117 魔法青年と六魔駕獣対策
よろしくお願いいたします。
ここから第四章です。
ディケンズの研究室で、コーディは説明を受けた。
「魔塔からドン・ルソルへの派遣ですね」
「そうじゃ。まずは対策を講じようということでな。計画としては、土魔法が得意な者が地面に魔力遮断の魔法陣を使用して、地下に封印した奴に気づかれないようにする。その間に、コーディが応急処置で作った岩石の状態を保存する魔法陣の改良版と、こちらの土魔法を霧散させる魔法陣を彫る」
「わかりました。……この魔法陣は、ディケンズ先生が?」
「わし一人ではないぞ。レルカンの弟子の一人が、属性魔法を分類する魔法陣を研究しておってな。ある程度進んでいたから、ざっくりした設計だけ伝えて頼んだら、やる気を見せて数日で仕上げてきた。わしは、魔法を霧散させる部分だけ考えたんじゃよ。赤い石の魔法陣の魔力吸収を修正してな」
つまり、魔法の霧散という根幹部分はディケンズが、土魔法だけに絞る部分はレルカンの弟子が考えたらしい。多分、属性を絞らないとものすごい量の魔力を使うことになるのだろう。
ディケンズが関わることをよくレルカンが許したなと思ったが、レルカンは帝国とのやり取りで忙しく、適当にあしらわれたので都合よく受け取って進めたようだ。なんともディケンズらしい。
「出発は3日後。さすがに全員が飛行魔法を習得はしておらんから、先発組と後発組に分かれる。全員腕に覚えのある戦える者ばかりじゃよ。相関関係を考えて、土魔法を使える者と木魔法を使える者を揃えてある。先発組は徒歩と馬車で10日ほどかけるでな、明日出発じゃ。後発組はコーディとわし、それからギユメットの3人。飛行魔法と馬車で行くぞ」
「途中で追い越す計算ですね。わかりました」
「ほっほっほ。わしも長時間飛行は初めてじゃから、楽しみじゃのぅ」
むしろそれが目的ではないかと思ったが、コーディは黙ってうなずいた。
少し空いた3日間、ずっと研究をしようかと思っていたのだが、そろそろ各国の主立った貴族に対策を始めさせると聞いた。
六魔駕獣については不確定な情報が多いため、そこは伏せて魔力の乱れがある場所を中心としてスタンピードや魔獣暴走の可能性があるといった方向での注意喚起から始めるらしい。やはり特に六魔駕獣の封印場所がある、または近い国は危機感を持っているようだ。
そこで、コーディは友人たちに手紙を書いて知らせることにした。
スタンリーとチェルシー夫妻はプラーテンス王国の中でも東の方なので、魔獣の森に封じられたヴィーロックスの影響をすぐには受けないだろうが、領内に魔獣の出る森があると聞いているので何かある前に対策するべきだろう。
そしてヘクターとブリタニーはズマッリ王国にいる。ズマッリ王国と接する迷いの樹海に封じられているペルフェクトスの影響を大きく受ける可能性がある。先に知らせておけば、物品や医薬品の準備、冒険者の招集、魔法陣の準備などができるはずだ。
コーディには、友人たちをかなり鍛え上げたという自覚がある。彼らも自分の実力をわかっているだろうし、なんなら学園も把握していたのでプラーテンス王国も知っていることだろう。
ということは、何かあったときに駆り出される可能性が高い。
スタンリーとチェルシーなら、跡取りはチェルシーなのでスタンリーが引っ張り出される。当然スタンリーは危険な場所へ行くことになるが、ガスコイン領も影響を受ければ危険になるので、チェルシーは領地を離れることはないだろう。よっぽど切羽詰まればどうなるかわからないが、少なくとも初手から次期男爵夫妻の二人ともが呼ばれることはないはずだ。
ヘクターとブリタニーについてはまだ何とも言えない。どちらかといえばブリタニーの方が魔法は得意だったようだが、きちんと鍛えたヘクターの戦力はとうにブリタニーを超えている。国がどこまで把握しているかはわからないが、コーディが直接鍛えたということを加味するとヘクターが帰国させられる可能性もある。
「……いや、もしかするとズマッリの防衛に貸し出しという形になるか?」
国の動きは予測できないが、少なくとも全員が留守番していられる状況にはならないはずだ。
再封印がうまくいけば無駄になるが、何もなければそれでいい。万が一の場合も、すべての六魔駕獣が数日のうちに動き出す、という可能性はさすがに低いので、これから少しずつ準備を整えれば間に合うだろう。
備えるべきは、六魔駕獣の魔力にあてられて暴走もしくは逃亡する魔獣による余波だ。六魔駕獣の封印場所からの距離によらず、影響を受けた魔獣の被害が拡大するかもしれないので、準備が必要となる。集落ごとの防衛はもちろん、ある程度の期間籠城できるような食料品の備蓄、場合によると遠くへの避難も考えた方が良いだろう。
もう一つは、六魔駕獣そのものの暴力。あの大きさの魔法陣で封じ込められていながらも、地上に魔力の影響を与えるほどだ。解き放たれた場合の被害は計り知れない。あちこちに残っていた情報に鑑みると、いずれも巨大魔獣のようなので、その物理的な暴力だけでもかなりのものになるだろう。
そのあたりのことも考え、コーディは友人たちに準備を整えるようにという手紙を送ったのである。
また、土魔法を霧散させる魔法陣についてはかなり希望がある。
もしも六魔駕獣ごとに一つの属性魔法を持っているなら、それぞれに対処すれば封印の魔法陣をもっと強化できるだろう。
その魔法陣を書き上げたレルカンの弟子、オーバン・ルフェに、別の属性魔法の霧散の魔法陣についても依頼してみた。かなり有用なものになると伝えたところ、ほかの弟子と一緒に考えてくれるらしい。土魔法の霧散は土の変化ではなく、土魔法そのものを感知するのが肝になっているそうだ。そもそも土魔法で実験していたためすんなりまとまったが、ほかの属性は試していないので時間がかかるかもしれないという。
もっとも、ルフェは快諾してくれたし、レルカンの研究室の弟子たちの協力も取り付けた。これは貢献度の高い後方支援といえる。技術的にも非常に高度なので、論文を書けばそれだけで研究室から独立してもいいレベルだろう。
さすが先生の弟子、という方向でうまいことレルカンを乗せたコーディは、堂々とレルカンの研究室とやり取りすることになった。
さすがに3人の出発までには間に合わなかったが、進行具合について手紙転送の魔道具で連絡を取る算段をつけた。
そして、コーディたちの出発日となった。
飛行魔法を使う後発組は3人で、うち2人はすでに往復した道なのでよく知っている。
ディケンズのことも考えて少し余裕を見て、4日かけてノディエ伯爵領に向かった。ロスシルディアナ帝国に入ってから先発組を抜き去ったが、魔道具を駆使しているらしい土煙をあげる爆速の馬車は、上空から見てもなかなかのものだった。
ノディエ伯爵領から帝都へ向かったときの馬車も、きっと似たようなものだったのだろう。
先んじてノディエ伯爵には手紙を送っていた。後発組は5人なので、合計8名。
個人宅に迎え入れてもらうには大人数だが、領主であればその程度は余裕らしい。さすがに大人数が泊まると負担をかけすぎるので、魔塔からの依頼ということできちんと報酬を出すそうだ。とはいえ、施す側の貴族として“宿泊費”は受け取らないので、「好む食事があるためこれで準備してほしい」という形で“食費”を出す。食費にしてはずいぶんな金額だが、名目があれば受け取るのが暗黙の了解らしい。
コーディはそれを聞いて、「建前が多すぎてめんどくさい」と感じた。貴族としてのあり方が緩い准騎士爵は、逆にありがたい立場だ。
魔塔はかなりの資金をプールしているらしく、8人の“食費”1か月分をポンと出した。
六魔駕獣の一体、イネルシャの再封印作戦は、伯爵領到着から3日後だ。
読了ありがとうございました。