123 魔法青年 vs 巨大蜘蛛 2nd
よろしくお願いいたします。
糸と土魔法に加えて、牙の毒もあるらしい。
「いくつ武器を隠しているんだか……。先生!」
イネルシャがギチギチと牙を鳴らすのを見ながら、改めて構え直したコーディは通信魔道具越しにディケンズに呼びかけた。
『どうした?』
「イネルシャは、牙に毒があります。消化液か麻痺毒か、検証はできませんが一発で命が削られるレベルだと思います」
イネルシャは、楽し気に足を軽く曲げ伸ばしして跳ねるように動いたあと、その弾みを利用してコーディの方へとひと蹴りで跳んできた。
ガッ!と開かれた口内には、いくつもの小さな牙のようなものが若干内側に傾いて並んでいた。きっとあれに噛みつかれたら、あの牙に引っかかって二度と引き抜くことはできないだろう。
コーディは、斜め前に大きく踏み出す形でイネルシャの攻撃を避けた。走り抜けるついでに、左手につけたナックルですぐ横にあった足を思い切り殴ってみた。
乾いた音が『ベキッ!』と鳴った。蟹などの甲殻類の殻を殴った感じに近いかもしれない。あれよりも外骨格が硬く分厚いので、内部にダメージを与えられているのかはわからない。
『わかった。騎士たちと、後発隊が来たら伝えておく』
「多分、毒液に触れるだけでも溶けるか、やけどをする可能性があります。土に落ちたときに焼けるような音がしていました」
『なんと……気をつけろ、コーディ』
「はいっ!」
答えると同時に、コーディは自分の魔法で固めた地を蹴った。その周りはイネルシャの魔法によって砂に変えられていたので、警戒していて正解だった。
右手に魔法で出した木のナイフを逆手に持ち、こちらに振り返ろうとしているイネルシャの足の関節を狙った。ナイフの素材は木だが、硬度のイメージはステンレスだ。切れ味だけならセラミックでも十分だが、あれは衝撃に弱いので武器には向かない。
腕をコンパクトに振り切ると、ジャクリ、とゴムでも切ったような手ごたえがした。
走り抜けて振り向くと同時に、イネルシャが鳴いた。
「ギッギギギギ」
そして切られた足をプラプラとさせたあと、別の足から糸を出してくるりと巻き付けた。
「まぁ、そうなるだろうな」
コーディは、左手のナックルを変形させて棘をつけ、素材をナイフと同じにした。
右手のナイフはそのままに、また構えなおしてイネルシャに向き合った。
ナイフとナックルの攻撃は、ダメージこそ小さいがイネルシャには通った。
何度も切り結び、コーディはイネルシャの攻撃をすり抜けつつナックルで打ってはナイフで切った。あちこちの節間膜を切り、甲殻にヒビを入れた。
その都度イネルシャは蜘蛛の糸で補修していたが、ほとんどの足に糸を巻き付けることになった結果、動きが鈍くなっていった。
ダメージもあるのだろうが、それにしても小傷ばかりなので決め手にはならない。
一方のイネルシャの攻撃はさらっとコーディが避けてしまう。そのため、コーディよりもイネルシャの方がフラストレーションを溜めているようだった。
牙をガチガチと鳴らしながら、イネルシャが鳴いた。
「ギュギュギュゥ」
やはりさびた金属をこすり合わせるような鳴き声を上げたイネルシャは、突然ぶわりと全身に魔力を纏った。
内包している魔力程ではないようだが、それでもかなりの量だ。
すぐに動けるよう、コーディは純粋な魔力だけを集めて準備し、構えを深くした。
直後に魔法が発動した。
「……は?」
イネルシャは、どろりと溶けるように地面に潜った。
多分、潜ったのだと思う。
地面の方からイネルシャの魔力を感じるので、間違いはないはずだ。
しかし、土を掘るわけではなく溶ける様はなんともホラーじみていた。
地面から感じる魔力が少しずつ広がって移動している。移動はわかるが、広がる意味がわからない。
じり、と足を少しひねってイネルシャと思われる大きな魔力の方へ体を向けたが、それが正しいのか不明だ。
薄く広がる魔力が自分の下までやってきた。
何か魔法を使ってくる可能性がある。
魔力を温存するために空は飛ばず、さっと地を蹴って範囲外へ出る。
するとその魔力がコーディを追いかけるようにさらに地中に広がった。
どろぉん
溶解の逆再生のように、土から溶け出た魔力が集まってイネルシャの足になった。
正直な感想を言えば気持ちが悪い。
土から生えた4本の足は、コーディが跳んだ方向を予想したらしく複数の方向から地面に向けて振り下ろされた。
しかし、コーディはそのさらに数歩先へ跳んでいた。
土を踏むと同時に目の前にあったイネルシャの足が溶け、さらに跳んだコーディがいた場所の真下から足が溶け出て形を作った。
「土に、溶けているのか」
そして自分の意思で身体を再形成しているらしい。
詳しくは調べてみないとわからないが、イネルシャがその身体を保つのに魔法を使っていることはわかった。
ということは、内包している魔力の多くは身体を形成するためのものなのだろう。
場所が離れていても身体の一部を土から出せるらしいイネルシャは、跳んで逃げるコーディを追いかけるように次々と足を作っては攻撃してきた。
しかし、何度攻撃しても、緩急をつけて不意を狙っても、やはりコーディに当たらない。
焦れたらしく、魔力を一か所にまとめたイネルシャが全身を地上に作り出した。
「どうなっておるのか。一度端から端まで調べてみたいものだ」
コーディは目を細め、右頬だけを引き上げるようにニヤリと笑った。
それを目の当たりにしたらしいイネルシャは、全身をびくりと震わせた。
『コーディ。そろそろ2時間は経つが、どうじゃ?木魔法で拘束する魔法陣は、あと少し調整がいる。終わったら、清書して完成するぞ』
イネルシャの足や胴体につけたはずの傷は、消えてなくなっていた。
「先生。イネルシャは土に溶けます。魔法で身体を支えているか何かしているようで、ケガをしても土に溶けて戻ってきたら治ります。地面に接しないようにして拘束できますか?」
『なんだと?面妖な……。魔獣とは全く違う存在なのかもしれんな。わかった。もう少し書き換えて、空中で捉える形に変更する』
「お願いします。あとは、土魔法の霧散の魔法陣は、できるだけ広範囲に」
『わかった。そちらは、騎士たちに頼んで紙に写したものを数十枚は地面に埋めておる。このまま増やそう』
「ありがとうございます。こちらはまだ続けます」
『あと1時間以内に仕上げる。耐えてくれ』
「大丈夫です。少し疲れましたが、ケガはありませんから」
『気を付けてくれ。……お、来たな。増援が来たから、30分で終わらせるぞ』
ディケンズの声に、何とも言えない轟音のような音が混ざって聞こえた。
どうやら、後発組の馬車がディケンズたちのところに到着したらしい。
「わかりました。準備できたら教えてください!そちらに誘導しながら移動します」
『無茶はするなよ』
「はい!」
戦いながら、コーディはイネルシャの身体について幾つかの仮説を組み立てていた。
一つは、細胞単位で操って分解でき、組み立ても魔法でしている。もう一つは、あの身体は物理的影響をもたらす幻影で、本体は土の中にいる。もう一つは、あの身体はすべて魔力で構成されている。
二つ目については、現時点で土の中にあるのがイネルシャの魔力だけで、気配がないので却下だ。目の前のイネルシャには気配がある。先ほど土に溶けていたときには、少しわかりにくいが気配はあった。
残るは細胞を魔法で操っているか、すべて魔力か。
一本でも足を切り取って調査してみればわかるかもしれない。ほかの六魔駕獣も似たような存在なら、今後の対策も取りやすくなるだろう。
コーディが構えなおすのと同時に、イネルシャは複数の糸を同時に吐き出した。
読了ありがとうございました。
続きます。