126 魔法青年は一休みできない
よろしくお願いいたします。
「騎士たちの一部は、確認のためまだこちらに残るそうです。帝都からの返事を待って、大部分は戻るでしょう。なお、ケガ人は我々と一緒に先に移動したいとのことです」
ギユメットがディケンズに報告していた。
いまここにいる研究者のうち、研究室を持っているのはディケンズだけ。そのため、魔塔から派遣された者たちの指揮権はディケンズにある。
「わかった。あぁ、ケガ人にはもう少し効果のある魔法陣を使うことにしよう。欠損こそ戻らんが、骨折くらいならある程度まで治せるだろう。ちょうどよく魔力もすぐ回復することだしな」
「はい、後でお渡ししておきます。それから、研究者からも二人ほど残ってもらおうかと思います。その後の状況が気になりますし、そもそもこの場所が今どうなっているのかきちんと分析したいですから」
ギユメットの提案に、ディケンズがうなずいて同意した。
ケガを治す魔法陣は、地球の現代医術をもとにしたコーディの力技による魔法とは違い、人の身体を『正常な状態』へ近づける。
ディケンズが言った通り、欠損は戻らないが傷を塞いでの治療はできる。ケガの部分の細胞を活性化させるらしいので、病気には使えないものだ。
『正常な状態』という定義が鍵になっており、具体的な部位のイメージを持たせないことで汎用化されていた。しかも、正常に『する』のではなく『近づける』なので魔力消費量が抑えられている。魔法陣を読む限りは本人の魔力も一部使う形にすることで、なじみも良くしているようだ。
魔塔から残るのは土魔法と木魔法を使える研究者が1人ずつで、コーディたちは魔塔に戻ることになった。
魔塔とコーディたちの連絡手段は手紙と通信の2種類を使い分けている。とりあえずの報告は通信、まとまった連絡は手紙だ。命を落とした者が誰もいないという報告を聞いて、魔塔側では色々な意見が出たらしい。
本当に六魔駕獣が危険なのか、ほかの六魔駕獣も似たようなものなのか、封印すべきだったのではないか、うまく扱えるのではないか、など。
しかし、対面した研究者たちの意見は一つだ。
あれは、人が簡単にどうこうできる存在ではない。
石碑の文章や各国にあった六魔駕獣の記録から考えると、人間とは相容れない。イネルシャは今回たまたま『長く戦う』ことを重視しただけだ。蹂躙を目的として最初から動いていれば騎士たちは全滅していただろうし、コーディたちも無傷では済まないどころか半数以上の研究者が命を落としていた可能性が高い。
イネルシャを直接見ることになった研究者たちがこぞってそう言ったことで、うまく扱って研究できるのではという能天気な意見は立ち消えた。
コーディも一瞬同じように考えたのでわからなくもないが、あれだけの魔力を抱えている絶対強者ともいえる存在を思い通りに動かすなどさすがに無理がある。
すぐに移動するのは大変なのでその日は持ち込んだテントで一泊し、次の日には来たときと同じようにして戻る予定だった。
しかし、朝のうちに副団長から依頼があり、騎士たちだけではなく研究者たちも全員が集合した。
「帝国議会からの連絡だ。イネルシャが封印から出てきた影響なのか、ノディエ伯爵領を中心としてあちこちの領地で魔獣が移動し、人が襲われている。すでに死人も出ているということなので、我々騎士団はいくつかにわけて魔獣退治に向かう!」
いかに理性がないといわれる魔獣といえど、圧倒的捕食者側のイネルシャは恐怖の対象らしい。人よりも魔法などの気配に敏感だと言われているので、逃げるように動いたのだろう。
「ケガ人だけは、手伝いの人員と一緒に王都へ戻る。途中までは魔塔の皆様の馬車と一緒に行くことになる。ほかはこれから言うチームに分かれて指定の領地へ!現地で別動隊と合流してことに当たってくれ。休みを与えられずすまないが、ここが踏ん張りどきだ!では、頼む」
「まず、南へは――」
副団長が隣に立っていた騎士に指示すると、チーム分けを発表しだした。そもそもグループごとにまとまっているので、どのグループがどこへ行くかを伝えているようだ。
副団長は、その様子を少し確認してから研究者たちのところへ歩いてきた。
「足を止めてしまって申し訳ない。先ほど伝えた通り、ケガ人は帝都の方へ向かうので、途中まで同行してもかまわないでしょうか」
そう言われたディケンズは、すでに話し合っていたこともあり馬車で来た研究者たちと顔を合わせてうなずき合った。
「こちらとしては構わないが、ワシとギユメット、コーディは別行動なので一緒には行けない。馬車は高速移動の魔道具を使っているが、それは問題ないか?」
「ありがとうございます。貴族用の高速移動の魔道具と同じものを使っているので大丈夫です。できるだけ護衛の騎士を減らして移動させたいので、頼ってしまって申し訳ないのですが」
そう言われた馬車で来た研究者たちは、首を左右に振って答えた。
「いいえ、むしろ同行してくださったら普通の高速移動になるので助かります」
「議会への書類提出もあるので、大丈夫ですよ。ゆっくり行けますし」
笑顔の彼らに対して、副団長は不思議そうな顔をし、ギユメットは若干不満そうに目を細めた。
「風魔法で強化した高速移動は、ものすごく評判が悪かったのだ。私個人が飛行する分には、少々顔が痛い程度だったのだが」
ギユメットがコーディに愚痴るのを聞いていた別の研究者が、キッ!とこちらを睨んだ。
「アレを移動などとは認めないぞ、ギユメット。いくらなんでも酷すぎる。車内の反動を通常の高速移動並みに抑えなければ乗員がケガをする。他人を実験台にするなど言語道断だ。せめて自分で試して検証しろ。たまたま木魔法が得意な奴がいたから馬車内の構造を作り変えて少しマシにしたが、それでもあちこちぶつける羽目になったんだからな」
「急ぐ必要があったのだから仕方がない。というか、馬車の構造をどう変えたんだ?」
「あぁ、それは軸と馬車をつなぐ部分にパーツを付け加えて揺れを緩和したのと、座席のところにたわませた板を噛ませた。それでも足りないので、予備のローブなんかを引っ張り出してクッションの代わりにした。あとは、車内の壁に持ち手をいくつも付けた」
別の研究者が嬉々として答えた。多分、彼が対応したのだろう。
「結局、持ち手が一番役に立ったな。かなり作り変えてしまったから、貸し馬車屋に補償しなきゃならん」
文句が馬車の構造談義へと変化していった彼らはいずれも帝国出身の貴族だ。研究室は違うらしいが、気心の知れた仲なのだろう。
ではそろそろ、というところでふとアイテムボックスに手紙が届いたのがわかった。
誰から来たのかまではわからないので、コーディは持ってきた鞄から取り出した体で届いた手紙を取り出した。
それはあまり親しみのないがさついた紙で、封筒に入ってもいない。なんどか折りたたんだ紙をこよりのようなひもでくくったものだった。
差出人はなく、宛名はコーディになっている。
紐をほどいてみると、手紙を書いているのはヴェヒターの戦士ウドだった。
読み終わったコーディは、ディケンズのところへ走った。
「先生!僕はゲビルゲに向かいます」
「どうした?」
「霊峰にあるリーベルタスの封印の石が、どんどん崩れているそうです。早ければ明日にでも出てくるかもしれません」
研究者たちは息をのんだ。
読了ありがとうございました。
続きます。