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135 魔法青年は夢で思い出す

よろしくお願いいたします。



追悼会という名の宴会で、コーディは酒をしこたま飲んだ。

ゲビルゲでは追悼として酒を飲む風習があると聞き、浴びるように飲む彼らに合わせたのである。

亡くなったのはヴェヒターの戦士が二人と、ほかの一族の戦士が六人。当然それぞれに家族がいて、昔から仲間として過ごした友人たちもここにいる。


懐かしい話を語って聞かせ、皆で盛り上がって笑い、亡くなった事実に泣く。


飲酒による酩酊が、一種の瞑想のようなものと捉えられているらしく、ゲビルゲでは少しだけ死に近い状態だとされているそうだ。

その状態で亡くなった人のことを色々と語ることで、きちんとお別れをする。

亡くなった本人も、それだけ自分を想ってくれる人がいたと理解することで、思い残すことなく向こうへ行けるのだという。


地球にも、お葬式のときに盛大に送り出す地域があった。

死者を悼むという思いは同じだ。

きっと皆、(こう)として死んだときに見たあの魂が還る場所へ行くのだろう。


宴会がお開きになった後、泥酔する者たちを石のシェルターに放り込んでから、コーディは自分のテントを出して眠った。





◇◆◇◆◇◆( )





久しぶりに、自分が鋼だったときの夢をみた。

夢だとわかったのは、自分の姿が鋼ではなくコーディのままだったからだ。それに、片眼を瞑っているように視界が狭い。妙なことに、それを不自然だとは思わなかった。

まぁ夢などそんなものだろう。


その日は、いつものように仙術の修行をして一日を終え、夕方になってから縁側でぼんやりと空を見ていた。

春真っ盛りの柔らかな風に、土と葉の香りが乗ってやってくる。花々が目を楽しませ、鶏は賑やかで、夕日も温かい。

穏やかな春の夕方を堪能していると、突然隣に人が座っていた。


ちらりと見たその人は、染めたのかと思うような原色の青い髪をしていた。肌は赤みがかった白で、ヨーロッパ系の色味ともまた違う。

あのときは髪を染めているのかと思ったが、今思い出せば肌まであの色は不自然だ。

しかし記憶をたどるように、夢はそのまま続いていく。


仙人は突然訪ねてくることもあるので似たようなものかとも思ったが、似ているだけで全く違う存在だということは感じられた。

何より、仙術には瞬間移動の術など存在しない。気の流れが美しいのは仙人と同じなのだが、何かが違う。


「ここは良いね。気の流れが穏やかで、でも留まっていない。仙人が過ごすには良い場所だ」

「ありがとうございます。あなたは、仙人、ではないですよね」

見た目は20代くらいの青年なのだが、鋼には自分よりもずっと年上のように感じられた。


「わかる?僕はね、君たちの言う上界真人(じょうかいしんじん)なんだ」

「じょうかい……わしの師に聞いたことがあります。本当にいらっしゃったんですね」

「まぁ、そう会える存在じゃない。今日はたまたま、この場所がすごく気持ちよくてちょっと寄り道をしたんだ」

青年は、青い髪をさらりと揺らして微笑んだ。


鋼は湯飲みを持ってきて茶を出した。ついでに、置いてあった煎餅も皿に乗せる。

山の一人暮らしとはいえ、客人に出すお茶くらいはあるのだ。

「お、ありがとう。緑茶は久しぶりだなぁ」

嬉しそうに喉を潤す青年は、お礼に何か質問に答えようと言った。


「それなら、どうやって真人に至ったのか教えてください」

「うんうん、仙人なら気になるところだよねぇ。僕自身の話になるよ。真人になる前にね、なんていうか、神からの試練みたいな、世界を変える体験をしたんだ。その問題を解決していく中で、気づいたら真人になっていた。選ばれたのか、たまたまそこに僕がいただけなのかは判断ができない。もしそういう試練に遭遇したら、全力で立ち向かわないと飲まれるよ」

「全力で……そんなに大変な体験をされたんですね」


鋼は、急須からお茶のおかわりを注いだ。

煎餅を食べていた青年は、嬉しそうに微笑んだ。

「まぁね。そうだ、ほかの上界真人には直接会ったことがないけど、真人になり損ねた仙人なら見かけたことがあるよ。彼らは、そのときの試練に呑まれて亡くなってしまった」


黙ってうなずく鋼を見て、青年は優しい笑顔になった。

「真人になれるかどうかは、運も大きいんですね」

「そうだね。いつどうなるかはわからないから、常に鍛えて備えるしかないだろう」


「神は、それを望まれているんでしょうか」

「神、神ねぇ」

青年は、半分になった夕日を眺めながら続けた。

「今僕が言った『神』は、よくある宗教の人型の何かじゃないよ。そうだな、世界そのものだ。要望や思考を持たない存在だよ」


「世界そのものですか」

仙人になってからは、宗教などあってないようなものだったので、久しぶりにそういったことに考えを巡らせた。

「世界が存在すればその中で暮らす生き物への試練は起こるけど、解決は必須じゃない。世界がダメになるならそれはもうそういうものだ。真人が生まれるのは副次的なもので、特に問題もなくそのまま存在しているだけだよ」

視線の先にある夕日は、どんどん沈んでいく。


「では、試練を解決できなかった世界はダメになったんですか?でも、わしらはここにいる」

ダメになったということは、世界が滅んだと捉えられる。しかし、鋼はこうして日本に生まれ、仙人になってなお存在している。

青年はそれを聞いて、楽しそうに笑った。


「そうだね、ダメになって一度滅んだところもあるし、真人がいなくてもなんとか持ちこたえたところもある。文明単位じゃなくて、世界単位だ」

「それなら何故」

「ふふふ。おかわりももらったからおまけだよ?世界は一つじゃない。上界真人の域にまで至れば、別の世界に行ける。僕は、地球のある世界とは違う場所で生まれたんだ」


鋼は思わず目を見開いた。

確かにどの人種かわからないとは思ったが、まさかそうくるとは。

「僕の世界では、仙人とは言わずに術使いって呼ばれていたよ。君たちみたいに隠れたりせずに、普通に生活してた。仙人とか上界真人とかっていう呼び方は、かなり前にこっちで知り合った仙人から聞いたんだ。僕の世界には該当する概念がなかったから、面白いと思ったね」


青年はほかの真人に会ったことがないと言っていた。つまり、彼の世界にはほかに上界真人がいないということだろう。

「地球にはその名称があるということは、上界真人もいるということでしょうか」

「そうだよ。ただほら、この世界の仙人って基本普通の人に擬態してるから見つけにくいんだ。真人はもっと見つけられないだろうね。君はここに一人で、隠しもせずに仙人特有の気を放っていたからわかっただけだよ。あとは、世界を飛び出していく上界真人も多いんじゃないかな。行けるんなら行ってみたいのが知識欲の塊ともいえる人の(さが)だよね」


夕日が沈み切ると、青年は「ごちそうさま、じゃあね」と言って、来たときと同じようにいつの間にかそこからいなくなった。

彼の名前すら聞かなかったと気づいたのは、空になった湯飲みを片付けるときだった。





◇◆◇◆◇◆( )





夢から覚めたコーディは、ほんのり酒の残る体をのっそりと起こした。

「昔すぎて、すっかり忘れておったのぅ」

テントの幕越しに、晴れた空の気配がした。



読了ありがとうございました。

続きます。

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