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118 魔法青年は急報を受ける

よろしくお願いいたします。



3人は、先発隊としてノディエ伯爵領に到着した。

「ジェルマン様!と、タルコット様、研究者様もいらっしゃいませ、お待ちしておりました」

アリーヌは、ぱぁ、と笑顔になって出迎えてくれた。ギユメットもにこやかに返事をした。

「アリーヌ、また世話になる」

「お会いできて嬉しいです」


花が飛ぶ幻想が見えるような二人を横目に、コーディはノディエ伯爵にディケンズを紹介した。

「ノディエ伯爵、何度も受け入れてくださってありがとうございます。こちらは、私の師であるエマニュエル・ディケンズです。このあと、3~4日ほどで残りの5人がこちらに到着する予定です」

「いえいえ、国のためのお役目ですから、当然のことですよ。帝国軍はドン・ルソルの方でテントを張っていますから、そちらへは私が連絡します。後ほど、タルコット様とディケンズ様、それからジェルマン君も顔合わせをいたしましょう」


コーディたちは封印の魔法陣を強化しに来ただけだが、それと知らせておかないと不法侵入と誤解されると面倒だ。そのあたりはノディエ伯爵がそつなく対応してくれるらしい。

応接室に移動してしばらく歓談していると、一通りいちゃついたらしいギユメットたちが入室してきた。

この不安な状況にあって、ほほえましい彼らは一種の清涼剤だ。



帝国軍は、500人ほどが滞在していた。

ことが起こる時期などがわからず不確定な情報、かつ相手方の戦力がわからない中で、動かせる人員を出してきたのだろう。

今回の作戦で隊長を担っている人物曰く、今回来ているのは軍の中でもエリート街道を進んでいる人たちらしい。指揮官や実働部隊としてだけでなく、対魔獣の際に前線で活躍しているのだという。


コーディが挨拶したときに見たのは、チームごとに対戦訓練をしている様子だった。確かに問題なく動けるらしいが、どちらかというと物理攻撃が得意で魔法はそこまででもないと感じた。

実際、ドン・ルソルの封印の石のところへは行きつけなかったと聞いた。魔法的には帝国の中ではそれなりと言えるレベルなので、プラーテンス王国の友人がこの軍に所属したらきっと百人力だ。

不安が多いものの、常日頃魔獣を相手にしているだけに、無理に追ったり無茶をして突っ込んだりはしないという。うまく逃げて魔獣のスタミナを削るのも作戦のうちだ。六魔駕獣をその方法で躱せるかはわからないが、少なくとも無理をしないのであれば命までは無くさないと思いたい。



帝国軍の訓練に参加して驚かれたり、ドン・ルソルでの魔力の乱れがいったん落ち着いているように見えるのを確認したりしながら、魔塔の後発隊を待って2日。


その日の朝は、やけに空が澄んでいた。


青みが深いのだ。

雲がくっきりと白く見え、非常に美しかった。

太陽光があまり拡散されておらず、空気中にゴミが少ないことがわかる。


とても気持ちのいい天気だ。

毎朝の訓練を始めたコーディは、しかしなぜか胸がざわついていた。

訓練を終えて着替え、朝食をとっているとディケンズとギユメットも起きてきた。彼らは、魔法陣という共通の話題でとても盛り上がっており、今回持ち込んだ土属性の魔法を霧散する方法について「もっとこうしたら効率が良さそうだ」「違う方法もありそうだ」と議論を重ねていた。ついでに、馬車や馬に書き込んだ移動速度を上げる魔法陣にも手を付け、「風魔法を追加すればもっと速い」などと遊んでいた。なお、アリーヌはそれを楽しそうに見ていた。


のんびりできる空気なのにどうにも落ち着けないコーディが、香り豊かな紅茶で喉を潤したとき、それは起きた。


どぉん――


まるで地震が起きたように、音と同時に地面が縦に揺れた。次いで、ぐらり、と横に揺れた。さらに、唐突に魔力がぶれた。

「っぐ?!」

「な、何だ!」

「ぅわっ」


椅子から落ちそうになったコーディは、すんでのところでテーブルに掴まって無事だった。ギユメットはテーブルにしがみついており、ディケンズは椅子の背を握って耐えていた。

「お、終わったか」

「何じゃ今のは。地震なぞこのあたりで起こるのか?」


鳥肌が立つ。


「急いで準備しましょう。ドン・ルソルに行かなくては」

「そうじゃな。ギユメット、ノディエ伯爵を呼んでくれ。すぐにでもドン・ルソルから遠ざかる方向へ移動した方がよい。領主邸の周りは村で人数は少ないんだったな?」

ディケンズが聞くと、ギユメットは顔色を変えてうなずいた。

「はい、領都はもっと南で、こちらは別邸だと聞いています」


「では、頼む」

「わかりました」

それぞれに動き出そうとすると、ノディエ伯爵がダイニングルームに駆け込んできた。


「たっ!隊長殿から、連絡が!この、紙を」

息を切らしながら、ノディエ伯爵はメモを震える手でギユメットに渡した。手近な紙を引きちぎったらしく、正しく紙片だった。

隊長には、手紙転送の魔道具を渡してあり、片方を伯爵が保有している。何かあれば連絡をということで、先日渡しておいたのだ。


本来は、食材が足りなくなったとか、寒いので薪をとか、そういった補充の連絡を念頭に置いていたのだが。

「っ!!『ドン・ルソル方面から巨大クモ、負傷者あり、交戦開始』だそうだ。急がねば」


「ノディエ伯爵!今すぐ、お嬢様や使用人の皆さんを連れて領都へ移動してください。馬車や馬で、魔道具を使えば全員行けますね?このあたりの村の人たちは?」

コーディが問うと、ノディエ伯爵はハッとしたように口を開いた。

「この村の者は、夏の間だけこちらに来ているんだ。移動できるよう通達はしておいたから、連絡すればすぐにでも出られるはずだ」


「では、すぐに通達を。私たちはドン・ルソルへ向かいます」

ギユメットは、覚悟を決めた表情でそう言った。ノディエ伯爵は、一瞬瞳を揺らした。

「っ!!わ、わかった。アリーヌには」

「その時間が惜しい。最低限、必要なものだけを持ってすぐに逃げてください」

ノディエ伯爵はうなずき、ぽん、とギユメットの腕を叩いてすぐに廊下へ出た。廊下から、そこにいたらしいメイドに指示を出す声が聞こえてきた。


「……ギユメットさん、あなたはドン・ルソルではなく後発隊の皆さんを迎えに行ってもらえませんか?」

「は?」

コーディの提案を聞いて、ギユメットは眉間にしわを寄せた。


「何を言う。私も戦うぞ。確かにお前には劣るが、それでも軍の十人分くらいには魔法を使えるからな」

「いえ、どちらかというと増援を連れてきてほしいんです。後発隊の方たちは、木魔法が得意な方が多いですよね?かなり大きな戦力になります。それに、ギユメットさんは作っていたじゃないですか、馬車がもっと速く移動できる魔法陣を」

「……なるほど、確かにあの魔法陣を使えば、予定通りならあと1日のところをここまで半日かけずに来られる。快適性は保証できないがな。しかし、私が飛んで数時間、そこから半日だぞ?いけるのか?」


「ギユメット、飛行もあの魔法陣を使えばもっと速くなるんじゃないか?」

口をはさんだのはディケンズだ。

「そうか。いや、その通りです!この魔法陣のここだけを取り出して……できました。問題なさそうです」

ギユメットは、懐から紙とペンを取り出してササっと魔法陣を描いた。いつでもメモできるように筆記具を持ち歩いているらしい。


「では、頼むぞ。早ければ早いほどいいが、無理をして到着がやっとでは意味がない」

「わかりました。ディケンズ先生も、タルコットも、……ケガをしないようにしてください」

表情を硬くしたギユメットに、ディケンズがにっこりとほほ笑んだ。



ローブを着こんで、土魔法を霧散させる魔法陣を追加で何枚もコピーして、準備を整えたコーディとディケンズは北へ飛んだ。ギユメットは、南へ。ノディエ伯爵たちは荷物をまとめ終わって馬車や馬に乗るところで、使用人たちからは不安そうな視線が向けられた。

そのあたりのケアまでしている余裕がない。申し訳ないが、ノディエ伯爵やアリーヌが主人としてまとめてほしい。


ドン・ルソルへ向かって飛んで少しすると、視界に土埃が見えてきた。

そして、前線基地と化した軍のテントも見えた。ここからはまだはっきりとわからないが、イネルシャはテントのところまでは来ていないらしい。


―― 焦るとろくなことにならない。感情は抑えて、状況をしっかり認識する。


ふと思い出したのは、前世の(こう)の師である仙人から聞かされた、戦いの心得だった。



土埃の向こうから、縮尺を間違えたジョロウグモのような形状の黒い蜘蛛が姿を現した。



読了ありがとうございました。

続きます。

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更新お疲れ様です。 風雲急を告げる…ってほどではないですが、予断を許さない状況になりそうですね。果たして蜘蛛はいかほどの強さか…? それでは今日はこの辺りで失礼致します。
遂に封印を破って出てきたか。 過去の優れた魔法文明時代でも封印するしか無かった存在を倒せるだろうか……
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