125 魔法青年はドン引きされる
よろしくお願いいたします。
※前半部分、人によってはグロ表現ありのためご注意ください。読み飛ばしたい方は「☆☆☆」からどうぞ。
コーディは、豊富な魔力にあかせてイメージした冬虫夏草をイネルシャの体内に根付かせた。そのまま急速に成長させたところ、一息に育って身体を突き破ったのは巨大なキノコ。
体中から細長い触手のようなキノコを数十本生やし、両足からはツタのような植物をぶら下げ、イネルシャは動かなくなった。
なんとなくイネルシャの輪郭は見えるが、いくつものキノコが大きく育ったので遠くから見ると原型はわからなくなっているだろう。
「なんじゃその植物は」
「え、気持ち悪……」
「お前、一体どこでこんなモノを見たんだ」
「うわぁ……」
騎士たちは言葉も出なかったようだが、研究者たちからは色々な声が出た。
主にドン引きしているようだ。
コーディはそれを気にせず、足の下のイネルシャを注視していた。
動きはなくなったが、魔力はまだ消えていない。これでもまだ死んだとは確信を持てないのだ。そもそも、生死という枠に当てはまるのかもわからない。
冬虫夏草を埋め込むときに、イネルシャの身体とその魔力を養分として育つというイメージにはしたが、それですべての魔力を貪りつくしたとは思えない。なにせ、ものすごい量の魔力を含有していたのだ。
イネルシャの背に林のように生えた巨大キノコ。その間に立ったまま、コーディは様子をうかがった。
すると、イネルシャが内包していた膨大な魔力がゆっくりと渦を巻くように体内で集まりだした。身体全体にいきわたっていたものが一か所に集まるので、なかなかのエネルギーだ。
コーディが声をかける前に、研究者たちも気づいた。
☆☆☆
「何だあれは?!」
「魔力が集まっています!!」
「副隊長!盾を!」
ディケンズが、少し離れてポカンとしている副隊長に向かって叫んだ。副隊長は言われるがままに、部下たちに指示を出した。
「盾、構え!!総員、ヤツから身を守れぇええ!」
盾を持つ騎士たちが、ざくっ!と地面に突き刺すようにして盾を構えた。ほかの騎士たちは、イネルシャから何かの魔法が放たれると想定したのか、きちんとイネルシャを中心として盾の陰に隠れるように位置取っていた。訓練されているからこその動きだ。
研究者たちは、土魔法の霧散の魔法陣を構えている。
一方、コーディはイネルシャが攻撃するとは思えなかった。魔力こそ残っているものの、もうそこに意思を感じなかったのだ。
周りを見ると、イネルシャの足先から冬虫夏草や寄生植物もろともさらさらと形を失って魔力となり、内側に崩れていくのが見えた。
物質を圧縮すると、圧力が高まる。魔力そのものも物理的性質はそう変わらないと考えられる。
無理やりぎゅうっと潰すと、そのあとどうなるか。
「っ!!魔力が、爆散します!」
「コーディ!逃げろ!!」
まだイネルシャの背中に乗っていたコーディは、ディケンズの言葉とともに飛び降りて距離を取った。すぐに向き直って神仙武術の中でも気をまとって身を守る姿勢を取り、気の代わりに魔力をまとう。
研究者たちも、いくらか距離を取って土魔法の霧散の魔法陣を構え、魔力をまとっていた。魔力の盾になるのは、やはり魔力なのである。
圧縮されていく魔力の塊が、ある一定の大きさから縮まなくなった。
全長15メートルもあるイネルシャの体内に内包されていた豊富な魔力が、1メートルくらいにまで凝縮されて、それ以上動かない。
徐々に内側に崩れていたイネルシャの姿が、すべてその球体に吸い込まれた。
―― くる。
音も、衝撃も、何もなかった。
目を閉じずにいたコーディには、四方八方に魔力が飛び出すのが見えた。
さながら、花火のようだ。
もちろん色はついていないし、魔力を「見よう」と思ったわけではない。しかし、濃度の濃い魔力は視力でこそ見えていなかったが、魔力を纏った状態なので体中で感じられた。
ぱぁん、とばかりに音もなくはじけ飛んだ魔力は、そのまま勢いを落とさずに広がっていった。目で追った限り、かなりのスピードでそのまま地平線まで向かっている。
花火が広がるように、外側にいくについれて魔力の濃度が薄くなっているようだ。このままだと、ドン・ルソルを中心として帝国の三分の一くらいにまで到達するかもしれない。ドーム状に、上空にも広がっているようだ。
コーディは、一瞬魔力の乱れの中に入ったような感覚になったが、それだけだった。魔力の動き自体はスピードこそあれ乱れてはいない。解き放たれた純粋な魔力がそこにあった。
しばらく姿勢を保って待つものの、それ以上何も起こらない。
目の前には、何もなくなった。
木魔法で出した寄生植物たちも、一緒に魔力となったらしい。
「ただの、魔力だったな」
「はい、魔法にする前の魔力と同じものでした」
ディケンズの言葉に、コーディが同意した。
ただただ、溜め込まれた属性のない魔力が霧散しただけだった。
そして、このあたりは全体的に魔力が濃くなっている。あくまで魔力なので物理的な存在ではないにもかかわらず、なんとなく空気が重いように感じた。
まだ警戒は解かないものの、少し力を抜いて全員が無事を確認した。
すると、騎士たちの中に気分を悪くしている者がいた。魔力の乱れる場所に入ったときと同じような感じらしいので、少しすれば落ち着くと思われる。
ただの魔力であれば特に変化はないのだろうと考えていたコーディたちが、その違いを感じたのは魔法を使ったときのことだった。
研究者たちは、すぐに魔塔やノディエ伯爵、帝都の議会などへと緊急の連絡として手紙を転送した。
内容は、イネルシャが封印を吹き飛ばして現れたこと。土魔法霧散の魔法陣などを駆使してなんとか絡めとり、寄生植物を使って討伐したこと。その後、イネルシャがつぶれて魔力の塊となり、内包していた魔力が広範囲に拡散したこと。詳しい影響はこれから調べなくてはならないが、即人体に影響のあるものではないこと。
「ディケンズ先生、今何か魔力を回復させる魔法を使われましたか?」
最初にその異変に気づいたのはギユメットだ。すぐに気づいて、ディケンズに声をかけた。
「いや、そんなものは開発しておらんぞ。コーディか?」
「え、何かありましたか?」
確認してみると、帝都の議会へ手紙を送ったギユメットと、魔塔へ手紙を送った研究者が声を揃えて言ったのだ。
「転送の魔法陣を使ったとたん、魔力が元に戻った」
「手紙を送ったらそれなりに魔力がなくなるのに、今はほとんど使っていないのと同じ状態だ」
ケガ人がいないか、ほかの被害がないかと確認する騎士たちをよそに、研究者たちは次々と魔法を使って確かめだした。
飛行してみるギユメットをはじめ、木魔法で大木を生やしてみる者、土魔法でイネルシャがぼこぼこにした地面を平らに均してみる者、練習し始めたばかりだという水魔法を使ってみる者。
コーディは、アイテムボックスの入り口を開いたままにしてみた。周りからは何も見えないが、一応気を付けて行使した。とはいえ、それぞれ自分の魔法に集中しているようなので誰も気にしていないようだ。
5属性の魔法ではないので、すごい勢いで器にたまった魔力が消費されていく。それと同時に、魔力が流れ込む感覚もある。
「このあたりの魔力が、どんどん器に流れ込んできているようですね」
「そのようじゃな。魔力の濃度など考えたこともなかったわい」
「イネルシャは、魔力を抱え込む存在だったんでしょうか」
「ふむ……なぜそんなものがおるのかは不明だが、とりあえずは討伐しても世界的な魔力濃度がほんの少し濃くなる程度だと考えられるな」
「どちらかというと、魔法を使う我々には利点ですね」
「魔力が少ないものには過ごしにくくなるかもしれんから、それを見越して対策を考えるべきだな」
うなずき合う師弟に、ギユメットは呆れた目を向けた。
「研究は後にして、現状確認が終わったら一度撤収しましょう」
先ほどまでギユメットも空を飛びまわっていたように思ったのだが、その意見に反対するつもりはなかった二人は二つ返事で同意した。
コーディはふと先ほどまでイネルシャがいた地面を見て、何かが落ちているのに気がついた。
近づいて見ると、それは2センチほどのジョロウグモの遺体だった。
読了ありがとうございました。
続きます。