128 魔法青年は困惑する
よろしくお願いいたします。
本来なら、2メートルほどの細長い足を取り出すはずだった。
一部を切り取り魔塔に送って視てもらおうかとも思っていたのだ。
しかし、コーディの手に持ったものは手のひら大のモノ。
「認識は間違っていないはず。それに魔力だけのような。……なんじゃこれは」
いびつな形の黒い石のようなもの。
しかもやたらと魔力を含んでいて、手にかかる重さは軽いが、そのエネルギーは多い。
普通の物質ではないのだろう。
どうしたものかと迷った瞬間、黒い石は内側に潰れるようにさらに小さくなった。
その動きには覚えがある。
慌ててアイテムボックスに入れようとしたが、間に合わなかった。
「……霧散してしもうた」
イネルシャの足は、本体と同じように魔力になって霧散してしまった。
内包していた魔力は、身体を構築する手助けをしているのかと思っていたのだが、どうも違うらしい。
「魔力そのものだったか」
コーディの手には、もう何もなかった。
残るヒントといえるものは、イネルシャが魔力となって霧散した場所に落ちていた普通のジョロウグモだ。
拾ったそれは、ディケンズに預けてきた。
軽く触れた限りでは、ただの死体のようだったが、魔力もあるように感じたので普通の蜘蛛ではないのかもしれない。
そちらの研究については、魔塔で引き受けると言っていた。
様々な情報で混乱する中に、さらなる燃料を投下したような気もしないではない。
イネルシャを見たかった、研究したかったという研究者たちが妙な方向へ暴走するよりはいいと思っておこう。
イネルシャの足を持っていて、それも魔力となって霧散してしまったという情報は、うまくごまかして考察した結果を手紙で送ろう。
アイテムボックスについては、まだコーディ個人で秘匿しておこうと考えている。
便利なものであるが、これ以上魔塔内を混乱させたくはないし、危険も多い。
なにせ、前世でよく見たライトノベルとは違い、普通に生き物も入れることができるのだ。
アイテムボックスの中は時間経過があることがわかっている。
正確には、時間を止めることができない。アイテムボックスの内外で時間の流れが違うというイメージができないためだろう。
コーディは三次元空間を縦横奥行きとは別方向に伸ばした四次元空間をイメージしているので、時間は同じなのだ。
このあたりは、もっと柔軟に考えればアイテムごとに時間を停止させることができるのかもしれないが、現状は止められない。
つまり、アイテムボックスに生き物を入れた場合、別空間に監禁して餓死させてしまうことができるのだ。
被害者が出てこないので、完全犯罪も可能である。
干渉できるだけの魔力を持っていたら、自力で出てこられるかもしれない。とはいえ、三次元とは別方向の奥行というイメージができないのなら、力技になるのでものすごい魔力を消費しそうである。普通の人には無理だろう。
この技術を公開するなら、魔法陣で生物を入れることができないという制約をうまく組み込んでおく必要がある。
イネルシャを討伐したときに魔力が霧散し、周辺の魔力濃度が濃くなったことを考えれば、もしかすると世界的に魔力が補充されやすくなる可能性もある。魔法を使うハードルが、全体的に下がるかもしれない。
思うよりも簡単にアイテムボックスを成功させる人が出てくるかもしれないのだ。それなら、はじめから『こういうもの』というイメージを作ってしまう方が安全である。
最終的には、『理論はよくわからないけどこういう使い方の道具』として認識されればいい。
魔法陣にいくつもトラップを仕掛けて、ややこしい文言を使い、日本語の行書まで混ぜておけばそうそう解読されることもないだろう。
『その魔法陣をコピペさえすれば、特定の鞄などをアイテムボックスとして使える』という方向にするのが良さそうだ。
夜になるごとに降りて休み、2日。
方向性を決めたコーディの眼下に、ゲビルゲの山脈が見えてきた。
◇◆◇◆◇◆
「今日もまた、岩が崩れていたな」
ヴェヒターの戦士、ザシャは連れに向かってそう言った。
一緒に組んで見回りをしているのは、別の一族から集まってきた戦士のひとりだ。大きな斧を腰に下げた彼は、フィンという。
「そうだな。……しかし、本当に霊峰に一歩も踏み込めないとは思っていなかった」
フィンは疑い深いところがあり、ヴェヒターが霊峰に行けないという言葉を聞いても信じていなかったらしい。
戦力がヴェヒターとほかの一族では雲泥の差があることはすぐに理解したようだが、自分の目で見ていないことを一方的に受け入れるのは難しいようだ。
柔軟性がないともいえるが、やみくもに信じるのではなく自ら検証して考えるのはいいことである。
フィンと一緒に見回りに出たザシャが、霊峰に近づくにつれて歩く方向が変わってしまうこと、フィンが背負って連れて行こうとしても、ザシャだけが弾き飛ばされてしまうことを何度か確認して、やっと信じる気になったらしい。
「だが、それならやはりほかの一族だけで調査隊を作って、一度霊峰に登るのは一つの手だと思うぞ」
「登って、何を調査するんだ?あの岩が落とされるほどの強風が吹いている中で登るのも危険だが、万が一リーベルタスが出てきたら不安定な足場では相手にするどころか、滑落して命を落としかねないぞ」
それは、何度も戦士たちの中で議論されてきた話であった。
比較的戦いやすい麓で迎え撃つべきだというヴェヒターを中心とした者たちと、一度調査してみるべきではないかというほかの一族を中心とした者たち。どちらかと言えば調査したい派が多かったが、多くの一族の主要な者たちが迎え撃つべきと言うため、抑え込まれている状態だ。
いずれも最終的にリーベルタスを相手取って戦う覚悟ができているのは同じなのだが、途中の意見が食い違っている。
ここ数日で付近の風向きが変わり、ヴェヒターが蓄積してきた魔獣に関する知識と現実とのずれが出てきたことも大きいだろう。
血気盛んなのは悪いことではないが、命を投げ捨てるような真似はしてほしくない。
ヴェヒターの戦士がついてくれば逃げるくらいはできるだろう、という意見もある。しかし、ヴェヒターは霊峰に入れないのだ。
フィンも、ヴェヒターをメンバーに加えた調査隊を霊峰に差し向けて、ただ待つだけの状況を変えたいと考えている者の一人だった。
「もし、岩を押し戻すことができれば崩壊が遅れるかもしれないだろう?少なくとも、俺は土魔法を使えるし、岩を動かすくらいはできる」
「その岩を落とすような風が吹いているんだぞ?万全の状態で迎え撃つ方が、生存率は上がるだろう」
霊峰を振り仰いだフィンは、しばらくして納得したようにうなずいた。
「仕方ないか。霊峰が認める強き者についてはまだ信じられないが、少なくともヴェヒターが霊峰に入れないのは事実だ。ほかの一族だけでは戦力不足は否めないし、それなら訓練して、罠でも仕掛けておく方がよっぽどマシだな」
「納得してくれるならそれでいい。それから、コーディのことはまぁ、会えばわかるだろう。それで、罠か?相手のこともあまりわからないのに」
「あんな山の上まで行けるんだから、リーベルタスは飛べるか足の強いヤツだろう?そこまで絞り込めるなら、罠をいくつか用意しておけばいいじゃないか。空から来ることを考えて、もう綱は何本か用意しているから、あとは地面だな。落とし穴は古典的だが、少なくとも地上戦では十分有用な罠だぞ」
それに答えようとフィンの方を見たザシャは、彼の頭越しに見えた霊峰の頂上に違和感を抱いた。
「おい、さっきまであそこに」
「ん?」
二人が見上げた霊峰には、岩がなかった。
「おい、おい!やばい!!すぐに戻るぞ!リーベルタスが」
ザシャがフィンの腕を引いて走ろうとしたが、フィンは霊峰の方を見たまま固まっていた。
「フィン!とにかく急いで戻って」
「リー、ベルタス?」
「そうだ!!」
腕を引きながらとにかく前に進もうとすると、フィンが逆にザシャの腕を引いた。
「ザシャ!あんな化け物を相手にするつもりなのか?!」
何を言っているのか、と後ろのフィンを怒鳴ろうとしたザシャの目に、何かが映り込んだ。
はるか上空から、見たこともない巨大な鳥がこちらに飛んでくるのが見えた。
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続きます。