127 魔法青年は東へ飛ぶ
よろしくお願いいたします。
「リーベルタス……多分、風魔法を使う六魔駕獣じゃな。ゲビルゲは、魔塔からは少々遠いか」
「そうですね、魔塔から向かうならアルピヌム公国を挟むため少し手間がかかるかもしれません」
「あぁ、あそこはゲビルゲほどではないが山の多い国だからな。帝国軍の方が動けるか」
コーディとディケンズが話していると、ギユメットがそこに加わってきた。
「アルピヌムがどうかしたのか?」
「はい、魔塔からゲビルゲの方へ抜ける話で。霊峰……山頂にあるリーベルタスの封印の岩が、急激に崩れてきていると手紙が来たので、僕だけそちらに急行しようと思います」
「なるほど、それでアルピヌムと帝国か。しかし、周辺国からの助けは望めない可能性があるぞ」
ギユメットが騎士団の方を見ながら言った。一瞬何のことかと思ったが、彼らは今からイネルシャの影響による魔獣の暴走に対処しに行くのだ。
「他国は、魔獣の対応でゲビルゲの応援に行く余力がないかもしれないということですね」
コーディの言葉に、ギユメットとディケンズがうなずいた。
「帝国の方が余力はあるものの、今回の対応ですでに動いておるからのぅ」
「そうですね。イネルシャの影響に加えてリーベルタスの方も影響が出ると、帝国もすべてに手を回すのは厳しいでしょう」
騎士たちの実力を考えれば、確かに魔獣には対処できるだろうが、あまりに広い範囲に影響しているようなので漏れてしまう可能性が高い。まずは、自国を守るのが重要だろう。
ほかにゲビルゲと接しているのはアルピヌム公国の南側にあるアルピナ皇国、そこから東に並ぶロエアス公主国とハイブリダ大公国についても、似たような状況になることは想像に難くない。
軍隊のレベルがロスシルディアナ帝国と同程度か、及ばないと考えれば、影響を受けて暴れる魔獣だけでも抑えきれない可能性がある。
一方、ヴェヒターをはじめとした戦闘に特化した戦士が豊富なゲビルゲの人たちは何段階も上の実力を持っている。そう考えると、他国の助けはむしろ邪魔になるかもしれない。
そこまであけすけには言わなかったが、ディケンズとギユメットにはそのあたりも説明した。
「ラカン!帝国議会への報告に追加を頼みたい」
「どうした?」
ギユメットと仲の良さそうな研究者は、ラカンというらしい。彼は帝国貴族でもあるため、ここには残らず議会への報告に対応するそうだ。
「ゲビルゲに封印されているリーベルタスの封印が危うい。今回の魔獣の暴走が、今度はゲビルゲを中心に起こる可能性がある。帝国の東側にも軍を派遣する用意をした方が良い。余力があるなら、ゲビルゲに応援を派遣できればベストだが、少なくとも似たような魔獣の暴走への備えが必要だ」
ラカンは、ギユメットの言葉を聞いて目を見開いた。そして眉を顰め、ため息をついた。
「マジかよ。……わかった、報告しておく。先に手紙で知らせておきたいから、そちらで簡単な報告を送ってもらえるか?」
帝国議会への手紙転送の魔道具は、ギユメットが所有しているのだ。
「確かに、先ぶれが必要だな。ディケンズ先生、まずは私から手紙で報告する形で良いですか?リーベルタスの件と、騎士たちと一緒に帝都に向かうメンバーについても知らせておこうと思います」
「そうじゃな、頼めるか?魔塔への報告の手紙はワシが書こう。あの周辺各国に知らせてもらわんとな。ほかの研究者たちは、このあたりの簡単な調査と状態の保全だ。コーディ、お前さんは急ぐだろうから、準備をしたらすぐ発ってかまわんぞ」
「ありがとうございます!」
コーディは師に頭を下げ、すぐに荷物をまとめに行った。
本来なら、報告書の作成などは弟子であるコーディに丸投げしてしまっても良いはずだ。立場やプライドよりも実利を優先させるあたりは、本当に尊敬に値する。
騎士たちや研究者たちが色々と準備する中、コーディは手早く荷物をまとめた。とはいえ、大部分はアイテムボックスなので鞄は実は軽い。
「では、ゲビルゲに向かいます。状況は都度手紙で報告します。緊急の場合は、通信の魔道具を使うつもりです」
旅支度を終えたコーディがディケンズに報告すると、手紙を書き終えたらしい師がうなずいた。
「わかった。気を付けて行けよ。あぁ、そういえば、ルフェにも連絡を入れておく。多分リーベルタスは風魔法を使うだろうから、先に風魔法を霧散させる魔法陣を完成させてほしいとな。完成したらワシが受け取って確認し、すぐにコーディに送ろう」
「はい、ありがとうございます。……では、行ってまいります」
「無理はするなよ」
「はい!」
ディケンズたち研究者に見送られながら、コーディは東の空へと飛び立った。
ギユメットとディケンズが考えた風魔法による移動の補助の魔法陣は、かなり強力な補助だった。
ものすごいスピードが出るのは助かるのだが、風が強すぎて目を開けていられない。
少し試行錯誤して、進行方向に風の盾を作ることで解決した。形は、鋼が前世で乗ったことのある新幹線を参考にした。ギユメットは、どうやってこの風を克服したのだろうか。距離を考えると魔力を温存しただろうし、顔が痛かったと言っていたのでもしかすると根性論で耐えたのかもしれない。
途中、食事のために降りて休憩した。
さすがに飛びながら手紙を書くのは無理だったので、アイテムボックスに突っ込んであった保存食を口に放り込みながら、ヴェヒター宛にコーディが向かうという手紙を走り書きする。
ヴェヒター以外の一族からも戦士が集まっているはずなので、きっとコーディが伝えた訓練方法で実力をさらに鍛えているはずだ。土魔法を使える戦士が増えていることだろう。
間に合うならリーベルタスの封印の魔法陣を上書きしたいが、崩れてしまった岩の状態がどうなのかによる。
イネルシャのときのように、赤い岩が崩れてしまったなら再封印は難しいので、リーベルタスと戦うことになるだろう。
山頂に封印され、風魔法を使うということは、多分リーベルタスは飛行型。空に逃げられては攻撃もろくにできないだろうから、地上に引きずりおろすのが必須だ。空からの攻撃を防ぐ手立ても考えておかないといけない。
もちろん、予想でしかないので実は水魔法を使うとか土魔法を使うとかいう可能性もある。
また、イネルシャは単体で戦ったがリーベルタスがどうするかはわからない。魔獣を引き連れてくる場合は、戦力が分散されてしまいゲビルゲの戦士たちでも苦戦する可能性がある。
保存食を水で流し込んでまた東へと飛び上がると、少ししてアイテムボックスの中に手紙が届いた。
届いたのは、ウドからの報告だった。
斥候もできるザシャを中心として、集まった戦士たちで霊峰周りを見回っていたらしい。今のところ妙な動きをする魔獣はいないが、風向きが変わったという。
海から山へと吹き上げていたのが、山から海の方向へ吹き降ろすようになった。そして、霊峰の封印の岩はどんどん崩れていっているそうだ。
いっそのこと転移で霊峰の近くまで行ければいいのだが、かなり力技の魔法なので魔力を使いすぎる。せめてゲビルゲに入ってしまえば足りるだろうが、すぐに戦闘がある可能性を考えるなら魔力を温存したいのでもう少し飛行で距離を稼ぎたい。
アイテムボックスに手紙を入れ直し、食料品があとどれくらいあったか考えた。入れたものを反芻し、数週間はもつだろうと納得したときに、つい放り込んだものがあったことを思い出した。
飛行しているだけなので、ちょっと取り出して確認するくらいの余裕はあるだろう。
リーベルタスとの戦闘のヒントになるかもしれない。
コーディは、万が一を考えてアイテムボックスに取り込んだイネルシャの足を取り出した。
足先をちょいと切り落としただけだが、あの巨大な蜘蛛の足なので、2メートルほどもある。
……はずだった。
「は?」
思わず、取り出したものをすぐにアイテムボックスに入れた。
読了ありがとうございました。
続きます。