよりもさらに効率化されていて、研究者たちの本気が感じられる。
魔法陣を持っていれば、二メートルほど外側で火魔法が霧散するようになっていた。指定場所が遠すぎるともう少し魔力がいるし、魔力を減らしたまま指定場所を遠くにするなら魔法陣が大きくなってしまう。
調整に調整を重ねた結果だとわかる。
火魔法の霧散の魔法陣も量産してくれていたので、そのままリエトたちのいる執務室に持ち込んだ。
そこで、改めてマーニャ討伐作戦について確認した。
兵士たちだけではなく、船にも火魔法の霧散の魔法陣をつけて、ヴルカニコ島へ近づく。
各首長国が展開している冷却の魔法が効いている場所の外側から、マーニャに向けて水魔法を放つ。
火が消えたところで近接武器で叩き、討伐する。
大まかな流れはそうだ。
コーディは、遊撃として対応。
そう聞いたが、これまでの経験から思うところがあったため意見した。
「マーニャが、炎そのものになる?」
「はい、その可能性があります。イネルシャは土に溶けましたし、リーベルタスは風になっていました。同じような存在だと考えると、マーニャは炎そのものになる可能性があります」
それは、魔塔の研究者たちも予想していることだ。
イネルシャたちと同じく、何らかの動物の身体を核としており、大きな身体は属性に応じたものに溶けると考えられる。
マーニャは大亀なので、核には亀が使われているはずだ。そして、全身を炎にできるだろう。
コーディには、不思議に思うことがあった。
炎とは、燃焼反応であって物質ではないのだ。ほかの属性は、物質そのものや物質の動きである。
一方、炎は物質が酸素と結びついて反応する際に出る可燃性ガスが酸素と反応して放出される熱エネルギーだ。
つまり炎は単体では存在しないはずであるが、少なくとも火魔法を使うときには炎のみで発現する。
よくあるファンタジーの魔法のイメージだったため疑問にも思わなかったが、よく考えればおかしい。
なぜだろうと思ったが、それこそがイメージの力なのだろう。
つまり、マーニャは全身を炎という熱エネルギーに変えられる。
そんなものをどうやって捕まえるのか。考えた結論は、炎が『酸素と結びつく反応』であることを利用すること。
酸素が周りになければ、燃焼反応は起こりえない。つまり、炎になれない。
空気がなければいいなら、丸ごと包んで真空にしてやればいい。しかし、常に高熱のままであれば、ポリ袋など一瞬で溶ける。かといって金属の箱なども、土をマグマに変える高温には耐えられないだろう。あれこれ対策するには複数の魔法を組み合わせないといけないので、別の方法を選びたい。
次いで考えられるのは、周りを酸素以外の空気だけにすることだ。
空気中に多いのは窒素だが、あれは比較的軽いので地表に留めるのは大変だ。
最も簡単なのは二酸化炭素である。そして、冷却が効くのであれば、使いやすそうなのはドライアイスだ。二酸化炭素は重いので、大量に準備して風魔法で留めることも簡単だろう。
空気中の二酸化炭素を風魔法で集めて分子の動きを止めて固めることで、大した労力もなくドライアイスが出現する。これに関してはすでに実験済みだ。
風魔法によって作り出すものなので、マーニャにも効果が高いと予測できる。
「冷やした空気が氷になる?……よぉわからへんけど、魔法でできるんやったらそうしてくれればええ。冷えて、火魔法が使われへんようになるんやったらこっちは動きやすくなるしな」
「ありがとうございます。それから、この魔法を使っている間はマーニャに近づけません。息ができなくなると思うので」
空気を吸い込んでも酸素が取り入れられずに窒息することだろう。
「毒か?」
「身体に取り入れるための酸素……必要な成分がなく、意識を失うということです。簡単にいえば、我々は空気を吸い込んで必要なものを取り入れているので」
「人間の呼吸に必要なもんが、マーニャの火魔法にも必要やってことか。それがなかったら抑えられるねんな。わかった。通達しとくわ」
こちらでは、呼吸は生きるために必要だという認識はあるが、その理由までは突き詰められていない。ざっくりと、空気を吸い込むことで身体を動かせるが栄養にはなっていない、という程度だ。
空気にいくつか種類があるというのも一部の学説であり、一般的ではない。それをさらりと理解するあたり、リエトは首長になるにあたりかなり幅広い知識を身につけたのだろう。
コーディの魔法によってマーニャの動きを止めた後で、同じく風魔法で二酸化炭素を散らしてから総力戦に出ることが決まった。水魔法も万が一のために準備しておく。
マーニャの身体が凍ることも想定して、剣だけではなくハンマーなどの打撃武器も準備する予定だ。
団長にも作戦を共有し、決戦に備えた。
ディケンズにも、手紙で簡単に作戦を説明しておいた。
すると心配の言葉の後にドライアイスについて詳しく、と書かれた鼻息荒い手紙が返ってきたので、気体・液体・固体と分子構造の関係を簡単に説明し、空気の中の一部の成分だけを集めて動きを止めたうえで固めると固体になると解説して返した。
氷を魔法で出せるようになっているディケンズなので、きっとすぐにでも習得するだろう。
そして作戦決行日、コーディは団長をはじめとする兵士たちと一緒に船に乗り込み、ヴルカニコ島を目指した。
見えてきた島は、以前とは様変わりしていた。
豊かだった緑はすべて燃えた黒い何かに変わっており、全体的に黒っぽい島になっていた。町の名残はあちこちに残っている塀や屋根の瓦礫くらいだ。そして一部、幅百メートルほどで帯状に白っぽいところがあり、そこはあまり被害はなく元のままに近かった。白っぽい帯状の部分が、大型魔法陣によって冷却されている場所だろう。
船でゆるりと島の周囲を大きく回ると、ローゾ山に近いところにマグマの池が見えた。
読了ありがとうございました。
続きます。
※誤字報告いただいた方へ
「炭化反応」→「酸化反応」といただきましたが、正しくは「燃焼反応」でした。
ご指摘くださってありがとうございます!
ちゃんと調べ直して修正できました。見直し大事です……。




