136 魔法青年は進行方向を変える
よろしくお願いいたします。
朝食を準備していると、アイテムボックスに手紙が届いた。
取り出したところ、受け取っていたのは夜中に届いたらしいものと今届いた手紙の二通。
どちらもディケンズからで、夜中の手紙には魔塔についた旨とこちらの討伐に際してケガをしていないかという確認など、そして二通目は魔塔に集まってきた現在の被害状況についてだった。
ゲビルゲについてはあまりわからないらしいが、その周辺国、ロスシルディアナ帝国の東側、ゲビルゲの西隣のアルピヌム公国、その南のアルピナ皇国、ゲビルゲの南側に並ぶロエアス公主国とハイブリダ大公国は、それぞれに暴走した魔獣によって被害が出たらしい。
特にロスシルディアナ帝国を北に、ゲビルゲを東にするアルピヌム公国では被害が酷く、国境付近の村がいくつか壊滅状態だという。騎士団や冒険者、自警団の人たちが防衛にあたっているが、暴走した魔獣は他からの攻撃に一切ひるまず突っ込んでくるため、倒し切る以外に止める術がない。押し寄せる魔獣によって被害が大きくなり、各国で多くの人が犠牲になっているそうだ。
とはいえ、帝国の北の方にいる魔獣は少しずつ落ち着いてきたらしいので、おおよそ1週間籠城できればなんとかなる、という目途が立っている。
コーディは、そういうことならアルピヌム公国を通って魔塔へ帰ろうと考えた。
魔獣を倒して治療の魔法陣を配りながら魔塔へ向かえば、全体に対して雀の涙とはいえ被害を減らせるだろう。
朝食後、魔塔へ帰るとゲビルゲの戦士たちに告げた。
「すぐに来てくれて感謝する、強き者よ。亡くなった者たちも、コーディが一緒に悼んでくれたことを喜んでいるだろう。我々は、このあたりの魔獣を討伐しに行く。周辺には一切見あたらないが、魔塔からの連絡から考えれば、離れたところが危ないだろう。ゲビルゲの一族は多くが戦士に匹敵するほど戦えるが、やはり戦士が一番対応に慣れているからな」
コーディの言葉を聞いて、二日酔いの気配もない長がそう言った。
治療の魔法陣はまだ大量にあったので、半分ほどを長に渡した。これだけあれば、あちこちの一族にいきわたるだろう。お礼を言った長は、返すものがない、と言いながら取っておいたらしい秘蔵の酒を一瓶くれた。
「まだこれからもリーベルタスの影響があるかもしれません。どうか、お気をつけて」
コーディが言うと、戦士たちは力強くうなずいた。
「コーディも気をつけてな」
「落ち着いたら、また酒を飲もう」
「いやいや、落ち着いたらまた手合わせを頼む」
「お、そのときには俺たちも呼んでくれ」
「そりゃいいな。喜んで来るぞ」
ヤンが手合わせをと言うと、ほかの一族の戦士たちも集まると言いだした。
つくづく戦闘民族である。大陸の反対側にあるが、プラーテンスの冒険者たちと気が合いそうだ。
そんな未来のためにも、六魔駕獣の問題をきっちり片付けたい。
コーディは戦士たちと拳をぶつけ合ってあいさつし、荷物を持って空へと飛び立った。
半日ほど西へ飛び、険しい山岳が少しずつなだらかなものに変わってきたころ、手紙を受け取った。
アイテムボックスから取り出したものは、少し緑がかってツルリとした上質な紙だ。
差出人は、ネイト。コルニキュラータ首長国の一つ、カロレ国にいる魔法使いで、プラーテンス王国出身の冒険者だった。
そういえば手紙を出すと言っておいて忙しくなり、連絡をしていなかったなと思いながら封を開けて読んだ。
「っと。いかん。それなら南か。……いや、まずはディケンズ先生に連絡だな」
手紙には、各首長が保有している魔法陣を起動させたと書かれていた。
どうやら、少し前に禁足地となっているローゾ山が大噴火したらしい。
小さな噴火はいつものことで、数十年に一度は大噴火する場所なので、いつものことだろうとはじめは誰も気にしなかったそうだ。
一応火口に近い村や町へ避難指示を出したところ、幾人かは避難を拒否して残ったという。
ヴルカニコ島からの避難も推奨されていたが、実際に避難したのは数十人で、ほとんどが島の中の大きな町に避難するにとどまった。
これまでの噴火では被害の出たことのない町なので、基本的にはそれでいいだろうという判断だった。
一度大噴火すれば、しばらく小さな噴火が続いてから落ち着くのがいつものことだったので、避難そのものも万が一に備えて、ということだ。
ところが、数日後にもっと大きな噴火があった。それも、数回続いたという。
ネイトのいるカロレの首都のあたりも噴火による地震で大きく揺れたらしい。もちろん自然のことだ、以前と同じ状況になるとは限らない。噴火が繰り返されることもあると誰も疑いを持たなかった。
しかしその時点で良くないと判断したカロレの首長リエトが、ヴルカニコ島全体に避難指示を出した。
そして大きな船を出して島の住民を迎えに行くと、もうローゾ山周辺の村は溶岩や噴石によって壊滅していたそうだ。
当然、残っていたはずの住民を探すこともできない状態。さらには、これまで被害が出たことのない町にまで噴石が落ちてきたため、すでに自主的に本土へ避難した住民もいた。
住民たちによると、ローゾ山の方へ近づくほどに地面が高温になっていくので、もはや人が近づけない状態になっているという。
もしかするとローゾ山全体が噴火するのではないか、という不安が広がっていたため、残っていた住民の避難はスムーズだったそうだ。
島民全員を避難させるのに、三隻の船を使って何度も往復した。
最後の便のときに、船の見張り台にいた兵士が、山の上の方からマグマがゆっくりと移動するのが見えたという。
噴火はしていなかったが、溶岩があふれ出ているように見えたそうだ。
報告を聞いたリエトは、島から少し離れたところに船を出し、見張りの兵士を配置した。
そのあたりの動きはさすがである。
見張り始めてから2日もしないうちに、兵士から報告がきた。
「巨大な亀か」
兵士が、赤くて巨大な亀が溶岩の中にいるのを確認した。
その報告があってすぐに各首長へ連絡し、保有している魔法陣を起動するように依頼したそうだ。
ここで、通信の魔道具が役立ったと書いてあった。
いくつかの国が必要性を疑い拒否する動きがあったようだが、通信によって状況を説明し、実際に各国で魔獣が暴走しつつあることを言い当てた。魔塔からの手紙でもその魔法陣を使用するように言われたと説得し、起動にこぎつけたそうだ。
魔獣の暴走には、ネイト率いる魔法使いたちと兵士たちが連携して対応し、被害を抑えているという。
コルニキュラータ首長国はプラーテンスの南隣ということで、実は各国にちらほらとプラーテンス出身の冒険者が紛れ込んでおり、そのこともあって大きな村や町は防衛に成功していた。
肝心の巨大亀はというと、首長国の十国それぞれが、想定していた以上の魔法使いを集めて魔法陣の起動に成功したため、現時点では島の中に閉じ込めることに成功しているそうだ。
巨大亀が動くとその周りの土がマグマへと変化するが、魔法陣によって冷やされた地面は溶けずに残るため、そこから外側へは出られないらしい。
出ようとする動きはあり、それを見た兵士たちは大騒ぎだったそうだが、冷たい地面に触れたとたん足を引っ込め、近づこうとしなくなったという。
マグマの亀とはいえ、変温動物の性質は持ったままなのかもしれない。
長い手紙で説明する余裕があるのは、そうやって魔法陣で亀を閉じ込めることに成功しているからのようだ。
とはいえ、このまま閉じ込め続けるというわけにはいかないだろう。
コーディは、ディケンズに向けた手紙をしたためた。
読了ありがとうございました。
続きます。