137 魔法青年は南下する
よろしくお願いいたします。
カメにとって、大切なものは自分の縄張りだった。
ゆったりと泳げる場所を確保することが第一で、その次が誰にも邪魔させないことだ。
縄張りも、ずっと同じところでは飽きてしまうので、たまに移動していた。そのたびに小さいモノたちが邪魔だったが、カメが動くだけで彼らは燃えていった。つまり、うるさいだけで別段気にする対象ではなかった。
気をつけないといけなかったのは、カメと同じくらいの大きさを持ったやつらだ。
飛ぶ奴はカメの火を勝手に大きくして遊ぶから気に食わなかったし、足の多い奴はカメの火が全く気にならないらしく近づいて遊ぼうとしたのでうっとうしかった。水の方から来る奴は、カメの縄張りを狭めようとしてくるので一番嫌いだ。
陸を走る奴は近づいてこなかったし、一番大きな奴はカメに興味を持っていなかったので、そいつらはどうでもよかった。
そいつらから離れてやっと落ち着ける場所を見つけたと思ったら、歯牙にもかけていなかった小さいモノたちがカメに向かって何かした。
突然カメの縄張りが狭くなっていき、身動きが取れなくなった。どうやら、魔法か何かで拘束されたようだった。
なんとか動いて山の上へ向かったのだが、火口に逃げ込む前に追い詰められて閉じ込められた。
火口にさえ逃げられれば、あとは赤く光る水を通って別の場所に行けたのに。
閉じ込められたと感じたが、それが正確な状況なのかはよくわからない。
何も見えないし、身体も動かせない。というか、身体がある感覚がしない。
魔法は練ることができるものの、うまく使えないのだ。
そもそも、カメが得意なのは身体の中で炎を燃やすことだ。
体内を燃やすことで、身体全体が熱くなって周りの土がすべて泳ぎやすい状態になる。
だから、身体がない状態ではろくに魔法を使えないのだ。
誰もいないので、ここも自分だけの縄張りと言えなくはない。
自分の身体すらないため泳げないのは残念だが、このままのんびりしているのも悪くはなかった。カメは、時間も忘れてのんびりと過ごしていた。
ところがある日、足の多い奴が魔法で意志を伝えてきた。
曰く、魔法を外に出して遊べるという。
カメは魔法を外に出すのはあまり得意ではない。
だから無視していた。
しかししばらくしてまた足の多い奴が何か伝えてきた。
曰く、自分を押さえつけている大きな岩をどかせれば外に出られるという。
それを聞いて、ふと「久しぶりに泳ぎたいな」と思った。
だから、苦手ながらカメは魔法で火を外に出す練習をした。
物の内側で燃やす方が得意なので、石や岩と思しきものを燃やして溶かしていった。
そのうち、特定の場所の岩を溶かすと、閉じ込められた場所が揺らぐ感覚がした。
なるほどこのあたりの岩のことかと理解したカメは、その岩を手当たり次第に溶かしてやった。
ほかの場所の岩よりも少し溶かしにくいものもあったが、水が溜まっていたのかもしれない。
そうして岩を溶かしつくしたカメは、久しぶりに身体を得た。
出た先は、やたらと暗い場所だった。
なぜこんなところにと思ったが、そういえば最後に逃げ込んだのは山の中だったので、ここは洞窟か何かなのだろう。
久しぶりに足の裏に土の感触を得たカメは、すぐに身の内に炎を灯した。
早く泳ぎたい。
周りの土が溶けるまで待って、カメはやっとひと泳ぎできた。
泳ぐのが楽しすぎて、その場でしばらく泳ぎ続ける。洞窟の中を泳ぎ続けて満足してから、やっと外に出る気になった。
次は、広いところで泳ぎたいのだ。
◆◇◆◇◆◇
「魔塔にも報告が来ており、コーディにはコルニキュラータ首長国に向かってもらう方向になっていた」という返事をディケンズから受け取った。改めて許可を得たコーディは、進路を南へと変えて飛行した。
アルピヌム公国から関所を通ってアルピナ皇国へと入り、魔獣が暴走しているのを見かけては間引きしながら進んだ。
コルニキュラータへ行くことを優先しているため討伐できたのは一部だけだったが、少しは手助けになったはずである。
アルピナ皇国からコルニキュラータ首長国へと抜けるのに、少しだけ手間取った。
魔塔の研究者だと知った役人が、魔獣の討伐を手伝ってほしいと足止めしてきたからだ。
もう転移して立ち去ろうかと思っていたら、カロレ国側から使者がやってきた。
「今、こちらで問題になっている六魔駕獣に対処してもらうべく来てもらった研究者の方です。魔獣の討伐依頼であれば、冒険者なりなんなり、自国できちんと依頼してください。他国の依頼者を横取りせずとも、人員はいるでしょう。それに、わが国々で押さえている六魔駕獣が自由になったら、アルピナ皇国はもとより大陸中の国が蹂躙される可能性があります。その責任を、貴方が負えるのですか?」
大国であるコルニキュラータの使者に詰められて、アルピナ皇国の役人は顔色を悪くしていた。
大陸の南側で一番権力を持つのがコルニキュラータ首長国なのだ。その一つであるカロレ国の使者から正論を叩きつけられ、アルピナ皇国側はすごすごと引き下がるほかなかった。
「ありがとうございます、助かりました」
カロレ国へと入国し、コーディは役人に頭を下げた。
万が一のときには転移してしまうつもりだったが、それだと色々と問題がある。迎えに来てくれたことで、円満に解決したので非常に助かった。
「いいえ。アルピナ皇国はどこかこう、危機感が薄いというか、視野の狭いところのある国ですからね。リエト様がご指示くださいましたが、そうでなくても関所のこちら側から連絡がありましたので同じことだったでしょう」
彼の言葉から、アルピナ皇国があまり楽しい隣人ではないことが察せられた。とはいえ、きっとアルピナ皇国で魔獣に対応している人たちは必死に頑張っていることだろう。魔塔から各国へケガの治療の魔法陣が配られたはずなので、彼らにまで行きわたっていることを祈りたい。後で確認しよう。
コーディは改めて礼を言って、見送られながらその場を去った。
カロレ国はそこまで大きくない。
そしてやはり、あちこちで魔獣の暴走が見られたので、なるべく素早く間引きしていく。
空を飛んだコーディは、その日の夕方にはカロレの首都に到着した。
宮殿に到着すると、コーディの顔を覚えていた兵士が気づいて中に連絡を入れてくれた。
すぐにこちらも見覚えのあるメイドがやってきて、以前の謁見室ではなく執務室のようなところへ案内された。
「おぉ、久しぃのお。よう来てくれた。まぁまずはこっちに座ってくれるか」
広い机に置かれた地図のようなものを眺めていたリエトは、戸口に立ったコーディを見てすぐに中へと呼んだ。
リエトのほかに、宰相のパオリ、それから団長がいた。
「ご無沙汰しております。ネイトさんの手紙で、ペリコローゾ山が噴火して、首長国に伝わる魔法陣を起動させたと知りました。やはり、マーニャでしょうか」
うなずいて答えたのはパオリだ。
「そうです。パオリの口伝にもあった通りの、かなりの大きさの亀です。今のところ、魔法陣で冷やして凍った土をどうにもできんらしくて、ヴルカニコ島の中でうろうろしとりますわ」
「来たばっかりですまんなぁ。ほかの首長国も魔法陣を維持すんのと、暴走しとる魔獣の対処であんまり手が離せんらしくてな。マーニャへの直接の対処は、うちに集まる兵士と魔法使い、あとは有志の冒険者で行う予定や。あっちこっちの口伝やらなんやらもまとめて、一応の対策は立ててある」
そう言ったリエトは、数枚の紙をコーディに手渡した。
「ありがとうございます」
まずは魔法使いが水魔法を使ってマグマを冷やす。
陸に出てきたところで、近接武器を持つものが少しずつマーニャの体力を削る。
伝承では身体が燃えることで周りを溶かして攻撃するとあったが、今は火魔法をこちらに飛ばすので、そのあたりの対処も水魔法で行う。
リエトの言い方では少人数のようだったが、実際には百人単位で兵士や魔法使いが集まるらしい。
内容を確認したコーディは口を開いた。
「魔塔にも連絡します。決行はいつですか?」
「魔法陣でなんとか閉じ込めとるからしばらくはいけるけど、さすがに魔法使いの消耗が激しいからな。あと10日以内には動く」
うなずいたコーディは、一つ提案をした。
読了ありがとうございました。
続きます。