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122 魔法青年 vs 巨大蜘蛛

よろしくお願いいたします。



足もとの土を魔法で固め、蹴り上りながら鞭を振るった。

コーディのすることを眺めながらも鞭の軌道から逃れようとしたイネルシャは、逆から飛んできた鞭に足の関節を叩かれて腹を土につけた。

「別に、鞭が片方だけとは言っておらんぞ」

コーディは、ナックルを付けた手にも鞭を握っていた。


思った通り、木魔法で作った蔦の鞭はイネルシャの節間膜に傷を作った。

しかし、イネルシャは傷の部分にすぐ糸をぐるるんと巻き付けた。粘着質な糸なら、確かに傷の補修にはちょうどいいだろう。

糸を巻き付けた足を何度か曲げ伸ばししてから、イネルシャは8本の足をざかざかと動かしてコーディに向き直った。そして、準備運動でもするように軽く地を蹴ってびょんびょんと跳ねた。


―― 来る。


両手に鞭を握ったまま、コーディは神仙武術の基本型の姿勢を取って静かに息を吐いた。

視線ではイネルシャを捉えたまま、全身で魔力の変動を感じるように感覚を広げていく。仙人のときに、周りの気を感じとるために使っていた方法に近いやり方だ。

ずっと鍛えてきたので、仙人だったころと変わらず、何なら当時よりも思い通りに身体が動く。気よりも魔法の方が自由度が高い分、前世で最も充実していたころの実力をも超えているだろう。

精神的には張りつめていながらも、身体はリラックスしているように無駄な力が抜けているのを感じながら、相手を観察した。


イネルシャが、ゆっくりと前の足を上げたように見えた。

実際にはさっと振り上げたのだが、集中しているコーディにはスローに感じられた。


残りの足で素早く動いたイネルシャは、自分の間合いに入ったコーディに向かって足を振り下ろした。

足の軌道が見えているので、最低限の動きでゆるりと攻撃を避けた。

振り下ろした足が地面をえぐり、コーディがすぐ横で変わらず構えているのを見たイネルシャは少し考えるように見下ろしていた。


イネルシャはすぐに逆側の足を振り上げ、コーディの立っている場所へ向かって叩きつけた。しかしその攻撃もぬるりと避けられたので、また別の前足を振り上げて振り下ろした。

ざしん!ばしん!とすごい音を立てて足の爪を地面に突き刺すイネルシャは、当然そこにいるコーディに当てようとしている。しかし、叩けど叩けどコーディにかすりもしない。

最終的には、4本の足でゴスゴスと地面をえぐるような形になった。


しばらくしてイネルシャが足を止めると、土に突き刺した足のすぐ横に、同じ姿勢のコーディが立っていた。

少し逡巡したイネルシャは、8本の足をばらばらと動かして後ろに下がった。

「なんじゃ、終わりか?なら次は、ワシの番じゃ」

コーディは腰を落として構えなおし、ぺろりと唇を舐めた。


両手の鞭をイネルシャに当てるように振ると、イネルシャは素早く避けて動く。ギリギリのところで避けているあたり、複眼でかなりの範囲まで見えているのだろう。

大きな身体で器用なことだ。

コーディが一歩踏み込んで間合いを詰めると、イネルシャも同じくらい下がっていく。完全に逃げないあたり、戦う意思は失っていないらしい。


コーディはまだ本気ではないが、イネルシャも小手調べといったところなのだろう。

鞭を振るうが、このままでは埒が明かない。

両方の鞭を同時にイネルシャに向かってしならせると、コーディは鞭から両手を離し、風魔法も使って一気に詰め寄った。


イネルシャは巨大な分、身体の下まで入ってしまえば足が届かない。

攻撃の構えを取ったコーディから離れようと下がりきる前に、イネルシャの腹に向かって魔力の塊を纏った腕を突き出した。

思った通り硬かったが、その衝撃が向こうに伝わったことがわかり、すぐに横に避けて間合いから外れた。


『ギッギギギ!!』

イネルシャが、身を震わせて鳴いた。声というよりは、錆びついた扉を無理やり開こうとしている音のようだ。

がりっ、がりっ、と地面をひっかき、痛みに耐えているように見える。


先ほど直接イネルシャに魔力を当てたことで、わかったことがある。

奴が体内に含有している魔力の量が桁違いなのだ。

一般的な人の器が鍋ほどだとすると、コーディの器は大浴場くらいの大きさだろう。そしてイネルシャが抱え込んでいる量はというと、50メートルプールほど。

比べてどうこうできるものではない。


イネルシャにとって、ヒトは正しく蹂躙する相手なのだ。

今コーディがやり合えているのは、イネルシャ自身が戦いたいと考えているのか、戦うことが目的なのか、とにかくその魔力を大規模に使わないからこそ。もしもあの魔力を解放して全力で使われると、帝国の半分ほどが一度に吹き飛ぶ可能性がある。

特に、イネルシャの使う魔法は土だ。帝国内の村や町が壊滅させられてしまうかもしれない。


そうならないためには、まずはイネルシャの希望通り戦い、時間を稼ぐべきだ。

少しでも消耗させていき、あの魔力を消費させなければならない。そうして魔力を減らしたところで、大規模な木魔法で拘束。

「……できるのか?」


そのつぶやきを、魔道具の向こうのディケンズが拾った。

『どうしたんじゃ?』

「先生。イネルシャは魔力を体内に抱えています。僕の魔力の器で比較すると、おおよそ2,000倍の大きさです」

『は?なんじゃその化け物は』

正しく化け物である。


「ただ、その割には魔法を使ってきませんし、これまでに使っている魔法も小さい規模のものばかりなのが謎です」

引っかかっていた疑問をそのまま口に出したものの、実際に不思議なことである。石礫の魔法など、あんなに大きな魔力を持っていながらよく細やかに使えるものだ。

『ふむ……たしかに、それだけの魔力を使えるのにあの魔法陣で封じ込められていたのは不思議じゃ。もしかすると、あの巨体を維持するのに魔法を使っているのかもしれんぞ』


そう言われて、コーディはこちらを窺うイネルシャを見た。ずっと視界には入れていたが、改めて観察してみたのだ。

普通に考えれば、あの大きさの身体を支えるのは物理的に難しい。恐竜だって、巨大な体を保つために気嚢という臓器を進化させて酸素を大量に取り入れていた。

イネルシャがどうかわからないが、よく観察すると全身から魔力を感じる。つまり、身体を維持するのに常時魔法を使っているということはあり得る。


「そうもしれません。まだイネルシャはこちらを様子見しているようなので何とも言えませんので、一応大規模魔法を使う兆候がないか注意しておきます」

『わかった。下手に挑発せずに、できれば戦闘を長引かせてくれ。こちらの魔法陣はもう少しかかる』

「問題ありません。どうも奴は倒すことよりも戦闘が目的のように見受けられるので」

『そうか。どちらにしても無理はしないように』

「はい」


コーディは、イネルシャを改めて上から下まで確認した。

どこからどう見ても蜘蛛とわかる身体で、15メートルほどの全長のわりに体重は軽そうだ。これまで見た限り、足や尻から糸を出せる。顔のところには牙が見えていた。

足には細かいとげが生えていて、あれだけでも刺さったらケガをしそうである。


構えを解かないままイネルシャを観察していると、向こうも逡巡が終わったらしく、コーディに飛び掛かってきた。

先ほどとは違い、足はコーディの身体を超える位置まできている。

そして、イネルシャは長さ50センチほどある牙をコーディの頭へ向けてきた。


コーディは、何かの液体を垂らす牙から一歩で逃れ、間合いから出た。

イネルシャの牙から垂れた液体は地面に落ち、じゅうっと音を立てた。

「神経毒……いや、消化液か?確か、蜘蛛は体外消化するんだったか」


イネルシャは、ガチン!と牙を打ち付けて音を鳴らした。



読了ありがとうございました。

続きます。

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