134 魔法青年はまた引かれる
よろしくお願いいたします。
地面に残った化石の足は、霧散せずにそのままどさりと倒れた。
本体からは切り離されたが、まだリーベルタスの一部と認識されているのかもしれない。
一回り小さくなったリーベルタスは、怒り狂ったように羽をばたつかせ、ギャウギャウと鳴きながら頭を上下に振った。
「コーディ!閉じ込めないとまた逃げられるぞ!」
ヤンが上空を睨んだままそう叫んだ。
「わかった!準備する!5分ほしい!」
リーベルタスが上空からやみくもに投げつける風魔法は、戦士たちにあたる前に霧散の魔法陣で散らされていた。
もっとも、風魔法で怒りで八つ当たりでもしているのか、一つずつの威力は高くないし誰かを狙っているわけでもないようだ。
「任せろ!」
「戦士の誇りにかけて、奴をひきつける!」
「「「「おぅっ!!」」」」
武器や杖を持ち直したゲビルゲの戦士たちにリーベルタスを任せ、コーディは魔法の準備を始めた。
戦士たちが魔法で一斉攻撃すると、リーベルタスはそちらに気を取られてコーディを後回しにしたようだ。
戦士たちに近づくと近接武器を持った者が出て、遠ざかると土魔法が降ってくる。風魔法は霧散の魔法陣ではじかれ、物理攻撃をしようとしても逆にしかけられる。
戦士たちに翻弄されているリーベルタスは、ますます怒りを募らせているようだった。
リーベルタスは風だ。
土魔法は効くが、それだけでは空気中に逃げられてしまう。だから、ヤンの言った通り閉じ込める必要がある。
空気を閉じ込める、つまり密封だ。
あの巨体を密封できる、土魔法で作れるもの。
密封といえばポリ袋である。
柔らかく、かつ丈夫で、空気を抜くと中のものの形にぴたりと沿って真空保存してくれるあれだ。
布団圧縮袋や食材の保存袋は前世でよく使っていたので、これなら簡単にイメージできる。
ポリ袋の材料は色々あるものの、基本的には石油だ。
原油は液体状であるものの、大昔の生物の死骸が変化したものである。そのため、化石燃料とも呼ばれていた。
化石ということは、五行のどれに分類するかといえば、土になるだろう。
実質が違おうと関係ない。コーディがそう考えるならそうなのだ。
方向が決まった。
リーベルタスを包み込む大きなポリ袋に放り込んで、周りの空気を抜いて密閉する。
その状態なら逃げられないので、しっかりと全身を化石化すればいい。
そういえば、捌いた鶏を保存するのにもあのポリ袋は役立った。
きっちりと空気を抜いたうえで冷凍しておけば、かなり長持ちしたのである。
鋼だった頃には専用の器具を使って空気を抜いていたが、魔法であれば一瞬で済むだろう。
リーベルタスを一瞬で閉じ込めて密封する様子を何度か頭の中でシミュレートし、そして自分の魔力の器にあるうちの大部分の魔力を取り出した。
「いきます!」
「わかった!」
コーディの宣言に合わせて、戦士たちは最後の魔法攻撃をぶつけて一歩引いた。
攻撃がやんだことで一息つき、リーベルタスがコーディを憎々し気に見下ろした瞬間、魔法を発現させた。
大きな透明な布のようなものが突然現れ、袋の口を開いたと思ったらリーベルタスをのみ込んで封が閉まった。
次の瞬間、中の空気が一気に抜け、透明な布はリーベルタスに密着した。
そして、巨大なポリ袋に密封されたリーベルタスは土埃を立ててずどんと地面に落ちた。
ポリ袋は土魔法でできている。
リーベルタスの身体を構成する魔力ごと『全部閉じ込める』というイメージをしたためか、風魔法での攻撃も外に出せない様子だ。
袋の中でうごうごと動いているものの、それ以上は何もできないようだった。
「コーディ、なんだあれは」
「リーベルタスの身体は空気に溶けるようなので、閉じ込めるために密封しました」
「……そうか」
次の魔法を準備するコーディに恐る恐る近づいて質問したのはウドだったが、返ってきた答えを聞いてもよくわからずにそのまま引き下がった。
後ろで何やら言っていたが、聞き流した。昔の記憶に浸らないようにしながら思い出し、魔法を行使するためには集中する必要がある。
これが魔塔の研究者なら、あとで絶対根掘り葉掘り聞かれることだろう。
事実、冬虫夏草について後で報告がほしいと、ディケンズの手紙の端っこに書いてあった。
「いまから、全身化石化します。一応、防御を整えたうえで攻撃できる態勢を保ってください」
「お、おぅ」
「わかった」
リーベルタスの全身を見やり、体内の魔力を使って全身化石化するイメージを魔法に乗せて叩きつけた。
大きく暴れようとしたリーベルタスは、一度だけ袋ごとビッタン、と身体を曲げて地面を叩いたが、ろくに動くこともできぬままに化石になった。
戦士たちとともに警戒したまま化石のリーベルタスを見ていると、その身体が袋の中でどんどん収縮していった。
身体がぎゅうぎゅうに潰れていく様は、イネルシャのときと似ていた。
放置されていた化石化した足も、それぞれに縮んでいく。
バスケットボール程度の大きさになったところで収縮が止まり、軽く揺れた。
そして、ポリ袋を透過して音もなく霧散した。
衝撃波のようなものは何もなく、しかし勢いよく破裂した魔力がコーディや戦士たちを襲った。
「ぐっ」
「なんだ、攻撃か?!」
「うぇ、気持ちが悪い」
コーディは魔力が通過した程度何ともなかったが、戦士たちは一斉に顔色を悪くした。
ヴェヒターは霊峰に近づけないし、ほかの一族も神聖なものと考えていたことから、だれも霊峰の魔力の乱れを経験したことがないのだろう。
膝をつく者もいる中、コーディは声を上げた。
「ただの魔力です!リーベルタスは、イネルシャと同じく魔力でできた身体を持っていたようです。その魔力は霧散して、このあたりを中心として広がっていきました」
「それは、倒したということか?」
ほとんど使ったはずのコーディの魔力の器が、満杯になっている。
「はい。確認してください、皆さんの魔力の器が満たされているはずです。属性のない純粋な魔力なので、それぞれに吸収されたでしょう」
戦士たちにそう伝えて、コーディは地面に落ちたままの巨大なポリ袋を確認しに向かった。
敷物というにも大きすぎるポリ袋を踏みながら中心部分を確認すると、大きくて黒っぽい骨のようなものがいくつか入っていた。
「……やはり、化石かのぅ」
コーディはポリ袋だけをアイテムボックスにしまい、地面に落ちた化石を拾い上げた。
「おぉっ!さっきあれだけ魔法を使ったのに」
「おい、ケガ人はどれだけいる!」
「吞み込まれていた奴ら、全員気がついたぞ!」
「勝ったー!」
「勝ったぞぉっ!!」
「「「「おぅっ!!!」」」」
野太い声が、空に響いた。
結果として、亡くなったのは最初の大規模魔法にやられた8人。骨折や四肢の切断といった大ケガは十数名、それ以外の小さなケガはほとんどの者が負っていた。
「この化石、僕がいただいてもいいでしょうか」
「リーベルタスが霧散した後に残ったものか」
「はい」
長は、周りにいる戦士たちをぐるりと見渡してからうなずいた。
「もちろん、コーディのものだ。主力として戦ってくれたうえ、ケガの治りが速まる魔法陣まで手はずしてくれたのだからな。報酬として釣り合うかはわからんが、持っていってくれ」
「ありがとうございます。魔塔で分析してもらいます」
ケガ人の手当てや亡骸の保全など、色々とすることがあったため、各一族への連絡は明日以降となっている。
コーディは、治療の魔法陣のお礼と、ことの顛末を簡単にまとめた手紙に、リーベルタスの化石らしいものを同封してディケンズに送っておいた。
すぐに返ってきた返事には、とにかく休むようにといういたわりの言葉が書かれていた。
その夜は、亡くなった戦士たちのために、夕食も兼ねた追悼会となった。
「我々の、勝利だ!」
「「「「勝利だ!!」」」」
「旅立った誇り高き戦士に、勝利の祝杯をささげる!!」
「「「「おぅっ!!!!」」」」
多分、追悼会だ。
読了ありがとうございました。
続きます。