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121 魔法青年は巨大蜘蛛を釣る

よろしくお願いいたします。



イネルシャは、振り上げた2本の前足とこちらに向けた尻から糸を出した。

先ほどよりも勢いよく吐き出された糸をまっすぐコーディに向けたが、飛行の軌道を読んだのか足を引いて糸をしならせた。

その1本がコーディに追いつきそうになったので、魔法をぶつけた。


急いだので、何も考えずに水弾をいくつか糸にぶつけた。

これなら、下に落ちてもただの水なので騎士たちは濡れるだけでケガなどしない。とりあえず糸の軌道が変わればいいという程度の防御的な意味合いで使ったのだが、水がいくつもぶつかって濡れたとたん、糸が収縮して落ちた。

そしてイネルシャも上昇が止まり、落ちていった。


騎士たちは、コーディとイネルシャが空中にいる間にある程度距離を取れたようだ。イネルシャの落下地点には誰もいなかった。

落ちるイネルシャは、こちらに腹を向けていた体をそのままに土煙を立てて地面に落ちた。あの大きさなのに、落ちた音が軽かった。密度が低いのか、見た目よりも軽いのかもしれない。

イネルシャを遠巻きにしていた騎士たちがまた攻撃しようと隙をうかがっていたが、彼らを無視したイネルシャはばらばらと足を動かして空中のコーディを見上げた。


「少し離れるか」

別にここで戦う必要はない。

何より、コーディ一人を目的にしているのであれば、騎士たちや村のある方向から離すべきだ。その方が、コーディも思い切りやれる。


そう考えたコーディは、イネルシャをからかうように近づいたり離れたりしながら飛び、少しずつ誘導して騎士たちから離れだした。

「離れます!イネルシャは今のところ狙いは僕だけらしいので!」

「待て!そんな危険を――」


「コーディ!通信だ!ワシと連絡を取りながら作戦を組み立てる!」

止めようとした副隊長の言葉を遮って、ディケンズが叫んだ。

うなずいたコーディは、通信の魔道具をアイテムボックスから取り出してボタン付きの胸ポケットにねじ込んだ。


「先生、聞こえますか?」

『あぁ。どこまで行く?』

「ドン・ルソルの跡地まで。あそこなら人がいません」

『わかった。ギユメットたちが戻るまでは数時間かかるはずだ。いけるか?』

「なんとかします。イネルシャは完全に僕だけを目的にしていますから、逆にやりようはあります」

『気をつけろ』

『な、なんだそれは?』


適当にイネルシャを釣りながら移動していると、魔道具から副隊長の声が聞こえた。

『通信の魔道具じゃよ。国王やら皇帝やらにはすでに行きわたらせたが、それ以外にはまだ広がっていない。こうやって声をやりとりできる』

「対になったもの同士だけです。それより、作戦を」


『騎士たちのような純粋な物理攻撃はもう結果が見えている。火魔法はあまり効かんようじゃ。風魔法は奴の体が大きすぎる。土魔法は問題外だろう。水魔法は糸には効きそうだな。本命は木魔法か』

「相関関係的にも、木魔法が一番効くでしょう。水は、巣として張られたものには効かないはずです。そのあたりはもう一度確かめます」

『な、なぜそう断言できるんだ!』


イネルシャは、移動することに否がないらしくコーディの誘導に素直についてくる。巨大魔獣としての威圧感はあるが、不思議なことに悪意は感じない。

もちろん、攻撃が当たれば命が奪われるだろう。それほどの暴力性がある。本当の目的が何なのかはわからないし、意思疎通できるとも思えない。

しかし、どこか幼子のように一つのことしか見えておらず、戦いたいらしいことだけはわかった。


騎士たちの中は大ケガをした者もいたが、命までは奪われてはいなかった。足を取られた騎士などを追撃できる場面で、イネルシャは興味を失うように別の騎士をターゲットにしていた。

また、コーディに向かって放ったような魔法や複数の糸による攻撃はしていなかった。

相手の実力に合わせて戦っているように感じられたのだ。もちろんその力加減が大雑把なので、人間側にとっては脅威でしかないのだが。


ドン・ルソルの跡地は、魔法陣を形作っていた岩などが跡形もなく吹き飛んでおり、そこここに赤い石の欠片や崩れた岩が飛び散っていた。

しかし、地面はそこまでえぐれてはいなかった。

あの巨体がどこに封印されていたのか謎だが、そこから出てきたことは確かなようである。


道中、通信の魔道具からはごちゃごちゃ言っている副隊長の声が聞こえていた。

『確証が得られるとは思えない!』

『ワシらが、魔塔の研究者だからだ』

『は?いやしかし』

『魔塔で、検証したからだ』

『だが』

『魔塔の研究者だからじゃよ』

『そうは言っても』

『手紙の転送陣や、馬車と馬の移動に使う魔道具、その土魔法を霧散する魔法陣もすべて魔塔の研究者が数日で作った。魔塔とはそういうところじゃ』

『……』


弁明すると、ディケンズは最初に魔法の相関関係を説明したのである。しかし、副隊長は早々に理解を放棄した。そして、実験などによって結果が得られていないものは信用できないと言い出したのだ。

その結果、焦れたディケンズがごり押しして黙らせたらしい。

魔塔にそれだけの変態が集まっているのは、周知の事実だ。


ドン・ルソルの跡地を通り過ぎたあたりで、コーディは地面に降り立った。

「もういいですか?そろそろ作戦を組み立てて共有したいです」

『おぉ、すまんな。しかしまぁある程度はできておるじゃろ。奴が吐き出す糸は水で縮ませて防御、あとは木魔法で拘束して攻撃だな』

「かなりの巨体なので、普通の木魔法では拘束できませんね」

『魔法陣を組み立てる。ここで描くから、準備ができたらこちらに誘導できるか?』


コーディの足もとから、突然土塊が現れて飛んできた。イネルシャの魔法だろう。

避けようとして蹴った土は、砂になっていた。それでも思い切り跳んだので、避けることはできた。

「っと!わかりました。それまで相手をします」

コーディは、イネルシャから目をそらさずに体勢を整えなおした。


『全長は15メートルほどか。そ奴を覆う大きさの植物を急成長させることで拘束する。予備も考えて複数だな。また、土魔法を霧散する魔法陣を周りに描いて魔法攻撃を遮断する』

「水魔法の魔法陣を持った騎士が、周りを囲んでもらえると助かります」

『それもだな。あとは攻撃か……食虫植物か、寄生植物だな』


それを聞いて、コーディは巨大なハエトリグサを想像した。イネルシャを捕らえるほどの食虫植物が、人を襲わない保証はない。

「寄生植物にしましょう!傷をつけて隙間から埋め込むか、口の中に放り込めば」

『わかった』


「複数種類用意した方がいいでしょう。僕も準備するので、先生もお願いします」

『そうだな。ワシは動物の内部に根を張るタイプの寄生植物を巨大化して発動させることにする』

「わかりました。僕は少し違うものにします」

『無理はしなくていい。傷はつけられそうか?』


ふと思い出したものがあったので、コーディは木魔法を使ってツタの鞭を作り出した。もちろん、棘つきである。

「多分。試しますので、できなかったら報告します。これから本格的に動くので、しばらくは返事ができません」

『わかった。通信はそのままで』

「はい」


パシっ!と鞭で地面を叩くと、イネルシャが一瞬怯むように固まった。

「さぁ、数時間はお相手願おうか」

鞭を持った右手を前に出し、腹の横で構えた左手には魔法で作り出した木製のナックル。

巨大な蜘蛛に対峙しながら、まるでゲームが現実化したようだな、という思考が頭をかすめた。



読了ありがとうございました。

続きます。

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