139 魔法青年は報告を聞く
よろしくお願いいたします。
次の日、コーディは冷却の魔法陣を調整するついでに、効果の出方も少しいじった。人から離れた外周部分をより冷やすようにしたのだ。言うなれば、低温のバリアのようなものだろう。
マーニャは相変わらずヴルカニコ島の中でマグマを作って泳いでいるらしいが、こちらから何もできず膠着状態のままだ。
そして改良した冷却の魔法陣を魔塔のディケンズに送ると、彼からは魔塔で共有している資料が送られてきた。
その手紙には、『六魔駕獣の性質については戦闘に役立つので共有してもいい、しかしそれ以外に予想されていることがあり、文字に残せないので人に聞かれない場所で通話したい』と書かれていた。
各国に共有できない情報など、嫌な予感しかしない。
しかし聞かないわけにもいかないため、コーディは借りている客室の中で防音の魔法を発動し、通話の魔道具を起動させた。
『おぉ、コーディか。冷却の魔法陣を見たぞ。これはいいな、かなり魔力が抑えられているし、持ち主自身はあまり寒くない』
「そこは調整しました。寒いと動きが鈍くなるかと思いまして」
『なるほど。確かに、騎士や兵士に持たせるなら、そのあたりも配慮せねばならんな』
「はい。どうやら、コルニキュラータ周辺で暴走している魔獣にも火魔法を使うものが多いらしいので、できるだけ複製して配布しようと思っています」
『そうか。あぁ、コーディはほかの役割もあるだろう。コルニキュラータのほかの首長のところへは魔塔から送るから、カロレ国の分だけでいいぞ』
コピーはそこまで負担でもないのだが、時間はかかる。頼めるのであればとてもありがたい。
「ありがとうございます!とても助かります」
『これは、色々と生活にも応用できるな……。まあそれは終わってからのことじゃ。まずは、今回の本題じゃな。人に聞かれない場所におるか?』
「場所というか、僕の周辺だけ音が漏れない魔法をかけました。誰かが入ってきたら見えるので問題ありません」
『わかった。では、今回わかったことをまずは共有しよう。イネルシャの遺体やリーベルタスの化石を色々と解析した結果じゃがな、ごく小さく魔法陣が彫られていた。レンズがないと読めないほどのものじゃよ』
「魔法陣が?」
『そうじゃ。つまり、六魔駕獣は人の手の入った何かということだな』
ぞわり、と鳥肌が立った。
「あんなものを、作ったんですか」
『そう考えられる。どうやら魔法陣は超古代魔法王国の文字で描かれているらしい。小さすぎることと、少々見慣れない文字もあって解読は途中じゃが、あの虫や骨は魔法の核のようなものとして使われたようだな。核を中心として魔力を集めて形を作るらしいところはわかった。あとは、自ら魔力を集めるような記述があった。普通は魔力の器にゆっくり溜まっていくものだが、能動的に集めるようだな』
コーディは思わず眉を寄せて目をつぶった。
「では、魔獣や人を喰うのは、魔力を吸い出すためと考えられそうですね」
リーベルタスから落ちてきた魔獣や戦士たちは、身体はなんともなかったのだ。死んでいた魔獣からは、魔力が欠片も感じられなかった。普通は、遺体にほんのりと魔力の残り香があるものなのだ。
戦士たちによると、呑み込まれてすぐに魔力の器から魔力が消えていくのを感じたという。
そのあたりを説明すると、ディケンズは相槌を打った。
『そうか。ふむ、あり得るな。魔力の身体を維持するためにも、常に大量の魔力を必要としているだろうからな』
「そうですね。なら、魔力の摂取をできないようにすれば、六魔駕獣の動きを阻害できるんでしょうか」
『確かに、できるかもしれん。……そのためにも、解読を急ぐ必要があるな』
魔法陣の魔力を集めるあたりを解読できれば、ピンポイントに阻害できるだろう。
あの六魔駕獣は、超古代魔法王国で作られたものと思われる。
兵器として利用しようとして失敗したのか、ただ実験のために作り出したのか。
いずれにしても、それが暴走した結果超古代魔法王国は壊滅的な状態になり、当時の魔法使いたちがなんとか六魔駕獣を封印したということだろう。
「六魔駕獣と相対したときに感じたのですが、彼らはそれぞれに思考して動いているようです。核となるものは、生きて捕らえられたんでしょうか」
『わからんな。もしかすると死したものを復活させたのかもしらんが、いずれにしても非情な所業じゃ』
ディケンズの声が低くなったので、さすがの師も怒りを覚えているらしい。
「超古代魔法王国の関わりがあるということなら、なにかの歴史書などに記述があるかもしれませんね。一般的なものではなく、研究関連の論文などがあればいいんですが」
『それも考えた。すでに、数名がハマメリス王国に向かっておる。王国からの協力も取り付けたのでな、王族が保有している古代魔法王国の書物なども確認する予定だ』
確かに、あの国になら何かあるかもしれない。
「古くから血をつないでいる貴族なども史料や伝承を秘匿している可能性があります。カロレ国の場合は、宰相の一族がマーニャに関する口伝を受け継いでいました」
『それもありそうだな。ハマメリス王国だけではなく、各国にも改めて通達してもらうようにしよう』
ハマメリス王国にだけあるとは限らない。帝国も大きな国だし、ほかにも歴史の長い国が何か知っている可能性もある。
「あれだけ別々の生き物を使っているので、実験的に魔獣を作ろうとしたのかもしれないですね」
量産するのなら、同じ材料を使って同じ形にするのが効率的だ。そこから考えると、試験的または実験的に作ったと考えるのが自然だろう。
『実験か……。ワシらも、わからんでもないだけに身につまされるな』
「そう、ですね」
魔塔の研究員は何よりも研究結果を優先するきらいがある。人としてあるべき姿を捨てる可能性があるのは確かなので、他人事とは思えない。
コーディも、のめり込んで忘れてはいけないと改めて心に刻んだ。
『とりあえずは、六魔駕獣は超古代魔法王国で作られた疑いがあることを覚えておいてくれ。このことはまだ各国へ知らせておらんから、他言無用じゃ』
「わかりました」
『魔塔内でも、実のところ、一部の研究者の間でしか共有しておらん。やってみようなどと考える奴がおっては困るからな』
それが、ありえないとは言い切れないあたりが魔塔だ。
「僕に話してしまって大丈夫なんですか?」
コーディ自身も、魔法の研鑽に夢中になると周りが見えなくなる自覚はある。
『コーディは大丈夫じゃろう。なんだかんだ言っても、お前さんの魔法の根幹には人がおる』
信頼してもらって嬉しいが、コーディ自身が気を引き締めておかないといけない。
「ありがとうございます。忘れずにいようと思います。その六魔駕獣の魔法陣は、いずれも共通しているところが多かったんですか?」
『そうじゃよ。わしが見る限りは、同一人物の手によるものだ』
文字の癖や魔法陣の組み立ての癖から、なんとなく同じ人物か否かは把握できる。
もしかすると、道徳観はともかくとして、とんでもなく優秀な魔法使いがいたのかもしれない。
―― なんのために、あんなものを生み出したんじゃろうかのぅ。
それを理解したくないコーディは、静かに頭を左右に振った。
読了ありがとうございました。
続きます。