120 魔法青年と巨大蜘蛛の前哨戦
よろしくお願いいたします。
「その糸はっ!!!」
遠くから、誰かの声が叫んだ。
コーディは、イネルシャの足から糸が出てくるのを見た。こちらに一直線に向かってくる糸を避けるように飛ぶと、イネルシャは足をくいっと動かして糸の軌道を調整した。
案外器用らしい。曲芸のようだ。
ふわりと上に飛んで避けながら、糸の先端に向かって小さな火種を飛ばした。
チリ、と燃え始めた炎がそのままイネルシャに向かった。しかし、すぐに火は燻って消えた。
火がついたとたん、燻るのを待たずにイネルシャはその糸を切った。そして糸が地面に落ちるときに『ベチョッ』という音がしたので、どうやら粘液のようなものがついているらしい。そういえば、蜘蛛の糸には粘着球という餌を絡めとる液体が付着しているのだ。
そのおかげか、思ったよりも火には強いらしい。
考える間もなく、イネルシャはコーディに向かって糸と、土魔法らしい石礫を並行して繰り出してくる。それらを空中で避けるので、結構忙しい。
コーディがイネルシャを引き付けている間に、騎士たちとディケンズは巨大な足に切りかかっていた。とはいえ、動き回るイネルシャの足元には近づくだけで危険である。5メートルほどもある足は、巨大な身体を支えるために当然太い。足先には爪のようなものもあり、歩く程度の動きで地面に転がった岩を砕いている。
今はイネルシャがコーディだけを相手にしているので、騎士たちにとっては不規則で動きが読みにくい。
コーディだけを目標にするイネルシャの動きを読むため、少し後手に回っているが無理のない範囲で攻撃している。巨大蜘蛛を相手にするのなら、その程度の安全マージンを取るくらいでちょうどいい。
各集団のリーダーらしき騎士たちが指示を出して、今は関節を狙っているようだ。確かに、節足動物の弱点の一つは関節だ。刃物で狙うなら節間膜の部分だろう。
足先から一つ目の関節を狙っているが、それでも先端から2メートルほどの位置にあるので足元に入り込まないと届かない。
盾を持つ騎士とペアになった剣士が切りかかる。しかし、狙う関節が動き回る。
ガツン!と盾に爪の先が掠るが、騎士たちは吹き飛ぶことなく耐えていた。コーディたちが参入する前の戦闘では、複数人の盾を持つ騎士がなぎ倒されていたので、どうやら土魔法の霧散が効いているらしい。
本来はイネルシャの魔法攻撃を霧散させることを考えていたのだが、奴の物理的な攻撃にも何らかの土魔法が付与されているのかもしれない。
飛んでくる糸と石礫を避けつつ、なるべく動かないように近くで飛び回っていると、ぐぐ、とイネルシャがしゃがむように足を深く折って体を沈めた。
「っ!!離れて!盾を構えて下がって!!!」
「総員!!下がれぇぇええええ!!」
コーディの声を聞いた副隊長が、全員に指示を出した。それを聞いた騎士たちは、一斉に盾役を前にしながら下がった。
びゅびゅん、とコーディが急上昇すると同時に、イネルシャが『びよぉぉん』と跳びあがった。
◇◆◇◆◇◆
ソレが地上に出て、面白いヤツがいた方向に向かおうと歩き出すと、小さい生き物がたくさん集まってきた。
面白いヤツを探したかったのだが、小さい生き物で遊ぶのも楽しいのでとりあえず相手をしてやることにした。
何やら攻撃してくる小さい生き物は、前に相手をしたときよりも魔法が使えなくなっているようだった。チクチクする道具を使ってくるが、ソレには不愉快なだけで特にダメージもない。
多分、小さい生き物は違う方法でソレと遊びたくなったのだろう。
それはそれで楽しそうなので、ソレは魔法をあまり使わずに遊んでやることにした。面白いヤツが来るまでの暇つぶしにもなるだろう。
ほんのちょっと糸を使って遊ぶだけで、小さい生き物たちはソレの周りを走り回った。
しばらく遊んでいたが、このままでは簡単に全部倒してしまえそうだ。もう少し遊ぶためにはどうすればいいかと考えたとき、小さい生き物たちが遊び方を変えてきた。
3グループに分かれて順番に遊ぶことにしたらしい。
小さい生き物たちは足が4本しかない。物を持つ足と動くための足に分かれているのは、なかなか興味深い。一方、ソレには足が8本ある。数ではソレが勝るので、相手をするのに小さい生き物が両側からくればちょうどいいのだ。
小さい生き物はすぐに死んでしまうので、あとの1グループが休憩すれば、少しは長持ちするだろう。それに、同時に2グループを相手にするのは存外楽しいものだった。
しばらく楽しく遊んでいると、何かが空を飛んできた。
空を飛んでくるその小さい生き物がソレの目に入ったとき、すぐに気が付いた。
あの、面白いヤツだ。
周りの小さい生き物がチクチクしていたが、そんなことは気にならなかった。せいぜい表面がかゆいだけだ。脱皮すれば元通りになるだろう。
やっと、もう少し思い切り遊べる。
ちょっと糸を出して足を振った程度で壊れてしまう小さい生き物と遊ぶのは、とても気を使うのだ。
なるべくゆっくり動くのだが、それでも彼らはソレの足に当たりに来る。少しくらい避ければいいのに、かなりどんくさい。
前に遊んだときにはもっと魔法をうまく使っていたので、もう少し楽しかったのに。
しかし、面白いヤツならきっと大丈夫だ。
ソレは迷いなく糸を出して空を飛んでいるソイツに向けた。
すぐに糸を燃やそうとしてきたので、持っていた糸を切った。あれくらいの火ならすぐに消えるので危険はないのだが、熱いのは痛いので遠ざけるに限る。
そして確信した。
この面白いヤツ相手なら、魔法も、糸も、動きも、遠慮せずに遊べる。
もしそれで死んでしまったら仕方がない。ソレの見立てが悪かっただけのこと。
ひょいひょいと糸や石を避けるソイツを見上げて、ソレは思い切り地面を蹴った。
◇◆◇◆◇◆
遠目からはゆったりとしたジャンプに見えただろうが、そもそも体が大きいので実際にはすごいスピードである。
まっすぐにコーディが飛んでいた空中を目指して跳びあがってきた。
コーディは飛行しているので、まっすぐ避ける理由もない。くるりと軌道を描いて斜めに飛び、イネルシャの動きを観察した。
跳びあがりながら、イネルシャは前方の足を二本振り上げた。
その足を振り回したところで自由に飛ぶコーディには届かないが、魔法や糸を飛ばすことはできるだろう。
石礫を飛ばしてくる場合は、下に落ちるときに騎士たちが危険だ。糸だとしても、落ちて彼らの動きを阻害する可能性がある。土魔法ならそれぞれ霧散の魔法陣を持っているものの、範囲が広ければ対処しきれない。
ということは、ある程度の範囲をカバーできる魔法を準備するべきだろうか。
逡巡の間、およそ1秒。
イネルシャは、複数の糸を紡ぎだしてコーディに向けて足を振った。
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続きます。