129 魔法青年は飛行中
よろしくお願いいたします。
胴体と同じくらいあるように見える大きな嘴、長い首、鳥とは少し違う蝙蝠のような羽。太い足には、カギ爪のようなものもありそうだ。
全長に対して頭部が大きすぎる。
羽ばたくことなく滑空する姿はほかの鳥の魔獣と似たようなものだったが、その大きさが段違いだった。普通の魔獣など、ほんの一口だろう。
先ほどまで、上空にはアップドラフトホークが数羽飛んでいた。
それはいつもの光景だったこともあり気にもしていなかったが、リーベルタスがこちらに飛んでくる様子を見てすべてのアップドラフトホークが逃げ出した。
直後には、ソイルディアが数体、二人の目の前を走ってすり抜けた。魔獣が人間に見向きもせず、逃げていったのである。
「フィン!今日まで、このために訓練してきただろう!我々は!ゲビルゲの戦士だ!!」
戦意を喪失して足を止めてしまったフィンに向き合い、ザシャは怒鳴った。そんな彼に胡乱な視線を向けてくるので、拳で肩のあたりを叩いた。
「ゲビルゲの戦士が!敵を前にして逃げるのか?!」
逃げる、と聞いて、フィンが息をのんだ。
「俺たちは……戦士だ。逃げてたまるかぁ!!」
まだ顔色は悪いが、腹から叫ぶことで自分を取り戻したようである。
「よし!やつは戦士たちの集落の方に向かっている。俺たちも合流して戦うぞ」
「あぁ、わかった!すぐに、っだぁ!!?」
「うわっ?!」
気合を入れ直したフィンが走り出そうとしたところ、足を取られてザシャを巻き込みながら盛大に転んだ。
「っぐ、は、すまん。から回った」
「いい。おかげで、余計な力が抜け――」
ザシャが最後まで言う前に、周りの木々の上半分が飛んでいった。
真上のずっと上空を、巨大でアンバランスな鳥が通過した。
「なんだ?これは、まさか」
切り飛ばされたのは、地上からおよそ1.5メートルほど、ゲビルゲの戦士たちなら胸元あたりの高さ。そこから上が、周囲数十メートルにわたって切り飛ばされたのだ。
「フィン!頭を下げて移動する」
ザシャの視界には、首から上を切り落とされたソイルディアが数体映っていた。
「何人やられた!」
「8人!土の家の被害は!」
「ウドのやつ以外は二つ目だ!ケガ人はウドの作ったところへ!一番デカい家だ!」
「土塊の魔法は多少効いたが、かすり傷程度だ!」
「近接のやつらは土の家で温存!無理に出るな!!」
「土の刃は少しは通るぞ!怯んだすきに移動しろ!」
「ソイルディアは丸のみだった!絶対に丸腰のときに近づけるな!」
「来たぞ!土魔法を用意!!」
戦士たちが拠点としている場所は、戦場と化していた。
なんとか走ってたどり着いたザシャとフィンは、すぐにヴェヒターの長に呼ばれて土で作られた四角い家のようなものに入った。
「長、霊峰の岩が崩れて奴が出てきたようです」
「やはりあの化け物がリーベルタスじゃな。最初のいくつかの大規模な魔法で、8人がやられた。それ以降は大規模な魔法は使ってきていない。理由はわからんが、魔法での大規模な攻撃はたまに使う程度らしい。基本的には滑空してきて嘴や爪の付いた足で攻撃してくる。風魔法の攻撃も並行して使ってくるぞ。数回、森の方へ下りて魔獣を丸のみにしているのを確認した」
「わかりました。我々は、たまたま足を取られて倒れたタイミングで、リーベルタスの大規模攻撃を受けました」
「なにっ?!それで無事だったのか」
「はい。胸ほどの高さ以上の木々が切り飛ばされていました。もし立っていたら、我々の命は刈り取られていたでしょう。事実、近くから逃げていたソイルディアは首を飛ばされていましたから」
ザシャの言葉を聞いた長は、ぐっとこぶしを握り締めてうなずいた。
「こちらにも同じ魔法が使われて、犠牲者が出た。それ以降は、大きな魔法は使っておらん。しかし、直接攻撃で幾人かケガをしている」
「わかりました。我々も出ます」
その後、リーベルタスの動きに対してのこちらの攻撃方法の打ち合わせを行い、タイミングを見てザシャとフィンは外へ飛び出した。
◆◇◆◇◆◇
トリは、怒っていた。
なぜあのとき、罠とバレバレの魔力の塊を喰いに行ってしまったのか。
しかし何もない山の上に、あまりにも旨そうな魔力の塊があったのだ。自分は飛べるのだし、頂上にあるならかすめ取ってしまえばいいと考えて飛び込んだのが間違いだった。
嘴で挟んで持ち上げようとしたら、その魔力の塊はやたらと重く、一度地面に下りるしかないと考えた。
わずらわしい小さい奴らは何人かいたが、それくらい風で吹き飛ばせば問題ない。
そうして魔力の塊を持ち上げるために地面に足をつけたとたん、トリは閉じ込められた。
ここがどこなのかわからず、動けないし、何も見えないし、魔法を使おうとしてもうまく出せない。
魔力を集めることはできたものの、思ったよりも少ない量しか使えず、魔法になる前に散ってしまう。
どういう仕組みなのかわからないが、とにかくあの小さい奴らの仕業だということだけはわかった。
爆発するような激怒は、少しすれば鎮まった。
しかし、ふつふつと低温でくすぶるいら立ちは消えることなく、トリはずっと周りに攻撃をし続けていた。
魔力を溜めては攻撃し、空になったらまた魔力が溜まるまで待ち。それらの魔法はすべて散ってしまい攻撃とはならなかったが、やめるつもりはなかった。
何度それを繰り返したかはわからないが、もはやそれが習慣になって久しいころ、突然どこかからクモが意思を伝えてきた。多分、土を通じて伝わってきたのだろう。
― 閉じ込められてて暇すぎる。でも攻撃じゃない魔法で、遊んだらいい。
要約するとそういう意味だ。
どうやら、クモもトリと同じように閉じ込められているらしい。
ふざけるな、と思った。
クモは何も考えていないのですべてを遊びだと思っていて、常に無計画に罠を張ったり小さい奴らと直接対峙したりしていたが、トリやほかの大きな存在はもう少し考えて作戦を練って蹂躙していた。
小さい奴らは、小さいなりに魔力が多いので魔力補充にちょうどいい存在なのだ。もちろん、自分たちと似たような小さな動物にも魔力はあるが、小さい奴らの方が効率が良い。
とはいえ、大きな存在全員が同じ考えでいたわけではない。
サカナは食欲が勝っていつも喰いまくっていたし、イヌは下僕をまとめるのに忙しくなっていた。カメはなわばりに入ってくるなと全員に喧嘩を売っていて、一番大きな奴は小さい奴らを蹂躙することに夢中になっていた。
一番大きな奴だけは、ほかの大きな存在よりも小さい奴への恨みを強く持っているようだった。
詳しくはよく知らない。
トリは、好きなように空を飛んで、好きなように魔力を持つ奴らを喰って、好きなように過ごしていたいだけだ。
トリの邪魔をする小さい奴らだけは、見つけ次第攻撃するべきである。
ほかの大きい存在たちも「小さい奴らが邪魔だ」と言っていたので、あいつらを見つけ次第攻撃する、というのは共通認識といえるだろう。
ここから出たら、絶対すぐにデカい攻撃魔法を使って周りを蹴散らす。
そして、小さい奴らに仕返ししてやる。
じくじくと怒りを燃やし続けていたトリに、久しぶりにクモが意思を伝えてきた。
― 攻撃魔法じゃない魔法なら、外に出せる。楽しい。
そういえば、気まぐれに使った、ただ少し強い風を出すだけの魔法は外に発現できているようだった。
何度も繰り返していると自分を押さえつける何かが軽くなっているような気もしていたので、きっとそれがヒントだ。
必要もなかったので返事をしなかったが、トリはクモの意思を理解してすぐに魔法を選んだ。
外に出て会うことがあれば、餌を分けてやってもいいくらいの情報だ。
読了ありがとうございました。
続きます。